70.もはや決闘とは呼べない


「――け、決闘だ! ラグナ・ヴェル・ブレイブに、生徒会の座をかけて決闘を申し込む!」


 周りがざわつく。


「決闘騒ぎはうんざりなのだが……カストル・フォン・ペンタグラム、お主はそこまでして生徒会に入りたいのか?」


「当たり前です!」


 呆れたように溜息を吐くヴォルゼアに対して、カストルは胸に手を当てて訴えるように叫んでいた。


 真面目に努力していればいいのに、なんで決闘なんて手段を選ぶのだろう。


 パトリシアの影響を受けているとでも言うのだろうかね。


「どうする、ラグナ・ヴェル・ブレイブ」


「えっ、普通に断りますけど」


「で、あろうな」


 当然だろうと頷くヴォルゼア。


「なっ!? それでも貴族か!? 決闘を受けろ、ラグナ・ヴェル・ブレイブ!」


 さらっと断ると、食い下がってきたクソメガネに言っておく。


「決闘なんかやって何の意味があるんだよ」


「それはそうよね」


 俺の言葉に同意するアリシア。


 壇上にいる他の生徒会に選ばれたメンバーも同じように頷いていた。


 エドワードだけちょっと見てみたいな、と呟いていたのだが、お前は本当に何なんだよ。


 ちなみにマリアナはもうすでに立ったまま気絶していて、もうその光景にも慣れたもんだった。


「では、無しだ」


「学園長! 決闘は貴族の正当な権利です!」


 ヴォルゼアの無慈悲な言葉にもまだクソメガネは食い下がる。


 決闘ってわがままを押し通すためにやるものではなく、譲れない物があった場合にそれをお互いが賭けてやるもんだろう。


「そもそも俺が勝った時に得るものがないんだが?」


 カストルは勝てば生徒会入りを果たすが、俺が勝った時はどうするんだろう、そのまま俺が生徒会のままは意味がわからん。


「それは……」


 言葉に詰まるカストルにさらに言ってやる。


「第一俺に決闘を申し込んでも仕方ないだろうに。生徒会の選考は学園の教師連中で決めるんだぞ。俺に決定権なんてあるわけない。だから俺に決闘を申し込むんじゃなくて、学園長に申し込め」


 考えてみれば、この面倒ごとの責任を取るのは教師陣だ。


 つまり学園長であるヴォルゼアだ。


 じゃあ、まずはヴォルゼアと決闘するのが正当な手段である。


 それに勝てば選考に考慮してもらえる権利を獲得できるので、そこから俺と生徒会の座をかけて決闘するのが筋ってもんだ。


「じゃあ、そこ、試合決定で」


「勝手に決めるなたわけめ」


 ヴォルゼアに睨まれてしまった。


 でも俺の言い分の方が正しいやい。


「はあ……まあ仕方ない、不服があるのならばわしが受け持とう」


 溜息を吐きながらヴォルゼアが前に出る。


 俺の言い分は受け入れられたようだ。


「カストル・フォン・ペンタグラム、お主が自分の努力を証明できるのならば、わしに見せてみろ。わしを動かしたお前のわがまま、勝てば選考を見直すチャンスを渡そう、負ければどうする? 退学か?」


