38.イベント・オブ・プールサイド 宣戦布告


 ジェラシスは、そのまま黙って俺の隣に座る。


「……」


「……」


 ……えっ!? 何で隣に座るんだ?


 メガネを探し続けてどこかへ行ってしまったマリアナをあのまま放置してしまったことにすごく後悔した。


 非常に気まずい空気が流れる中、俺は横目でジェラシスを見る。


 無表情でジッとどこか遠くを見つめる姿は、心の奥深くに何かを抱えているようなそんな危険な雰囲気がした。


 しかし顔の造形はイケメンなので、そういう危険な雰囲気が、どこか放っておけない雰囲気が母性本能に突き刺さったのだろう。


 彼のルートでは、主人公をまるで母代わりの様に感じているセリフやシーンがあるので、もろにそれを狙って作られたキャラだ。


「すごい身体をしてるね」


 急に話しかけられた。


「え? あ、そっすね、ハハ」


 攻略対象キャラたちとは関わらないと決めていたので返答に困る。


 学園の男子とも一切話さないから、急に話しかけられてなんと答えればいいかわからずキョドってしまった。


 これが戦いの場面なら実力で対話する。


 敵兵が相手なら尋問で対話する。


 学生相手の喋り方なんてブレイブ家では教えられないし、かといって前世の学校生活でもあまり会話をした記憶がないので焦った。


 これぞ、ザ・モブみたいな感じ。


「どこでこんな傷を?」


「ブレイブ領ですから」


 当たり障りのない返事をしておく。


 歴戦の兵士の身体なんて敵から受けた傷だらけが常で、ブレイブ家は他の兵士よりも生き残る確率が高くなるので自然とこうなるんだ。


 もちろん敵兵以外にも魔物にやられた傷もたくさんある。


 怖がらせると不味いかなと隣のジェラシスのようにパーカーを着ようかとも思ったのだが、アリシアが傷を隠さないのだから婚約者である俺がコソコソするわけにもいかないのだ。


 この傷は誇りである。


 俺の生きてきた証なのだ。


「隣国とずっと戦争をしてる領地? 筋肉もすごい、強そう」


「そちらこそ」


 近くで見た水着姿のジェラシスの体つきは、未熟な学園の生徒たちと比べてかなり引き締まっていてモテ男って感じだった。


 イラスト化されるイケメン攻略対象キャラたちは、全員が幼いころから魔術以外にも剣術などを嗜んでおり、みんな相応にアスリート体型をしているのだがジェラシスはその中でも特に質が良い。


 服を着ているとわからないが、剣術が得意とされる宰相の息子キャラよりもガッチリとしているようだった。


「僕は家の教育の結果かな」


「お互い苦労しますね」


「……」


「……」


 そして再び流れる時間。


 き、気まずい! 気まずいよ、セバスー!


 こういう時どうしたらいいんだ!?


 どう話しかければ友達ができるものかと思ってはいたのだが、まさか話しかけられるなんて想定してなかった。


 マリアナ、アリシア、早く戻ってきてくれ。


 いやしかし、この場に戻ってきてもマリアナは近寄れないだろうし、アリシアもパトリシア派閥の奴らと会話もしたくないだろう。


 何とか会話を切り上げれないかな?


 どこか別の場所に行こうかな?


 でも最初に椅子に座っていたのは俺で譲るのもムカつくな?


