第83話 呪術者

 蒼子の宣言にあからさまに嫌そうな顔をしたのは縄で縛られた二人である。

 

「呪い? 罪だと? ふざけたことを……おい! いつまで好き勝手させているつもりだ! 誰か、このガキを捕まえろ‼」


 呂鄭は後方にいる一族の男達に向かって命じるが誰一人として動かない。

 まだこの状況で蒼子を侮り、自分の命令が通ると思っていることに蒼子は呆れてしまう。


「はいはい、口の利き方には気を付けて下さいな」


 柘榴は微笑みながら呂鄭の二の腕を抓る。


「いだだだ!!」


 苦痛に満ちた悲鳴を上げ、呂鄭は身体を捩る。

 体格がよく、筋肉隆々としている柘榴の力はもちろん強い。

 呂鄭の二の腕に残った痛みは痣と共にしばらく残ることだろう。


「さて、そろそろ始めよう」


 蒼子は改めて宣言する。


「私は宮廷神女、硝蒼子。勅命を受け、呂家の呪いを調べにこの町を訪れた」


「貴様が神女だと? 笑わせるな。ただのガキじゃないか」


 頬を腫らした呂鄭が鼻で笑う。

 兄に拳で殴られ、柘榴に二の腕を抓られ、その前は蒼子の術で縛り上げられていたというのに、なかなか元気じゃないか。


 隣の男は紅玉に一発頭を踏み潰されただけで随分と大人しくなったというのに。


 蒼子は心の中で感心する。

 しかし、喧しい男だ。


「黙れ」


 いつの間にか紅玉が呂鄭の背後に回り込み、剣を喉元に押し当てていた。

 冷たい刃物が皮膚に食い込む感触に呂鄭は青ざめる。


 紅玉は見た目に反して少々暴力的である。

 優秀な神官見習いであるのに蒼子が絡むと特にそれが顕著になるのが玉に瑕だ。


 いつもなら諫める場面だが、喧しい男も黙ってくれたので良しとする。


「呂家には身体に痣や奇形を持ち、短命な者が多い。そうだな、呂雁?」


「そうでございます」


蒼子が呂雁に視線を向けると呂雁は言う。


「そなたもこれが呪いだと思うか?」

「はい。身体の奇形や欠損に悩む者は多く、若くして亡くなる者も年々増えております。かつて祖先が倒した蛇神様の呪いだと言い伝えられておりました」


呂雁は深刻そうな声で答える。


「単刀直入に言うがこれらは蛇神の呪いの影響ではない」


 蒼子は断言する。

 すると、後方からもざわめきが起こる。


 この様子からすると自分達の奇形や短命が蛇神による呪いであると信じていた者は多いようだった。


「では、呪いはないとおっしゃるのですか?」


「いや、呪いはある」


 蒼子はまたもや強く断言する。

 その言葉に多く者が更に困惑した。


「先ずは呪いについて話をしよう。柘榴、馬亮」


 蒼子の合図で柘榴と馬亮が呂鄭と翔隆の襟を寛げる。

 首には黒い痣が輪のように広がっていた。


「これは……何ですか? この黒い輪は?」


 呂鄭と翔隆の首を見た呂鴈が訊ねる。


「輪? 何を言っているのです? ただの小さな痣ではありませんか」


 怪訝な顔をして呂鄭は兄を見上げて言った。


「小さな痣だと?」


 呂鴈は眉を顰めて蒼子に視線を向ける。


「それが呪いだ。この男の発言通り、本人達にはほとんど見えていない」


 呂鴈は目を見開く。


「首に現われる呪印は対象者の死を願う術者の強い意志の証。何年、何十年かかっても確実にその首を絞め、首を落としたいという強い執念の現れだ。貴様らの呪印は神力と苦痛を対価に刻まれたもの」


「神力……ですか?」


 呂鴈ははっと何かに気付いた表情をする。

 


「そうだろう、白燕」


 蒼子は白燕に視線を向ける。

 白燕は胸の前でぎゅっと手を握り締めたまま、意を決して頷く。


「…………その通りです。蒼子様」


 白燕の言葉に最も驚いたのは呂鄭だった。

 まさか自分の娘が自分を呪い殺そうとしたなどと考えもしなかったのだろう。


「白燕!! 貴様、どういうことだ! この私を殺そうとしただと⁉ 育ててやった恩を忘れて、何と薄情な娘だ!!」


 呂鄭は血走った目で離れた場所にいる白燕に向かって怒鳴りつけた。

 その言葉を聞き、白燕は呂鄭を強く睨み返した。


「育ててやった? よく言うわ!! 父親らしいことなんて何一つしてくれなかったクセに!!」


 腹の底から出すような大きな声で白燕は言い返した。


「ずっと、ずっと!! あんたのことなんて大嫌いだった! 身体が痛い、具合が悪いと言っても無理矢理私を男の元に送り、やりたくもないことを男の気が済むまでさせられ、解放されたと思ったらまたすぐに次の相手が寝台で待っている……そんな地獄を娘に強いる男が父親なんて思えるわけないじゃない!!」


 息を荒くしながら白燕は叫ぶように呂鄭を非難する。


「この町の娘達はみんなあんたの玩具、子供達はみんな大人達の道具。自分の娘をあんたみたいな奴に差し出す奴らも、自分の子供を平気で何人もの男の元へ送るやつらも、この町の現状に何一つ疑問を抱かない大人達も、みんなみんな気持ち悪いのよ! 頭が湧いてる! 何で私達がこんな目に遭わなきゃならないのよ⁉」


 白燕の心の叫びに娘達がつられて泣き出す。

 白燕と同じように男達にいいように扱われ、苦痛に耐えながらも生きてきた者達だ。

 

 そして激しい憎悪を込めた目で父親を睨む。


「あんたに死んで欲しかったのよ!! あんたがいなくなれば、本当の当主である叔父様も戻って来てくれる、だから呪ったのよ」


 白燕の苦痛に満ちた悲鳴のような言葉が室内に響き渡る。

 そしてあちこちから咽び泣く声が湧き、これがこの町の実態なのだと蒼子は思った。


「まさか……そんなことになっていたとは……」


 姪の悲痛な胸の内を知り、ぽろり、ぽろりと呂鴈は涙を零し、後悔を滲ませ、膝から崩れ落ちた。


「よくも……親に向かってなんてことを……! おい、だったら捕まえるのは私ではなくこいつではないか‼」


 呂鄭は白燕を睨み蒼子に向かって訴える。


「お前、察しが悪いな」


 蒼子は脈略なしに呂鄭を罵る。

 蒼子は呂鴈を見た。呂鴈はおそらく気付いている。

 やはり、呂鄭は一族をまとめられるような器の人間ではないのだ。


「白燕が呪ったのはお前だけだ。なのに何故、隣の男にも首を落とすための呪印が刻まれたと思う?」


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