69.狂っちまったってか、盛っちまったか?
「えぇ……」
ヴォルゼアのとんでもない言葉に、思わず困惑する。
話が聞こえていたのか、マリアナとアリシアもコーヒーを飲む手が止まっていた。
「えっと、すいませんお断りします」
ドアを閉めようとすると、ガッと足を隙間に突っ込まれる。
学園長怖い。
「何故閉める」
「いやその……任命って、もう決定なんですか?」
「そうだ」
無慈悲な断言である。
権力反対、徹底的に抗ってやるぞ!
俺らの島は俺らで守るんだ。
ゴルフ場になんかされてたまるもんか。
「2学期より教師陣の一新を行った結果、決定したことだ」
そういえば、始業式に並んでいた教師陣の顔ぶれがそこそこ変わっていたことを思い出す。
入学時に試験官を担当していた教師はいなくなったのだが、なるほど裏でもうクビにしていたってことか。
「正当な判断を元に成績優秀者が候補としてあげられ、その中にお主らも含まれており、そのまま決まったということだ」
「なるほど」
「お主ら3人は他の生徒と比べて、成績にかなりの差が有る。その状況で他の者に生徒会を委ねるのもあまり良くはないだろう」
ヴォルゼアの話によると、今年の1年生は勉強をほっぽりだす生徒も多かったそうだ。
賢者の子弟であるパトリシアとその周りを囲う攻略対象キャラクターメンバーで生徒会は埋まると考えていたようで、付け入る隙は無いと感じた結果の産物。
婚約破棄事件が起こった後に、アリシアの取り巻きだった奴らなどは他との縁を繋ぐことを優先し、他も追従。
エカテリーナの様子的にはあまり上手くいってないようにも思えたが、生徒間の勢力的なものが大きく変わったのは事実だった。
それで昼間に逆ハーレムランチタイムを中庭で見せつけられた女子たちは、色々諦めて他との縁繋ぎを推し進めた。
聞こえはいいが、羨ましいから適当に男作ろうってことである。
王族が平民相手に率先してやってるのならば学生の内くらいは、みたいな感じでみんな遊び惚けてしまっていた。
火遊び、流行。
特別クラスの女子が、一般クラスにいる格の低い家柄の男子を囲ったりする現象も裏で起きているようで火遊びどころのはなしではない。
それで1年生の全体的な成績は落ち込んでいるらしい。
中心的な奴らがそんなことをしていれば、まあ何となく周りも余りもの同士でくっつこうかという空気になってしまうのも理解できるのだが、さすがに影響力高過ぎて笑ってしまうだろ、こんなの。
もつれた糸が絡まりまくって色んな所で毛玉だよ。
「とんでもねぇ……」
ハーレムルートの裏側では、こんなことが起こっていたのか。
意味がわからん。
ってかみんな、ひと夏の経験を終えてしまったって……コト?
壊すか、この学園。
「お主らは模範だ。教師陣全てがそれを認めておる。賢者祭典は他国の学園の生徒も腕を見せに来る。軟弱な姿は国の威信にも関わるのだ」
ずいっと顔を寄せて、ヴォルゼアは俺に小さな声で告げる。
「それにお主にとっても悪い話ではないだろう?」
「うーん」
正直どうでも良いんだよなあ、と思っていた。
生徒会に入って学園での地位を築き上げ、生徒をどうこうしたところで今のブレイブ領の在り方は変わらん。
生徒らの両親の関わる問題だからだ。
しかし、今後に備えるとするならばやっておいて損はないと言えるだろう。
ずっと先の話だが、俺とアリシアに子ができてから、今やっておいたことが実を結ぶ結果になるかもしれないのだ。
「どちらにせよ、正当な評価によって決められたものだ。大人しく引き受けておけ。わしも直接話しやすい」
「はあ」
「来週の任命式を終えれば、学園の1年生は生徒会1年が監督することとなる。上手く立場を用いることだ」
「学園長、俺が強権を振るってとんでもないことを仕出かすかもしれませんよ?」
全員に1ヶ月水と食料だけでダンジョンに籠らせても良い。
腐った性根を戻すには、頭を空っぽにするのが一番だ。
そして恋愛禁止にする。
婚約等、節度を保った物ならば可ということにして、学園内全ての恋愛的な物事を排除する。
男性生徒よ、抜け駆けは許さん。
「学生の領分を出なければ構わん。生徒全てが勉学に励み、他との交流を積極的に行いより良い学園生活を送れるように導くのが生徒会の使命だ。まずはお主らがあるべき姿を取れ」
言うだけ言って、ヴォルゼアは「ではな」と玄関から立ち去る。
その直前でマリアナが立ち上がった。
「あっ、学園長様! 気になってたんですけど、ラグナさんの成績ってこれどういうことなんですか?」
「確かに、成績優秀者が決められるのならラグナの順位が気になるところよね」
アリシアも同意してヴォルゼアに尋ねる中、ジジイは振り返って鼻で笑いながらこう言った。
「お主らの思っとる通りである――」
そしてフワッと浮かび上がって、そのまま空から学園の方へと泳ぐようにして飛び去って行く。
何かちょっと格好つけてない?