 そう思っていると、再びジェラシスが口を開く。


「君、手を繋いだこと、ある?」


「は?」


 なんだ急に。


「抱きしめられたことは?」


「いや」


「誰かに愛されたことは?」


 急に質問攻めが始まった。


 ぐいっと俺に身体を剥けるジェラシスを前に「ああ、そう言えばこいつはこういう奴だったよな」と記憶の中にいるゲーム版ジェラシスを思い返す。


 主人公がジェラシスのフラグを進めると、今まで周りから一定の距離を取っていたジェラシスは、今までの態度が嘘だったかのように興味を持ち始め質問攻めを繰り出すのだ。


 これを『ジェラシスのなになに期』と呼ぶ。


 ひでぇネーミングセンスだが、会話の流れをぶっ飛ばしてのこの質問攻めは確かになになに期と言っても過言ではない。


 むしろ脈絡が無さ過ぎて恐怖と言っても良いレベル。


 そして決まってこう言うのだ。


 君、興味深いね――と。


「君、興味深いね」


 その言葉を聞いて、俺は絶望していた。


 ジェラシスがこの状況になってしまったということは、即ち俺で『なになに期』イベントが進んでしまっているからだった。


 どうして。


 入学してから一切絡みは無かったと言うのに、何故だ。


 なんかバグってるよ。


 それもこれも主人公ポジションに何故かいるパトリシアのせいだ。


 あいつのせいでバグってんだ。


 でもまあ、シナリオをバグらせた原因としては俺の存在もある。


 さすがにあのちんちくりんな貧乳だけのせいにしてしまうのも無理があるので、甘んじてこの原因を探るべきか。


 彼は、俺とアリシアに刺客を嗾けてきたイグナイト家の息子だから、絶対に裏がある、警戒しない方がおかしいよな?


「なあ、質問攻めが趣味なのか?」


「ごめん」


「……」


「……」


 は、話が進まねえ。


 どうやら質問の返し方を間違ってしまったらしい。


 寡黙不思議チャン風で闇の深いキャラクターデザインなのはわかるが、こうして対面すると何とも疲れる相手だった。


「も、もう戻ったら? お仲間さん待ってるよ……」


 帰れジェラシス。


 お前の居場所はここじゃない。


 逆ハーレムがお前の居場所だ。


「なんとなく気になったんだ、君のこと」


 辟易しながら戻るように言うと、ついにはバチバチに好感度をあげた時専用ボイスが出てきて気が狂いそうになる。


 ジェラシスの変化に主人公が「急にどうしたの?」と戸惑いの声をあげるのだが、その後にジェラシスが言うセリフだ。


 そしてそのあとジェラシスは、主人公の口元に自分の顔を寄せて、なんと興味本位でキスをしようとする激動ドキドキ展開。


 実際には、あまりの急展開に主人公が拒むことで未遂に終わり、その後「いきなり人にそういうことしちゃいけないんだよ」とジェラシスに恋というものを教えていく流れになる。


