第84話 呪われた理由

 そこまで言っても呂鄭は『はぁ?』と口をポカンとするだけだ。


「呂鴈、どう思う?」


「…………おそらく、この二人を呪った者は一人ではない……ということではないでしょうか?」


 恐る恐る答えた呂鴈に蒼子は頷く。


「その通りだ」

「そんな馬鹿な‼ あとは一体誰がこんなことをした⁉」


 信じられないと言わんばかりの表情で呂鄭は声を上げる。

 その様子を見て蒼子は呆れて脱力した。


「幸せな奴だな。白燕の言葉を聞いて、自分を恨む人間が一人や二人だけだと本当にそう思うのか?」


 冷たい声が静かに響き、室内が微かに凍り付く。


「ここで最初の話に戻ろう。奇形と短命の話だ」


 蒼子は一旦仕切り直して鳳珠に視線を向ける。

 鳳珠は『やっと出番か』と言いたげに立ち上がり、蒼子の側へ歩み寄る。


「この件については私から話そう」


 鳳珠は蒼子に代わって話始める。


「私は以前からこの町で不当に行われていることについて調査をしていた。呂鴈の依頼でな」


 そこで呂鴈に視線が集まる。


「この町で行われている『花買い』についてだ。知らぬ者はいないだろう」


 厳しい声と視線で広間を一瞥すると男達はきまり悪く俯いた。


「呂家一族の奇形や短命はこの『花買い』に深く関係している。『花』は女や子供を指し、女は首に所有者がいることを示す首飾りをつけていなければならない。でなければ攫われ、勝手に売られたりする危険があるからだ。『花』は金品か所有者の望むものと引き換えに貸し借りが行われる。それは親兄弟関係なく、行われ、その結果として血の近い者同士が交わり、子を孕む」


 鳳珠は淡々と語る。


「近親相姦を長年繰り返し、呂家の血は濃くなった。血の近い者同士が交わったことで病気や奇形、身体の欠損を持つ者が生まれやすくなった。呂家一族に美男美女が多いのは美しい娘を好んで交わり、子を産ませた結果だ。そして近親者での交わりを重ね、容姿がよく似ている」


 それが呂家に奇形や短命の者が多く生まれる理由であると言って、鳳珠は続ける。


『この説明でで合ってるな?』と鳳珠が視線で確認してくる。


『問題ない』と蒼子は視線で伝えた。


「立場の弱い子供や女達を道具のように扱い、本人の意志や人権を無視した身売りは違法だ。当然、許されることではない。させていた者は厳しい処罰の対象になる」


 鳳珠はここにいる者達に罪に問われることを覚悟しろと伝えた。


「すぐに処罰が下せるものかと思いきや、そうはいかなかった。何故なら女や子供に話を聞いても示し合わせたように『これは自分の意志だ』と答えるのだからな」


 そこで鳳珠は行き詰った。

 簡単に摘発できると考えていたというのに、女や子供は報復を恐れて頑なに口を閉ざしたからだ。


 呂鄭や他の男達が口元に一瞬、安堵の笑みを浮かべた。

 自分達が罪に問われる可能性が薄れたと勘違いしているのが滑稽だった。


「だから証人が必要だった。この件に深く関わり、お前達をよく知る人物からの強い訴えが」


 蒼子はそう言って朱里と蕗紀に視線を向ける。

 

「ここにいるのは呂朱里。神殿にも上がったことのある前当主の妹だ」


 すると朱里に視線が集中する。

 朱里は激しい憎悪の視線を呂鄭に向けている。


「な……何故、お前が…………お前は死んだはずじゃ…………」


 呂鄭は驚愕の表情を浮かべ、朱里を見つめていた。

 顔色を悪くし、ガタガタと震えている。

 その目はまるで化け物を見たかのように怯えていた。


「当主様に助けられ、白燕と白陽、それから数人の娘達の手によって生かされたのさ」


 朱里は呂鄭に向かって言う。


「今から二十数年前、私は神殿での役目を終え、この町に返って来た。置いて行った娘に会えることが何より楽しみだった。可愛い、可愛い、私の一人娘。しかし、帰ったら娘はどこかの妓楼に売られた後だった」


 後悔を滲ませる声で朱里は言う。


「娘を守ってくれると信じていた夫は信じられないことに、『そんなことは珍しくない』と言った。『子供ならまた作ればいい』と。そう言ってあの男は私を鎖に繋ぎ、一族の男達はより強い神力を持つ子を孕ませようと代わる代わる私の元にやって来た。そこの呂鄭は特にしつこかった」


 嫌悪の眼差しが呂鄭に注がれる。

 弱まった呂家の貴族としての力を神殿に子を召し上げることで保とうとしたのだろう。


 子供や女を自分達の都合の良い道具として扱い、人としての尊厳と自由を奪う卑劣な行為がずっと前から行われていた。


「そんな地獄が数年続いた。この男が訪れたある日、私は苦痛から逃れたいと強く願い、神力が暴走した。その結果、火災が起きて多くの建物が燃え落ちた。私は騒ぎに紛れて邸から出て、滝から身を投げた。死ぬつもりだった。だが、目を開けたら当主に助けられていたのさ。その時、貴様を殺し損ねたことを私は深く後悔した」


