39.【閑話】よろしい、ならば戦争だ。な……休日


 来週には夏季休暇を控えた休日のことである。


 ――バンッ!


 自室のドアがぶっ飛んだ。


 えっ、と思って目を向けると、ジャージにほっかむり姿のアリシアが腕を組んだ仁王立ちで立っていた。


「草刈りするわよ、手伝いなさい」


「は、はい」


 公爵令嬢とはとても思えない姿は健康的ですごく良いのだが。


「えっ、ドア壊れたけど……?」


「そんなもの直せばいい、それがブレイブでしょ?」


「あっはい」


 過去に俺の言った一言で流されてしまった。


 ブレイブに染まりゆくうら若き令嬢。


 本当にたくましく育ったもんだ。


 アリシアは強い意志を秘めた瞳で告げる。


「これは戦争よ」


「せ、戦争ですか」


「私の畑とガーデニングを荒らす虫たちとの……ッ!」


 カッと開かれた目には、そこそこの殺意が込められたいた。


 凛々しいな、アリシア。


 強い女性って感じがして、日々魅力的になって行く。


「駆逐してやるのよ!」


 少しだけ狂気を孕んでいるのだが、彼女がこうなってしまったのには歴然たる理由があった。


 今は夏場、彼女が畑に植えていたものは二十日大根。


 年中栽培できて早く育つからとりあえず植えてみようとのことで育てていた野菜だ。


 しかしご存じの通り、夏場にそんなもんを植えてしまったら病虫害の餌食になってしまう。


 そう、弱いんだ……夏場の二十日大根は……。


 アリシアの畑はボロボロだった。


 引っこ抜いても貧弱な「え? これ本当にもう抜いていいの?」みたいな二十日大根にしか育たなかったのである。


 例えるならば、剣術をサボったガリガリ貴族の足みたいな、俺が蹴ったらポキッと折れてしまいそうな、そんなレベル。


 その余波は、せっかく綺麗に作り込んでいた玄関先のガーデニングにまで及んでしまい、もうアリシアはカンカンだった。


 ガーデニングに裏庭の家庭菜園の病虫害なんてあんまり関係ないだろうと心の中では思っていたのだが、プリプリ怒るアリシアが可愛すぎて放置していた。


「返事!」


「はい!」


「わんでしょ!」


「わ、わん!」


 そしたら暴君が出来上がっていた。


 もうデフォルトで首輪を右手に持ってらっしゃる。


 こ、これは暴君だぁ。


 でも今までにない圧力に、なんだろうドキドキする。


「ついでにマリアナも手伝いに来てくれるから総力戦ね」


「そうなんだ……」


 マリアナの話題になるの先ほどの暴君なんてなかったかのようにテンションがいつものアリシアに戻る。


 感情豊かになってきて何よりだった。


 しかし、わざわざ休日に草刈りと害虫駆除に呼ばれるなんて、マリアナもなんというか不運だな。


 聞けば「二人の愛の巣にお邪魔しても良いんですかひえええ」と、とても楽しみらしい。


 あいつもあいつで変だよ、絶対。


 さすが元主人公、キャラが立っている。


「終われば、彼女のコーヒーと手作りスコーンよ」


「本当? 俄然やる気でる!」


 マリアナがコーヒーを入れてくれるのならば、頑張れる。


 できれば作業前に上質なカフェインを摂取したいが、文句は言ってられないよね。


「ふふ、草刈りは大変だからご褒美がないとね?」


 午後の予定までしっかり決めているなんて、さすがアリシアだ。


 ただで人は動かないことをよく知っている。


 これぞ公爵家に伝わる帝王学的なものなのか?


 そんなものはないか、もはやどうでもいいことなのだ。


「俺はアリシアが殺せって言ったらご褒美なくてもやるよ?」


「馬鹿なこと言わないの」


 割と真面目なのだが、ご褒美くれるともっとしっかりやる。


 300%全殺し確定だ。


 ってか、好きな人からもらえるご褒美って想像するだけで胸が膨らむ気がする。どきどき。


「おはようございます! アリシアさーん? ラグナさーん? ほほーここが二人の……ですか、いい匂いがしますね!」


「ちょうど来たみたいね。ほら早く着替えて」


 玄関先からマリアナの声が響いてきて、俺はさっさとジャージに着替えることにした。


 匂いを嗅ぐ下りは意味が分からんが、気にしないでおくか。


「午前中に終わらせたら午後はゆっくり過ごしましょ? スコーンは私とマリアナで作るから、貴方はその分身体を動かして働くの」


「虫は任せてよ」


「頼りにしてる」


 障壁制御であら不思議、益虫も害虫も根こそぎだ。


 ブレイブ家が駆除できるのは魔虫だけではないというところを彼女に見せつけてやろう。







「アリシア、良い感じに焼けましたね? 良い匂いですよ」


「わっ、本当」


 マリアナがオーブンを開けると、良い匂いがキッチンに立ち込める。


 取り出されたスコーンは、綺麗な小麦色に膨らんでいてとても美味しそうだった。


 テーブルにはシンプルなスコーンからナッツなどを練り込んだものまで色んな種類が並べられている。


「マリアナ本当にお菓子作り得意よね?」


「任せてください」


 手際よく作っていく姿を隣で見ていたアリシアが褒めると、マリアナは胸を張って鼻をふんすと鳴らしていた。


「コーヒーとお菓子に関しては、魔術よりも得意だと自負してるので」


「私も色々と覚えたかったからすごく助かる」


「お役に立てて何よりです。やはりラグナさんに作ってあげるんですか? 愛情のこもったスイーツをこのスイートハウスで? フンフンフンス!」


 マリアナの鼻息の荒さを無視して、アリシアは言う。


「基本的にはブレイブ家の使用人のみんなに振舞いたいからよ? ラグナは魔物じゃなければ何でもおいしそうに食べてくれるから」


「ま、魔物……?」


「あ、ブレイブ家の常識だから気にしなくていいわよ」


「ふええ……魔物って食べられるんですね? ちょっと興味あるかも」


「普通の飯が普通に美味しいって言ってたわよ?」


「それにしてもラグナさん遅いですね?」


「そうね、どこをほっつき歩いてるのかしら?」


 午前中の草刈りや害虫駆除は早々に終わって、アリシアとマリアナはお菓子作り、ラグナは刈り取った雑草を捨てに行ったのだが、それなりに時間が経ってもまだ帰ってこなかった。


「ま、たくさんあるし、その内戻ってくるわよ」


「そうですね。私たち二人だと余る量ですし、先に休憩しましょう。ラグナさんがいない今だからこそ、アリシアには聞きたいことが山ほどあるのです!」


「お、お手柔らかにね……?」


「ずばり! 二人はもうキスしたんですか!? ともに結婚を約束した男女が一つ屋根の下で生活するなんて、何も起こらないはずもなく!」


 女子二人がガールズトークに華を咲かせる中で、話題の中心となるラグナは別の場所にいた。




「本当にごめん、今お前たちの相手をしてる暇はないんだって」


 刈り取った草を捨てる焼却炉の裏手にある少し開けた場所で、魔術師たちに囲まれていた。


「貴様がラグナか」


「殺さないでおくから夜とかにしてくれお願いだから!」


「問答無用」







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