 のだが、男二人がプールサイドで顔を寄せ合ってる図を周りの人に見られてしまうのだけは不味かった。


 特にアリシアが見て何か勘違いされたとんでもないことになる。


 不名誉だ。


 ここは大人しくブレイブ式の拒絶パンチをそのイケてる顔面にお見舞いさせていただこう、公爵家とかもう知らんどうせ敵だ。


「ねえ、君はアリシアのどこが好きなの?」


 近付き過ぎていた顔と顔はすれ違い、耳元でつぶやくジェラシス。


「なんで君なの? いないはずなのに」


「は――?」


 言葉の意味を理解するよりも先に、ジェラシスの身体が魔力を帯び始めた、そこで気が付く。


 この魔力の持ち主に、最近会っていたことを。


「……最奥にいた奴か」


「だとしたらどうする? ここで暴れるの?」


 そういえばエカテリーナの水球を火球で蒸発させた時、ジェラシスは詠唱を行っていなかった。


 対して気にも留めていなかったのだが、学園では無詠唱を教えておらず仮に登場人物だったとしても扱うことはできない。


 この時点で色々と疑っておけばよかった。


 イベントっぽい空気を出されて、それでゲーム内のこいつはどういう奴だったかを思い返していて完全に乱された。


「……何が言いたい」


「宣戦布告だよ。君にアリシアは相応しくない」


「上等だ」


 魔性の笑顔で宣戦布告と微笑まれ、素直にこの場で殺そうかと思った。


 だが、逆ハーレムメンバーから声がかかる。


「ジェラシスくんも水が苦手だったよね? 一緒に練習しよぉ?」


「おいおいジェラシス、一人で何やってんだ? こっちこいよ!」


「今行くよ、泳ぐの嫌いだけど、パトリシアとなら頑張る」


 周りの注目が俺とジェラシスの方へ向く。


 アリシアの立場もあるから騒ぎは起こせない。


 学園では耐えるって約束したんだからな。


「そっか君、まだキスもしたことがないんだ?」


 それを見越していたのか、ジェラシスは小さな声でそう言いながらプールの中へと飛び込んでいった。


「ジェラシス、貴方はあの人と何を話していたんですか?」


「エカテリーナ嬢がまた絡んでたから」


「そうですか、助けてあげたんですか、良い心がけですね」


「偉いぞジェラシス。学園内での差別は良くないからな」


 キャッキャウフフ空間となる逆ハーレムども。


「…………マジで殺す、今すぐ殺す」


 自分でも驚くほど、とんでもなく低い声が出た。


 この宣戦布告はかなり露骨だった。


 何故、パトリシアにフラグを立てられているお前がアリシアのことを狙っているんだ。


 逆ハーレムの一員なのに、訳が分からない。


 入学してからそれとなくあいつらを観察してきたが、パトリシアはちゃんと逆ハーレムルートを辿っていたはずだ。


 ちくしょう、それよりも……だ。


『――まだキスもしたことがないんだ?』


『――まだキスもしたことがないんだ?』


『――まだキスもしたことがないんだ?』


 捨て台詞が頭の中をリフレインする、駆け抜けていく。


 もう殺意が抑えきれなかった。


 ロマンティックが止まらないどころじゃねえ、殺意が溢れ出して溢れ出して今にもこのプールの水を根こそぎ持ち上げてぶん回して、殺人アトラクションを作ってしまいそうなくらいである。


 良いだろう、良いだろう、上等だよ。


 上等だよ、上等だよ、上等だよ。


 裏でこそこそ嗅ぎまわられるのもそろそろ飽き飽きしてきてたんだ。


 こうして面と向かって宣戦布告されるくらいの方が、誰が敵かハッキリわかって都合がいい。


「もうなんだっていい、目の前にいるあいつらが全ての元凶なんだからオニクス連れてきてあいつらの家を燃やして――」


「――こらっ!」


 怒りにわなわな震えているとアリシアに後頭部を叩かれた。


 それでようやく我に返る。


「アリシア」


 振り返ると、天使がいた。


 競泳水着だとしてもはちきれんばかりの抜群のプロポーションは、俺の中のブレイブのケダモノが固く閉ざした牢獄を今にも破壊してしまいそうな勢いとなる。


 そんな感覚がした。がるるるっ。


「なに物騒なことを呟いてるのよ」


「いや、ちょっと殺したい奴がいて」


「クラスの人に何か言われたの? ダメよ我慢」


 くぅーん。


 でも馬鹿にされて黙ってられないんだい。


 ちくしょう。


 ジェラシスとの会話を聞いてなかったアリシアは、何を勘違いしたのか俺をジト目で睨みながら言う。


「ラグナ、貴方のクラスの男子生徒が何故か負傷してる人が多いって話をマリアナから聞いたけど……貴方、衝動で何か変なことはしてないでしょうね?」


 ギクッ。


 俺にみみっちい悪戯をしてきた野郎たちは、全て事故を装って二度とそんな悪戯をできなくしていた。


 指を折ったり腕を折ったり、まあ失うほどの怪我じゃないからバレなければいいだろと思っていたのだが……何故バレた?


 マリアナか?


 ちくしょう、チクるのは良くないと思う!


「ダメよ、派手に暴れると貴方の立場が悪くなるんだから。特に力を振りかざすなんてダメ。私なら何を言われようと我慢できるから」


「わんわん……」


 胸の辺りからブルンッと首輪を出されたので、大人しく言うことを聞いておく。


 今日はその首輪を甘んじてつけよう。


 でも絶対に許さんからな?


 逆ハーレムメンバーはあんなにたくさんいるんだから、一人くらい欠けても文句はないだろ。


「……不服そうな顔だけど、本当にわかった?」


「わん!」


「よろしい。あと無理して首輪をつけなくていいのよ……? あのほら、人目もあるし。これは貴方が突拍子もない行動を取った時のために使用人さんたちから預かった物だから」


 いや、今日は大人しくつけておく。


 じゃないと怒りが収まらない。


「ふええ、アリシア、私のメガネを知りませんか? せっかく新しくしたのにないんです! ないんです!」


「ええ、カチューシャみたいにかけてるじゃないの……」


「あっ、ありました! さすがアリシア! 命の恩人です!」


「大げさね……私が見てないと、なんでこう色々と……」


 ちなみに首輪は温かかった。



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