40.【閑話】お前ら、マジで戦争だ。な……休日
刈り取った草を焼却炉まで捨てに行く。
「コーヒーコーヒー、お菓子お菓子、ふんふんふん」
その間に二人がコーヒーとお菓子を準備してくれるらしいので、もう気分は最高だった。
ティータイムは好きだ。
疲れた心と身体にホッと一息、癒しのひと時なのである。
なのに、――どうしてこうなった。
「貴様がラグナ・ヴェル・ブレイブか?」
「えっ、はい、ラグナです」
珍しく他人に名前を呼ばれたなと振り返ったら、教師の服装に偽装した魔術師たちが数十人ほど俺を取り囲んでいた。
今日は休日とは言えども、白昼堂々過ぎないか?
宣戦布告はされたものの、いささか露骨では?
つーか、パッと見て十数人じゃなくて数十人って多くね?
「本当にごめん、今お前たちの相手をしてる暇はないんだって」
ラグナですと肯定すると殺気丸出しになった連中に、思わずしかめっ面になる。
何人来たって別に構わないが、今は本当にタイミングが悪い。
せっかく言いつけを守って草刈りと害虫駆除を爆速で終わらせて、帰ればコーヒーと手作りのお菓子が待ってるんだ。
何で今なんだ。キレそう。
「そうか、貴様がラグナか」
「あの、殺さないでおくから夜とかにしてくれお願いだから」
「問答無用――ッ! こぺっ」
そう息巻いて殴りかかってきた一人の魔術師の首をへし折る。
「しまった……思わずやってしまった……」
可能であれば戦いの火ぶたを切って落とさず今日だけは穏便に済ませたかったのだが、殺気むんむんの癖に丸腰で飛びかかってきたから殺してしまった。
でも、馬鹿だろ?
魔術師同士の戦いで丸腰で殴りかかってくる奴がいるか?
「なっ!? 暗部魔術師でもかなりの手練れだぞ!?」
「あの空拳のカラパンチが……」
「見えない拳を飛ばすことで有名なあいつがまさか」
し、知らない。
名前的には、空気砲っぽい形の魔術を使うのだろうか。
何かしらの魔術を俺に使えば、障壁が自動で感知するのだが、それが無かったってことは、こいつは魔術の発動前に死ぬ程度の有象無象の雑魚である。
もう、白昼堂々とこんな雑魚を送り込んで来るなよ!
無駄に数だけ多くて手間暇がかかる。
こんなことをしている間にも、コーヒーとお菓子が俺の帰宅を今か今かと待ちわびているはずなのに。
「誰だか知らないけど、覚悟しとけよ」
待たせてしまっている二人にも申し訳がないので、白昼堂々と学園内で誰かを殺すのは避けたかったが仕方ない。
「今、めちゃくちゃ機嫌が悪いからな」
殺気をぶつけると、一人だけ息を飲む魔術師がいた。
「これが噂の……ゴクリ……」
ショートソードをずっと正面に構えた男である。
こいつはずっと俺の一挙手一投足に警戒しているのがわかった。
びびってるのはいただけないが、恐怖は生き残るためにもっとも重要な感情だから良し。
「ふん、捨て地の猿風情が」
「不意打ちで一人持っていかれたところでな?」
「そうよ、王都暗部の実力を思い知りなさい?」
他のはダメだ、ダメだな。
数十人の魔術師が俺を囲っているが、その中で武器と呼べる武器を持っているのは片手で数えるほどしかいない。
何も持たないか、いかにも魔術を使いますみたいな雰囲気で杖を持っている。
確かに杖は魔術を使う上でそれなりに使える道具だ。
頭の中でイメージすることが重要な無詠唱の魔術において、三次元的な位置を指し示す行為は脳内リソースの節約につながる。
だが道具だ。
せっかく無詠唱で魔術を使えるってのに、詠唱を行う隙を克服した魔術師だってのに、ろくな殺傷能力を持たない杖を持つのだろう。
自転車で言うところの補助輪だぞ、それ。
それなら長めの木の棒でも持った方が100倍マシだ、リーチが長い分距離を取れて魔術師に有利だからな。
誤差だが。
「めんどくさいから一気にかかってこいよ。この後予定が詰まってるから手短にな」
「あら、キスの味も知らなそうなガキが言うじゃない」
「――あ?」
「ひっ」
