第81話 合流

「蒼子!」


 鳳珠は蒼子の元に駆け寄り、蒼子を抱き上げた。

 

「無事だったか? 怪我はないか? 具合は悪くないか?」


「平気」

「素っ気ないな」


 矢継ぎ早な鳳珠の問いに蒼子は一言で返す。


 こちらは気分が悪くなるほど心配していたというのに、鳳珠と蒼子ではあまりにも違い過ぎる。


 いつも通りの素っ気ない態度だが、これが蒼子らしくもあり、鳳珠は心底安堵する。


 親の心子知らずとはこういうことか。


 先人たちの言葉に想い馳せていると蒼子から呆れた視線を頂戴する。


「そちらは元気そうで何より」


「元気とは言えない。不気味な地下牢で不気味なものを見た。非常に気分が悪い」

「不気味なもの?」

「あぁ。誰か過去のような、恐怖と苦痛を見せられた」

「ふむ」


 蒼子は頷く。

 頷くだけで何も言わない。


 何かないのか。もう少し心配してくれてもいいのではないか。


「そろそろ、その手をお放し下さい」


 蒼子が来た方向から声がし、振り返るとそこにいたのは紅玉である。

 不服そうな表情は莉玖に似ている気がする。


 硝家について鳳珠は詳しく知らないが紅玉は蒼子の血縁らしい。

 最初は兄妹かと思っていたが父である莉玖が鳳珠と同じくらいの歳と考えれば蒼子ぐらいの子供がいてもおかしくないが、紅玉は大きすぎる子供である。

 

 おそらく紅玉は蒼子や莉玖と血の近い者なのだろう。

 


「何、気にするな」

「皇子に蒼子様を抱えさせるわけには参りませんので」


 紅玉は半ばひったくるように蒼子を自分の腕に抱えた。

 少しばかり気に入らないが、ここは譲ってやろうと思う。


 ふと鳳珠は蒼子の格好に目を向けた。


 おかしな格好をしている。

 見ると蒼子が身に着ける服はだいぶ体に余っているのだ。


 裾は長すぎるし、肩幅も広すぎる。

 大人用の服だ。

 もしかしたら、汚れて白燕か誰かのものを借りたのだろう。


「蒼子」


 涼し気な声が蒼子を呼ぶ。

 声の方を向けば莉玖が優雅な所作で蒼子に歩み寄る。


「言われた通りにした」


 蒼子は深く頷く。


「おい! 離せ!! 私にこんなことをして、どういうつもりだ⁉」


 呂鄭が地面に転がったまま喚いていた。

 鳳珠は一瞬、存在を忘れかけていたため、はっとする。


 呂鄭は泥だらけになった状態で柘榴に抑え込まれている状態で、本来ならこの町にいるはずのない兄や皇子、高位の官吏が現れた上に、派手な水の神術を目の当たりにして現場は混乱を極めている。


「紅玉」


 蒼子は紅玉に合図をすると差し障りのない所まで距離を詰める。

 


「呂鴈」


 鈴の音のような声で蒼子は呂鴈を呼ぶと、速やかに駆け寄った呂鴈が恭しく礼をして頭を下げた。


 その光景を見て呂鄭は眉を顰めた。

 小娘の前に傅く兄を怪訝な顔で見つめている。


「呂一族を旧本家に集めろ。一人残らずだ。話は全てそこで行う」


「承知いたしました」


 蒼子の命令に呂鴈が言う。


「工部尚書、呂鴈に手を貸すように」

「分かった」


 莉玖は静かに頷く。


「おい! 待て! 勝手に話を進めるな!!」


 すると、柘榴に押さえつけられたままの呂鄭が蒼子を睨みつける。


「おい! 小娘!! どういうつもりだ⁉ 貴様のようなガキの遊びに付き合うほど大人は暇じゃないんだ!」


 無様な格好で地面から蒼子を見上げて怒鳴る呂鄭に蒼子は冷ややかな視線を浴びせる。


「兄上達もどうかしている! こんな――――――」


「うるさい」


 呂鄭の言葉を蒼子が遮る。

すると呂鄭の身体が柘榴の腕力に代わって水の縄できつく縛り上げられた。


「ぐぅあ……!」


 これはここへ来た時に、東屋で白燕に暴力を振るう呂鄭に使った術と全く同じもののようだ。


 締め上げる力は以前よりも強い気がする。

 鳳珠が見ている限りはそう感じた。


「場所を移す必要があるのだな?」

「ここにはないものがあの場所にはある」


 思いつくのは五連玉池の五の池だった。


「池か?」


「そう。全てを解決するにはあの場所である必要がある」


 さぁ、動け、と蒼子が言うと皆がその指示に従い動き出した。

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