「どういうことなんですかね……?」
「まあ実際に学生の領分を超えてるのは確かだから、測定不能って意味なんじゃないかしら?」
測定不能か、確かにそうだ。
そんな意味合いも含まれているからこそのバツなんだろうね。
◇
それから特に波乱もなくいつもと変わらない学園生活は進んで行き生徒会の任命式の日となった。
賢者祭典におけるクラスの催し物に関しては、生徒会役員が決まってから話し合うことになっているらしく、まだ決まっていない。
クラスの空気は浮足立っていて、何というか夏を終えて男女の距離がぐっと近付いている感じがした。
この国の連中は旅行が好きだ。
俺の知らないところでみんな青春をしてるんだろうな?
俺だって夏に女の子二人と旅行して、何なら一緒にダンジョンで蟻を殺したり、悪魔を召喚したり、竜と会ったりしたもんね。
ふっ、青春度合いで言えば俺らの方が勝ってる。
「ふふん」
心の中でほくそ笑んでいると、隣で誰かが機嫌良さそうに笑っていた。
そう、――エドワードである。
ホールに1年全員が集められ、そこで生徒会の任命が行われているのだが、メンバーにエドワードがいた。
元々のこいつはハイスペックで座学も実技も高順位。
ハゲようが、継承権が下がろうが、パトリシアがいなくなって静かに学園を過ごす優等生みたいな立ち位置に収まった今、候補に挙がっても問題はない。
むしろ腐らずに好成績を残すことが、今までの負債を返す結果になるのだろう。
何か話しかけてくるかと思えば、話しかけずに俺を見てはにかむばかりで、それが本当に気持ち悪くて仕方なかった。
「エドワード・グラン・エーテルダム
アリシア・グラン・オールドウッド
クライブ・フォン・グングボルグ
ラグナ・ヴェル・ブレイブ
トレイザ・ヴァル・リンドブルム
マリアナ・オーシャン」
ヴォルゼアが低い声で名前を呼び、それに合わせて一歩前に出る。
生徒たちは、俺やアリシア、マリアナ、エドワードを見て色々と言いたげな表情をしていたのだが、ヴォルゼアがそれを全て睨んで黙らせていた。
成績を落とした軟弱な学生には、発言権は何もないと言わんばかりの声色でヴォルゼアは言葉を続ける。
「以上、6名が1年生諸君の代表とも言える生徒会を担う。2学期からの催しごとはすべて生徒会主導で行われる。異論のある者は、今ここで手をあげよ」
ヴォルゼアは一応そうやって生徒を煽っていた。
ここで上げる奴がいれば、勇者と言えよう。
異論がなければ、それを理由に生徒は何か不祥事が無い限り不服を申し立てることはできなくなる。
ナイスだ。
「――異議あり!」
誰かの声が響いた。
全生徒が注目する中で、一人の男子生徒が立ち上がってメガネをクイッと動かしていた。
メガネキャラはメガネをクイッとしないと気が済まないのか?
