第82話 集められた者達
旧本家は高い場所に位置しているため、庭からは町の中心を流れる川や右岸と左岸に連なる現在の本家や分家の邸がよく見える。
旧本家には蒼子の命令で呂家一族が集められ、邸の中に入り切らないものは庭に集められた。
老若男女全ての者が集められ、病気などで身動きの取れないものは別の場所に集められ、一体何事なのかと、あちこちから疑問が上がる。
しかし、ただ事ではないと皆がひしひしと感じていた。
「おい! いい加減にしろ! 貴族の私にこんなことをしておいてタダで済むとおもうなよ!! 政府に抗議してやるからな!!」
皆がただ事ではないと感じているのは広間の一番目立つ場所に泥だらけのまま縄で縛り上げられ、喚き散らしている呂鄭を見たからだ。
ここに来るまで激しく反発していた男達は縄で拘束された当主代理の姿を目の当たりにし、大人しく膝をついて、一体何が始まるのかと辺りを窺っている。
「おい! この縄を解け! 小娘!!」
蒼子は広間の上座に置かれた長椅子にまるでこの邸の主であるかの如く、堂々と座っていた。
怒鳴り散らす呂鄭の言葉は全て無視し、莉玖と紅玉から渡された書簡を広げて中身を確認している。
鳳珠は今現在は特にすることがないので椋と合流した柊と共に壁際に用意された椅子に静かに座っていた。
少し離れた所には椋と縁があるらしい百合という娘の姿がある。
彼女は椋のために自分の身を犠牲にしてまで鳳珠達を牢から出してくれた恩人だ。
後ほど礼をしなくては、と思いながらも私の知らぬところで何をしていたんだと問い詰めなければならない。
柊はどことなく疲れたような表情をしている。
簡単にしか話をしていなが、柊と蒼子も攫われて大変な目に遭ったようだ。
誰も怪我がなくて何よりだな。
鳳珠は疲労の滲む溜息をつきながら怪我人不在の状況を喜んだ。
そんなことを考えていると廊下の方が騒がしいことに気付く。
「蒼子様、お連れしましたわ」
「少々手間取ってしまいました。申し訳ありません」
「良い」
そしてドサッと荷物のように縄で縛られた男が工部侍郎、恭馬亮と柘榴によって転がされた。
「くっ……くそ、何でこんな目に!」
それは見知らぬ男だった。
年齢は呂鄭と同じくらいで見目の良い中年の男である。
肌艶は良く、上質で派手な衣を見に纏っているが、髪は乱れてせっかくの衣装も暴れたためか、皺が寄ってぐちゃぐちゃだ。
「翔隆?」
「鄭様! これは一体何事なのですか⁉ 急に男達が店に押し入り、私に縄をかけたのですよ⁉」
驚き顔で訊ねる呂鄭に男は叫ぶように言った。
縄で縛られた男は翔隆という名の男で確か、この町にある花街の元締めだったはずだ。
翔隆が現れたことにより、広間内は一層、騒然とした。
「私に聞くな! 聞くならあの小娘か兄上に聞け!」
呂鄭が蒼子に視線を向けて言うと翔隆が目を吊り上げた。
「おい! 小娘!! 一体どういうつもりだ⁉ 許さないからな! お前のようなガキ、すぐにでも趣味の悪い変態に売り渡して地獄を見せてやるからな!!」
口汚く蒼子を罵る男の背後に影が差した。
そして頭を思いっきり踏みつけ、地面に顔面を沈み込ませた。
「ぐはっ……!」
「おい、口の利き方に気を付けろ」
据わった目をして翔隆を踏みつけにしたのは紅玉である。
「紅玉、それぐらいにしなさい」
蒼子が言うと紅玉は不満そうに翔隆の頭部から頭を退かし、蒼子の側に立った。
少し立つと呂鴈が広間の入り口から一礼して入って来る。
その姿に多くのものがざわめいた。
何年も帰らなかった当主が帰っていたことに誰もが驚く。
「蒼子様、呂家一族全て集まりました」
「まだ足りない」
蒼子の言葉に呂鄭は戸惑う。
呂家一族の役職を持つ者や血の濃い者は既にこの場に揃っているからだ。
「蒼子」
