第89話 火災

 やはり来たか。

 

 蒼子は広間の中心に堂々と立つ舞優を見つめた。

 視線が交わると舞優は楽しそうに口角を引き上げる。


 すると、急に視界が広い背中によって遮られた。

 蒼子は少し顔を上に向けると怖い顔で鳳珠が舞優を睨みつけている。


 蒼子は一度、舞優に攫われているのできっと警戒しているのだろう。

 

 やっぱり、この人は優しい。

 

 蒼子を隠すようにして立つ鳳珠の背中を見つめながら思った。


 しかし、舞優と話すには少し邪魔だ。


「鳳様、その男と話がしたい」


 舞優は少なからず、呂家の呪いについて関わっている。

 本人の口から直接確認したいことがあった蒼子は鳳珠に退くように頼む。


「却下だ」

「は?」


 鳳珠の思わぬ返答に蒼子はきょとんとする。


「お前にはまだ早すぎる。少なくともあと十年は早い」

「何の話?」


 鳳珠は至って真面目な顔で言っているが蒼子は何の話をしているのかさっぱり分からなかった。


 そのやり取りを見ていた椋と柊は頭を抱えた。

 元はと言えば柘榴の語弊のある発言のせいで招いた状況だが、当の本人は避難誘導に当たっていてこの場にはいない。


「何の話か分からないが、その男は呂家に深く関わっている。話をしなければならない」


 蒼子の言葉に鳳珠は露骨に嫌そうな顔をしたが、しぶしぶ蒼子と舞優を隔てる壁の役を降りた。


「神女、お前また王印と一緒にいるのか。そんな奴殺そうぜ? そんで俺と一緒に来いよ」


「しつこい。前も断ったはずだ。それに、今は目の前の話をするべきだ」


 蒼子は床に倒れた呂鄭に視線を向け、それから舞優に視線を運ぶ。


「お前の目的は果たされる。去るがいい」


「俺の目的なんか話したっけか?」


 舞優は首を傾げる。

 

「お前の目的こそがこの者達の首を落とすことだろう。白燕達はお前に利用されたに過ぎない」


 蒼子の言葉に白燕は目を丸くする。

 そして舞優はニヤリと笑った。


「今から二十四年前にこの町を火災が襲った。それは朱里が引き起こしたものだが、その後にこの町は二度目の火災が起きている。それは今から十六年ほど前のこと」


 蒼子は舞優が何故、この町にいるのかずっと引っ掛かっていた。

 そして何故、白燕達に手を貸したのか、理由を考えていた。

 もちろん、この町に蒼子達が来たのは偶然で、それよりも前から白燕達は舞優と繋がっている。そうでなければ呪印がここまで完成に近い形にはならなかったはずだ。


 いくら神力を持つ者が多く、恨みの数が多くても人を呪い殺すというのは並大抵の力では成せない。

 では何故、今にも完成しそうな呪印がここに二つも存在しているのか。

 それは強力な神力を持つ者が術者の中に複数いたからだ。


 一人は朱里。

 火の神力が最も濃い部分には朱里の気配が混ざっている。


 二人目は蛇神。

 呪い全体の土台になっている。


 三人目は風の神力を持つ者。

 これが呪いの強度を増している。強い負の感情を感じる。

 まるで全てを破壊する嵐を内側に飼っているような強力な力を呪印の中から蒼子は感じ取った。


 そう、まるで目の前にいる男のような強い力だ。


「十六年前、この町で火災を引き起こし、前当主の兄弟を殺したのはお前だな?」


 

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