「良かろう、述べてみよ。カストル・フォン・ペンタグラム」
夏場の葉っぱみたいな緑色の髪を持った男の名前は【カストル・フォン・ペンタグラム】と言って、この国の宰相を務めるペンタグラム侯爵家の息子である。
攻略対象キャラクターの一人で、かつゲームの世界では主人公と生徒会イベントを本来行うはずだった男だ。
「なぜ宰相の息子であり入学試験でも座学トップだった私が生徒会ではないのですか?」
カストルは訴えかけるようにして言う。
「ペンタグラム家は代々、生徒会を務めていたはずです!」
「簡単な話だ。お主の成績はこの6名に劣る」
「なっ!」
ヴォルゼアに容赦なく告げられ、カストルは狼狽えていた。
「ふむ、そんなに成績悪かったかカストルは?」
「あいつがパトリシアにかまけて成績が落ちたのは事実だろ? 俺と殿下はそれでも上位一桁だし、単純に努力不足だぜ」
隣でエドワードとクライブがそう話していた。
そういえばカストルは魔術がそこまで得意ではなく、自分でもそれを理解していて、周りのハイスペック連中に追いつくために人一倍勉強を頑張る姿が描かれていた。
普段は、はっちゃける殿下たちを後ろから「やれやれ後始末が大変ですね」と溜息を吐く知的なサポートキャラ故に、そのギャップにころりとやられてしまうプレイヤーが多かったイメージである。
あとはメガネ萌えの人が彼をとにかく推していたなあ。
「色々とあったにせよ、今年は私たちも含めて生徒会の枠に入れるのはかなりの努力を必要とする。それを怠ったのならば本人の責任か」
「だぜ、トレイザが食い込んでるとは思わなかったけどな」
「クライブの婚約者である伯爵家の令嬢か。まあそう煙たがらずに生徒会入りを共に喜んでやるんだ」
「別に煙たがってねえよ? そもそも俺は別に現を抜かしていたわけじゃねえしな」
生徒会メンバーに名前の挙がっていた【トレイザ・ヴァル・リンドブルム】は、伯爵家の令嬢でありクライブの婚約者。
クライブルートでは敵となるが、この世界線だと普通にライバルなのはパトリシアだったし、そいつももう学園から何故かいないから、普通の伯爵家令嬢である。
パトリシアは美味くやっていたつもりでいたようだが、クライブに関してはフラグをそこまで進めてないのか。
まあ真っ直ぐな男故に、一度決めたらエドワードを守る役目を土下座してでもやめて主人公を守ろうとする男である。
迂闊にフラグを進めると色々都合が悪かったんだろうな?
「――しかし、何故辺境の地の伯爵が生徒会に!」
大きな声で俺が名指しされたので、エドワードとクライブの話に聞き耳を立てるのを止めて正面を向く。
「彼の成績は基準を満たしてはいないはずです!」
「ほう、何故それを知っている。個人に通知されるものだが」
それはそう。
いいぞ、やれ、論破してしまえ学園長。
「た、たまたま見たんです! たまたま! 偶然!」
「見苦しいぞ、カストル・フォン・ペンタグラム」
「うっ」
「生徒会は成績上位の候補者から選ばれる。また来年には機会もある。入学当時から落ちてしまった成績を戻し、品行方正に励めばきっとお主なら選ばれるだろう」
1年間だけなので、チャンスはまだあるのだ。
そこを示すヴォルゼアだが、カストルはしぶとく食らいついていた。
「再び試験を! そして選考のやり直しを要求します!」
「お前個人のために、何故全生徒を巻き込んで試験をせねばならん」
ヴォルゼアの言葉はもっともで、そんなことを言ったもんだから周りからブーイングが巻き起こる。
遊びたいざかりの生徒たちからすれば、そりゃそうか。
「ら、来年じゃダメなんだ……私の家は代々3年間ずっと生徒会入りを果たしてきた。そんな中で私だけが入れないとなれば……」
どうあがいても生徒会入りが無理だとわかったカストルは、わなわなと震えながらブツブツ呟くと、叫んだ。
「――け、決闘だ! ラグナ・ヴェル・ブレイブに、生徒会の座をかけて決闘を申し込む!」
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