睨みつけると、禁句を言った魔術師の女は怯えて腰を抜かしていた。
ああもう、キレちまったよ……。
「ああもう、キレちまったよ……」
心の声がそのまま出た。
俺は魔術師たちが構える中を堂々と歩いて女の正面へと向かう。
「ば、馬鹿野郎! 相手の魔力に飲まれるな!」
ショートソードを握っていた一番まともな魔術師が叫んだ。
「この隙に囲って攻撃しろ! 相手は歴戦の魔術師だと思え!」
時が止まったように歩く俺を見つめていた魔術師たちが、ハッと我に返って一斉に攻撃を開始する。
刃を散りばめた竜巻、炎で作られた矢の雨、地面から何本も生える土の槍、熱湯、その他にも大量の魔術が俺に向かって放たれた。
俺は避けることもしなかった。
避ける必要すらなかった。
俺の全身を覆う皮膜状の障壁を前に、雑魚どもの魔術は一切通ることはない。
「な、何故今ので生きている……?」
「う、嘘だろ……」
「俺の必殺魔術が……」
巻き起こった土煙が晴れた後も平然とその場に立っている俺を見て、周りの魔術師たちは唖然としていた。
魔術に必殺もくそもない。
首を刎ねれば人は死ぬわけで、そこに行きつくための手段でしかなく、遠くから魔術を放ってハイ終わりだと思っているのなら、三流以下どころか学生からやり直せ。
詠唱した魔術と変わらないだろ。
「三下どもが」
「ひっ、あう、や、やめて、お姉さんがキスしてあげ――めりゅぎゅ」
命乞いする魔術師の女の首を捻り折った。
だらしなく舌を出して、白目を剥いて、タイトスカートが失禁に染まる姿を見ると、とてもじゃないがキスなんてできない。
「断固拒否」
俺のファーストキスは、限りなくドラマチックな場面でロマンチックに行うと決めているんだ。
うら若き学生の身分で気軽にやっていいもんじゃないんだ。
ちくしょう。
ブレイブのケダモノのように貪ったりなんてしないもん。
できれば結婚式が良いな、もしくは婚約式とか?
オニクス呼んで竜の前で再び永遠の愛を誓うとか、次は慣れてるだろうからいけるんじゃないか?
そういった場面こそ、女の子が求めるまるで御伽噺の世界のようなドラマチックロマンチックエモーショナルセンチメンタルだろ。
「学生の身分でキスとかケダモノ過ぎるだろ? ああんっ!?」
「な、何を言ってるんだ……」
「エキセントリックが良いのか!? このビッチが!」
女の死体を蹴り飛ばすと、周りにいた魔術師たちが慄いていた。
「勝負を挑んだ魔術師を素手で殺して死体蹴りとは……」
「魔術師の風上にもおけん……」
知らんわ、そんな流儀。
聞いたこともない。
どこまでも風下の連中が風上を語るな。
「殺しに来てるんなら殺される覚悟も持っとけよ?」
全ての魔術が通用しなかったとこの状況で、今この場で生態系の頂点に捕食者として立つのは俺であり、こいつらは哀れな野ウサギだ。
自覚があるならさっさと消えろ。
マシな奴らはすでに消えたぞ。
それでも立ち向かってくる勇敢な間抜けがいたら、今から俺の質問に答えきれた奴だけ生かしてやる。
「お前らの中で、キスの味を知ってる奴はいるのか?」
なあ、答えろよ。
コンビニで初恋の味とか言って売られてた飲み物とかお菓子があっただろ、あれっていったい何味だったんだよ。
「答えてみろよおおおおおおお――ッ!」
ちくしょおおおおおおおおおおおおおおお!
その日、暗部と呼ばれる闇の魔術師ギルドはそこそこの人員を失って空中分解してしまった。
中でも、それなりに実力のあった者たちが、王都からもこの国からも忽然と消え去ってしまったことが大きかったと言われている。
そして隣国で発見され捕まった熱湯のショートソードと呼ばれる魔術師は、涙ながらにこの国に居させてくれと訴えたそうだ。
彼がその時震えながら口走っていた「キスの味」という言葉は、隣国の暗部を大いに困惑させることとなる。
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