46.ただいまブレイブ領


 あれから俺らのいる一般車両にエドワード達が来ることはなかった。


「うわあ~! ここがブレイブ領ですか?」


「長閑よねぇ」


「私は王都から出たことなかったので、新鮮です!」


 汽車の時と同じように、馬車の窓から身を乗り出すマリアナ。


 そんな彼女を微笑ましく眺めるアリシア。


 あの密集した王都から出たことがないのならば、逆に何もないこの風景は新鮮になるのか。


 確かに、何も思わなかった道一つ取ってしても、一度王都で生活をした後に見ると少し違って見えた。


 住んでいた時の空気っていうのかな?


 それを思い出して、なんとも落ち着いてくる。


「ラグナ、帰ってきたわね」


「そうだね」


 汽車での騒動後からやけにマリアナとアリシアの距離感が近く、「妙だな?」と思っていたのだが、アリシアは俺との会話も欠かさず行ってくれて嬉しい。


 まるで乙女ゲープレイヤーのように細やかな配慮だ。


 俺のフラグは立ちまくりである。


 ブレイブのケダモノをしっかり牢屋に放り込んで、ガチガチに鎖を巻き付けてそのまま海の中へ捨ててしまわないと、と俺は気合いを新たにした。


「ここは魔物もたくさんいるんですよね! 王都近辺にはいないのが! ふんふん! ここからはさすがに見えないんですかね?」


「人の生活圏だからね」


 キョロキョロと外を見るマリアナに俺は言う。


「でも町は山脈が近いから夜とか稀に変なのいる可能性あるから気軽に外に出ない方が良いよ」


「ふぇぇ……」


「それは本当に危ないわね……」


 あ、コンビニ行こ、みたいな感じで気軽に出るのはご法度だ。


 冒険者はブレイブ家に対しては表向き従順だが、知らない女に対して配慮するような善良なジェントルマンではない。


 何か行動するなら基本的に俺やセバス、家の使用人が一緒じゃないと良くないのである。


「冒険者の変死体とかあっても良くあることだから気にしないでね!」


 久しぶりのブレイブジョーク、これは決まったか?


「そ、そうなんですか……? ひええ……」


「ラグナ、変な冗談で怖がらせないの!」


「はい、すいません」


 怒られてしまった。


「アリシアも見慣れてるんですか? その……冒険者の変死体……」


「そんなわけないじゃないの、普通の町よ。子供も笑顔で遊べるくらい平和なところだから安心しなさい」


 今は、だけどね。


 怖がらせてしまったのは申し訳ないので、訂正しておく。


「変死体は魔物じゃなくて基本的に冒険者の過度な喧嘩の果てだから、俺とかブレイブ家の人と一緒にいれば大丈夫だから安心していいよ」


 そう伝えると、さらにマリアナは怖がってしまった。


 アリシアの膝の上で丸くなってしまい、俺は再びアリシアに怒られることとなる。


 解せぬ。




 それから気を取り直して皆で楽しく平和な時を過ごし、ようやくブレイブ領にあるブレイブ家の屋敷へと到着した。


「アリシア様お帰りなさいませ!」


「ご帰宅を待ち望んでおりました!」


「ただいま、みんな!」


 馬車を降りたアリシアの周りに、うちの使用人たちが集まる。


 優しく微笑み返すアリシアの姿は、もう彼女はブレイブ家の中心なんだなとなんだか心がホッとした。


 無視されて解せぬが、まあ良いだろう。


「お帰りなさいませ、坊っちゃん」


「ただいまセバス」

 

 俺にお帰りと言ってくれるのは、お前だけだよセバス。


「あ、あの、よ、よよよ、よろしくお願いします!」


「話は事前に伺っております。さ、マリアナ様、どうぞこちらへ」


 馬車から降りて借りてきた猫のような緊張した面持ちのマリアナだが、セバスはニッコリ微笑むとそのままアリシアの元へと連れて行った。


「アリシア様、マリアナ様、長旅でお疲れだと思いますのでどうぞ中でお寛ぎください」


 二人は使用人たちと共に屋敷へ向かっていく。


 マリアナの部屋はすでに準備されていて、予め手紙をセバス宛てに送っておいてよかった。


 俺はいきなり帰る予定だったのだが、アリシアが絶対に手紙くらいは送っておけと念を押したので知らせておいたのだ。


 いや、ほんと助かりますアリシアさん。


「坊っちゃん、学園生活はどうでしたかな?」


 二人を見送った後、馬車に積んでいた荷物を下ろしながらセバスが声をかけてきた。


「想像した通りだと思うよ」


「では中々良き学園生活をお送りのようで、嬉しく思います」


「言うじゃないか、セバス」


 面倒ごとはそれなりにあったけど、それよりもこうして一緒に笑ってくれる存在ができたことは何よりだった。


 マリアナの存在はかなり大きい。


 最初はゲームの世界の聖女とお近づきになれて厄災回避の駒を得た程度にしか思っていなかったが、アリシアに同性の友達が出来て交流が増えて笑顔がもっと増えた。


 元々絶望的だったんだ、立場的に彼女が友達を得ることは。


 だから俺がしっかり傍にいてと思っていたのだが、マリアナがそこを埋めるように学園で隣にいてくれて、動きやすくなった。


「うん、良い学園生活だったと思うよ」


 アリシアの笑顔を見てそう思う。


「坊っちゃんに友達はできましたかな?」


「ふっ、聞くな」


 俺に友達は未だにいない。


 正直誰かしらできるかな、とは思っていた。


 でもできなかったものはどうしようもない。


 わかっていたことじゃないか、そんなこと。


「余裕ができたら学友を作ってみてはいかがでしょう?」


「余裕でできなかったんだよ、聞くなよ」


「我々家臣たちは、心より坊っちゃんに同性のお友達ができることを願っておりますよ」


 そりゃ、できたら良いよな?


 もし俺が間違った道を進んでしまったとして、それを止めてくれる人は果たして王都にいるのだろうか。


 そう考えてしまうほどに、差が激しいと思っていた。


 ブレイブ領でも対等と言える存在はセバスとオニクスしかおらず、冒険者なんて上下関係の関りでしかない。


「殴り合える友達なんてさすがになあ……」


「いや殴り合うのが友達じゃないですぞ、坊っちゃん」


「でもそんな男友達が欲しい! 熱く拳で語り合えるような!」


「それは諦めましょう」


「お前は本当に正直でひどい奴だな!」


 久しぶりのこうした絡みに、セバスは髭を撫でながら笑っていた。


 釣られるように俺も笑う。


 そうだな、こういう関係で良いじゃないか。


 くだらないことで笑って、それで釣られて笑って。


 過度に求めても仕方がないのである。


 こういうのは距離感が大事なんだからな!


「して、家臣共々気になっているのですが、アリシア様とはどこまで進みましたかな? 二人しかいない一つ屋根の下での生活でしょう?」


「ふっ、聞くな」


「そうですか、お変わり無いようで何よりです」


 なんか、刺さる言い方だな?


 どういう意味だ?



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