 朱里の言葉に呂鄭は震える。

 呂鄭が火を苦手とするのは、そう時のことがトラウマなのかもしれない。


「燃え続ける火を消すために水が必要だった……水を汲みに川辺に行くと、女性が一人、倒れていたが首飾りをしていなかった。このままでは誰かに攫われてしまうかと思い、人目につかない離れに連れ帰った」


 呂鴈は静かに語る。

 死にたくて逃げ出した朱里を結果として呂家に連れ帰ることになり、呂鴈は後悔の念を見せた。


「当主は繋がれている私の元へ一度も来なかった。だから、互いの顔が分からず、私はまた呂家に匿われて生活することになった。鎖で繋がれることもなく、夜伽を命じられることもなく、可愛い白燕と白陽が側にいる生活はとても穏やかだった」

 

 今まで強い憎悪を滲ませていた朱里は最後は少しだけ穏やかな口調で言う。

 彼女も呂鴈を慕っている者の一人なのだと思った。


「しかし、その後も私の中から憎しみが消えることはなかった。私の命よりも大切な娘を奪われた悲しみも悔しさも、娘の代わりを身籠ればいいと言われ、弄ばれた私の苦痛……貴様らには分かるまい」


 朱里は奥歯をギリギリと噛み締めて怒りをぐっと押し殺している。


「その後、人が離れた旧本家の離れにある地下室に自分から入った。また自分の力が暴走し、白燕と白陽を巻き込みたくなかったからだ」


 そこまでは聞いていなかった蒼子は少し驚いたが納得もした。

 呂鴈の人柄を考えればあの地下室に朱里を閉じ込めることは考えにくい。

 

 自ら入ったのであれば納得だ。


「私はこの者が私にしたことを許すつもりはない。皇子、私はこの者と関係者の厳罰を求めます」


「私もです! この人達が罰せられるなら何だって答えます!」


 朱里に続いて白燕が声を上げる。


「白燕っ!!」


 一層、大きな声を上げたのは呂鄭だ。


「私が罰せられれば、お前がしてきたことも明らかになるのだぞ!!」


 呂鄭はほくそ笑む。


「構わないわ!!」


 白燕は力強く言った。

 思ってもいなかった言葉が返って来て呂鄭は目を点にした。



「私は……今まであなたの命令でやってはいけないことを沢山やってきた。大人から幼い子供まで、沢山の人達を騙して妓楼や売人に売る手伝いや斡旋をしてきた。この中にも私を恨む人もいるでしょう。沢山の人を傷つけて、人生を滅茶苦茶にしてきたからこそ、もう終わりにしたいの! これ以上、犠牲者は増やしちゃいけない! 私達の代でこんなことは終わりにするの!!」


 呂鄭の命令で後ろ暗いことを行ってきた白燕にも罪はある。

 その罪を認め、更なる犠牲者を出さないために勇気を振り絞り、現状に立ち向かうのは容易なことではなかったはずだ。 


「貴様、この父を売るつもりか⁉」


「叔父様を追い出し、私を道具にして金儲けするだけに飽き足らず、私の大事な弟を……白陽まで売人に売ろうとしたあんたなんか父親じゃないわ!!」


 ここまできてもなお、父親ぶろうとする呂鄭に白燕は怒りを爆発させる。

 たった十六歳の少女がこれほどまで過酷な人生を耐えてこれたのは叔父と側にいた弟の存在が大きいのだろう。


 白燕が歩んできた十六年の人生を思うと蒼子は胸が痛くなる。


「私も! ずっと嫌だった! 普通の町の、普通の親元に生まれたかった!」

「私も、ずっとずっと苦しかった!」

「許せない! 私の人生を無茶苦茶にした男達が許せない!」


 咽び泣いていた女達から次々と怒りの声が上がる。


「貴様この声を聞いてもなお、自分を呪いたいほど恨んでいる者が白燕だけだと思うのか? 貴様は聞いているはずだ。女達が助けてくれ、止めてくれ、もう嫌だと悲鳴を上げて叫び、泣く声を。それを嬉々として女を食い物にしてきた貴様を恨む者がたった一人だけだと、本当に思うのか?」


 蒼子の冷淡な声が室内に響く。


「この町には呂家の血筋を中心に近親相姦を繰り返し、奇形や短命のものだけでなく、微弱な神力を持つ者が多く集まっている。その者達の恨み、憎しみ、悲しみ、あらゆる負の感情を貴様に対して抱いた者達全員がその呪印の術者だ」


 蒼子は呂鄭を見下ろし、はっきりと重々しく告げた。


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