入口の方から声がし、そこには莉玖が立っていた。
「連れてきた」
そう言って立っていた場所から横に少しズレると莉玖の背中に隠れていた者達が現れる。
その者達を見て呂鴈は目を大きく見開く。
次第にその顔が歪んでいき、見開いた瞳が潤んでいく。
「白燕……白陽……!!」
莉玖の背に隠れていたのは白燕と白陽である。
その声は歓喜で震えていて、泣きそうになるのをぐっと堪えているのが見て取れた。
「それからもう一人」
白燕と白陽の更に後ろからもう二人、女性が現れる。
一人は見覚えのない老女だ。
痩せ細り、今にも折れそうな身体をもう一人の若い女性が支えている。
「あれは……」
老女を支える女性には見覚えがあった。
「蕗紀殿!」
すぐ隣で声がした。
柊が真っすぐにその女性を見つめている。
柊の視線の先にいる女性も柊の存在に気付き、感極まった表情で涙ぐむ。
隣に立つ柊は今にも駆け寄りたくて落ち着かない様子だが、これから行われることを考えると立場上、動かない方がいいと判断したのか鳳珠の横に留まっている。
もう何なんだ、お前達。私の知らぬ間に。
従者二人が女性と良い雰囲気だ。
不貞腐れるしかない。
「朱里様、こちらを」
紅玉が予め用意していた椅子を朱里に勧めると、朱里は一礼してその椅子に腰を降ろした。
「蕗紀……お前、ここにいたのか……」
蕗紀を見止めた翔隆の目が欲望を孕んで光る。
それを見た蕗紀は顔を青くして震えるが、隣に座る朱里が蕗紀の前に腕を伸ばし、一歩下がるように無言で指示する。
どうやらあの折れそうな身体で若い娘を守ろうとしているらしい。
可能かどうかは怪しいが、その気概に鳳珠は感心した。
身体はやせ細っているがその中に太く立派な精神を感じる。
そんな風に思っていると老女と目が合った。
視線がぶつかると老女が食い入るように鳳珠を見つめ、仕舞には腰を浮かして身を乗り出す。
しかし、老女は頭を振り、今一度腰を降ろした。
「何故、ここに白陽が……確かに売人に売り渡したはず」
呂鄭の言葉に呂鴈の目がかっと見開く。
そして目にも止まらぬ速さで重たい拳を弟目掛けて突き出した。
「ぐはぁっ」
呂鄭の左頬に鉄拳が見事に入ると、その勢いのまま床に倒れ込んだ。
「話が違うではないか‼ 私が全ての利権をお前に渡し、大人しくこの町から出て行けば白燕と白陽の二人にだけは手を出さぬと‼ そう言ったではないか‼」
怒りで顔を真っ赤にした呂鴈が弟に向かって大声で怒鳴る。
弟を殴った拳が怒りで小刻みに震えていた。
「お……叔父様……それは、どういう…………」
白燕が戸惑いの表情を浮かべて呟く。
「もしかして……今まで帰ってきてくれなかったのも…………」
白陽は声を震わせて呟いた。
姉弟の表情は驚きに満ちている。
そんな二人を見て呂鴈は震える拳を強く握り締めて、俯いた。
「だから言っただろう。収集がつかなくなるから引き合わせるのは後にしたらどうかと」
静観していた莉玖が蒼子に言う。
「出し惜しみはしない主義だ。それに呂家の呪いを語るのにこの姉弟は不可欠だ」
蒼子は言った。
「さて、役者は揃ったな」
蒼子が広間を見渡して言う。
この場には呂家一族、皇族、官吏、神女が集結していた。
「何を始める気だ、小娘」
緊張感の張り詰める空気の中、獣のように呂鄭が唸る。
「私達がここへ来た理由を忘れたのか? 呂家の呪いを解けと帝からの命が下ったからだ」
蒼子は高い場所から呂鄭を見下ろす。
その瞳にいつもの如く子供らしさは全くない。
冷たく、冷酷な眼差しを呂鄭と翔隆に注いでいる。
そして言った。
「長きに渡る呂家の呪い、呂家の罪、今この場をもって詳らかにする」
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