「うっ」


「決闘の前例はすでにできておる。仮に敗北してしまった場合でも家名を利用して異を唱えることは、ヴォルゼア・グラン・カスケードの名において許さん」


 すごむヴォルゼアに、尻込みするカストル。


 ここで大人しく退けばいいものを、カストルはとんでもないことを言い出した。


「い、命を賭けます!」


「……」


 この一言にはさすがのヴォルゼアも眉間にしわを寄せて目を細める。


「知恵だけ回るのは親譲りか……」


「悪いところが出てるぜ、まったく……」


 隣でエドワードとクライブが呆れたように溜息を吐いていた。


「これが私の覚悟です」


 対するカストルはしてやったりの表情。


 学園長が学生を決闘で殺すなんてあってはならないし、ヴォルゼアは絶対にそのようなことはしないだろう。


 自分の命を賭けることによって、自分自身を人質のようにして交渉しているのだった。


「私が欲しいのは選考の見直しではなく、生徒会のポジションです」


 カストルは饒舌に語る。


「これだけはどうしても譲れません。どうかラグナ・ヴェル・ブレイブとの決闘を認めてください」


 馬鹿やアホなどの言葉なんて、生ぬるい。


 ただただ愚か、愚か者だ。


「ここで生徒会に入れなければ私のこの先の命など、あってない様なものなのです!」


「――いいぞ、やってやるよ」


 俺は前に出た。


「ラグナ、本当にやるの?」


 横目でアリシアを見ると、彼女は何とも言えないような表情で俺を見ている。


「うん」


「そっか、でも決闘なら私は何も言えないわね……」


 もうどうにもならないと溜息を吐きながら肩をすくめていた。


 彼女も決闘を行った身だから何も言えないのだろう。


 取り巻きに煽られたからと言っても、アリシアの決闘は家名を背負った忠言みたいなものだ。


 こんなガキのわがままと比べてもらっちゃ困る。


「止せ、ラグナ・ヴェル・ブレイブ」


「止めないでください学園長」


 カストルに歩み寄る俺を引き留める学園長だが、目の前のこいつはもう何を言っても聞かないだろう。


「命を賭けるとまで言われてしまえば、ブレイブ家としては出ないわけにもいきません」


「……学生の領分ではない」


「命を賭した決闘から逃げたと思われるのは、ブレイブ家の名折れになりますよ。それでも引き下がれと?」


「……」


 押し黙るヴォルゼアを無視して、俺は壇上を降りて生徒たちの正面に立った。


「命を賭してまでの覚悟があるならば、受け入れてやるさ。良いぞ奪って見せろ、そっちの方が単純でわかりやすい」


 まったくブレイブ領より命が軽いな、この王都って場所は。


 ブレイブ領での命は軽いけど、重くないわけではないぞ。


 命の価値なんて等しく同じで、ただ山脈に巣食う魔物や隣国との小競り合いという環境によって多く散るだけなのだ。


「そうだ私と戦え! ラグナ・ヴェル・ブレイブ!」


「後悔はないんだな?」


「ない! 3年間生徒会に所属しなければ、私に家名なんて名乗れないのだから!」


「自分が負けることは頭にないみたいだな」


「貴様の家は特別である価値がない、故にずっと一般だ。その上で全ての成績が落第である貴様が生徒会メンバーに入ってるのがそもそもおかしい話なのだ。どこに私の負ける要素がある?」


 あの成績の通知表を元に絶対勝てると踏んでるのか。


 何を持ってアレが普通であると言えるんだろう。


 何も知らなかったあり得るのだろうか?


 まあ、ブレイブ家がずっと一般クラスであることも知ってるようで、それで色々と勘違いしてもおかしくはない。


 本気でそう思っているように、カストルは胸を張って言う。


「逆にすぐに降参すれば命だけは助けてやってもいい」


「相手が命を賭けるのならば、俺も命を賭けなければ話にならないだろう? それが決闘と言うもんだ。本気で殺し合おう」


「くっ、良いだろう」


 一歩も退かない俺にカストルは少し狼狽えながらも、メガネをクイクイと動かして出で立ちを直し言う。


「決闘の条件も貴様に任せる。魔術無しでも別に良いだろう」


「じゃ、面倒だからこの場で魔術はなしでいい。決闘の証人はこの場にいる生徒全員で、そうすれば後で色々面倒ごとがないだろ?」


 丁度調度品として飾っていた剣があるので、それを使って一騎打ちと行こうじゃないか。


「うん、刃は潰されてないみたいだ」


 剣を確認するとちゃんと斬れる。


 これだけ斬れれば十分だ。


 警備はどうなってんだと思うが、決闘イベントは主人公を取り合った攻略対象キャラクター同士が何度か行うことがある。


 その時、何故か丁度良く剣があったりするのだが、そのご都合主義の正体が調度品の剣だ。


 つーか、フラグをイイ感じに二つ進めるとどちらかが主人公を取り合って決闘するルートって、とんでもないゲームだよな?


 斬新だ。


「そ、それでいい。では命を賭けて決闘をしよう。では開始の合図をエドワード殿下に」


「む、良いのか? お前が良いならその栄えある役目を担ってやらんでもないが、カストル、足が震えてるけど本当に大丈夫なのか?」


 急に話を振られたエドワードが容赦なく告げる。


「何を! これは武者震いです」


「私は死にかけたからこそ命は何よりも大事だと認識しているのだが、生徒会のポジションは命よりも大事なものなのか?」


「当たり前です。殿下にはわからないでしょうが、私の家は代々3年間生徒会に入ってきました。私の代でそれを途絶えさせるわけにもいきませんので!」


「そうか、一応忠告しておくが、死にかけていた私を救ったのは、そこのラグナ・ヴェル・ブレイブだぞ。実力で言うなれば、この私よりも数段上にいるぞ」


「なっ!」


「まあ命を賭してまで譲れないのならば仕方あるまい。ちなみに私はこのポジションを譲るつもりは無いぞ? せめて勇ましく散れ」


 笑顔でそう言われて、カストルはあんぐりと口を開けていた。


 無慈悲な殿下の言葉には、周りの生徒も同じ反応である。


「殿下よぉ、あいつはそんなにできるのか?」


「捨て地と呼ばれているが、年中隣国と小競り合いをしている家の出が弱い訳がないだろう?」


「でも俺らと同じ年だぜ? あり得ねえよ」


「私はブレイブ領のダンジョンを傷一つ負わずに踏破する姿を実際に見ている。お忍びで嘘を吐くことはあるが、それ以外で嘘はつかんさ」


 クライブとエドワードの会話によって、カストルはさらに足を震わせ始めていた。


「なん、だと……」


 冷や汗をかいて、ブルブル震えて、メガネが何度もズレ落ちて、それを何度も元の位置に戻す行為を繰り貸している。


 激しくウザいルーチンだ。


 うーん、俺の言葉は信じられなくとも、エドワードの言葉は信じるのか、さすが殿下と言っておこう。


「よし、あまり時間をかけるのも良くないだろう。さっさと始めよう。この決闘を王位継承権第12位のエドワード・グラン・エーテルダムの名において宣言する!」


「ちょ、ま! で、殿下! お待ちを――」


「――始め!」


 有無を言わさず開始を宣言されて、慌てるカストル。


 俺もいきなり始まって「え、マジで?」となっていた。


 でもまあ始まってしまったものは仕方がないので、カストルに剣を持たせて立ち上がらせて相対する。


「う、あ……」


 ものの見事に震えいていて、もう決闘どころじゃなさそうだった。


 激しく殺し辛い。


 しかし、とりあえず決闘は決闘なので大人しくカストルの持つ剣ごと彼の首を撥ね飛ばした。


「……ぁ――」




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