19.絶対不合格にしたい試験官
その日の内に特別クラス編入の試験があるということで、俺は部屋のことをアリシアに任せて呼び出された場所へと赴いた。
特別クラス敷地内に存在する修練用の建物。
現代の言葉で表現すれば体育館とでも言うべきか?
あ、普通に看板に体育館と書いてるから体育館で良いらしい。
魔術の修練以外にも身体を動かす剣術等の授業もここで行われるようで、屋内の隅には大量の木剣と打ち込み台が並んでいた。
「どう考えても座学試験じゃなさそうだな」
学園指定のジャージを着て来いとのことで、一年用の緑色のジャージに身を包んで体育館へと入る。
な、なんで異世界にジャージが!?
とは、もうならない。
ここは王都、そして乙女ゲーの大舞台であるエーテル学園。
あらゆるご都合主義や矛盾が行きかうクソみたいな場所だ。
エンドロールに名前すら流れない俺たちは、主人公一行の恋愛ドラマの引き立て役でただの舞台装置なのである。
でも、アリシアのジャージ姿は見てみたい。
ゲームの開発者グッジョブ。
制服姿もまだ見てないのだが、購買層の求める可愛いを意識した生足全開絶対領域スカートなので、すっごく楽しみなのである。
イケメンの制服姿には興味ないね、ぺっぺっ!
「お前がラグナ・ヴェル・ブレイブか?」
「はい、そうです」
「捨て地の貴族の癖に、特別クラスの教師を待たせるな」
「すいません、来たことがない場所だったので迷ってしまって」
体育館には、何とも高圧的な態度の教師が立っていた。
捨て地の貴族という言葉、もう聞き飽きたな。
王都ではそれが普通なので、もはや何も感じなくなっている。
「チッ、なんで私がこれの試験官なんかに……」
耳は割と良い方だが、そんなの関係ないとばかりに思いっきり聞こえる声で悪態を吐かれていた。
うーん、思った通りマイナススタート。
実力勝負に自信はあるが、根底に差別のある限りないマイナスからのスタートだった場合、誰がどう努力しても難しい。
そんな気がしていた。
でもまあ、どうせマイナスならばそのまま振り切ってしまえとも思っていたりする。
「聞こえてますよ。じゃあさっさと終わらせませんか?」
「チッ」
また舌打ちをしている。
早く終わらせたいならいちいち悪態を吐かずに始めたらいいのに。
「まずは魔術の基礎テストを行う」
バインダーを持った試験官の教師は、ペンで黒いモノリスのような対魔術用に作られた的を指示した。
「自身の最大出力をアレに撃て」
「魔術に指定はありますか?」
「チッ、口答えするな。指定はないからとにかくやれ」
とにかくやれと言われたので、やることにしよう。
「じゃ、いきます」
返事をしながら俺は無造作に正面の空間を殴りつけた。
ドッ!
その瞬間、鈍い衝撃が体育館を揺らし10メートルほど先に鎮座していた対魔術用の的は爆散して粉々になる。
さらに勢いは留まることなくその裏に伝わって、丈夫な石で作られたお洒落な体育館の壁に大きな風穴を開けた。
オニキスぶん殴った時以来だな、本気出すのは。
「どうですか先生、合格ですか?」
「……な、は? え?」
振り返ると、余波で服がボロボロのビリビリになってしまった試験官が呆然と立ち尽くしていた。
「足りないですか? さすがにあの的じゃ耐久性が足りなくて俺の最高出力を測れないですよね……」
「いや、もういい。もういい」
はー、笑える。
そしてスッキリした。
差別されることに慣れちゃいるが、ムカつくものはムカつく。
退学になりたくないから下手に出ているが、そのギリギリを突いていけば問題はないよな?
これはあくまで試験であり、やれと言われたのでやっただけです。
ちなみに何をやったかと言えば、目の前に小さな障壁を作って、それをぶん殴ってあの的に音速を超える速さでぶつけただけだ。
魔術は基本的に全てを学んでおり、戦術級の威力で使いこなすことができるのだが、俺が一番得意としているのは障壁なのでそうした。
あ、ブレイブ家に一子相伝の魔術なんてないぞ?
親父は身体強化の魔術が得意で、兄貴二人はそれぞれ回復と相手の魔術を打ち消すレジスト系の魔術が得意だった。
見事にバラバラ。
しかも割と誰でも使えるような無属性系統である。
「で、先生、合格ですか?」
「……試験内容はまだある」
余程合格させたくないのか、苦虫を噛み潰したような表情。
裏にいるんだろうな、例の公爵家が。
「では次に行きましょう。先生も早く終わらせたいでしょう?」
「つ、次は剣術のテストだ」
「魔術の大国で剣術ですか……」
「そうだ。脇にある打ち込み台を見たら理解できるだろう? いかに魔術に置いて優れていたとしても元となる体がしっかりしていないと意味がない。学園ではそうした身体を作るために取り入れている。賢者は魔術の神だが、同時に剣も扱えた」
俺が剣術を使えないと思ったのか、水を得た魚の様に元気になって語り出す試験官。
主人公って特別クラス入りしたけど、剣が得意なタイプじゃなかったけどなあ……?
絶対に合格させたくない意思が伝わってくる。
「私を倒すことができれば合格だ」
「えっ」
「どちらも十分にできることが貴族としての嗜み。片方にかまけて片方をおろそかにしている者に特別クラス入りを認めるわけにはいかない」
よほど自信があるのか、それとも侮られているのか。
木剣を構えた試験官はそう豪語する。
もうびっくりだった。
捨て地がなんで捨て地と呼ばれているのか、知らないのか?
魔物がたくさん出てきて、戦争も頻繁に起こる。
だから捨て地だぞ。
そこで育ったブレイブ家のことを知らないだなんて、新米教師もしくは噂だけを鵜呑みにする馬鹿でしかない。
「先生を倒せばいいんですね?」
「ふん、そうだ。魔術を使うことは禁止だ」
「わかりました」
と、手渡された木剣を構える。
「逆に私に倒された時点で不合格だ。特別クラス入りを希望するお前のためを思って、全力で行かせてもらう」
「あっはい。どこからでもどうぞ」
「この!」
手短に言葉を返すと、試験官は額に青筋を浮かべながら踏み込んだ。
上段から下段へ振り下ろし。
謎の自信の裏付けとして多少心得があったのか、試験官の踏み込みはそれなりに早いものだった。
しかし、動きが直線的過ぎて拙い。
真剣で殺し合いなんてしたことがない、そんな剣筋。
「はぁっ! ごべっ!?」
普通に躱してこめかみの辺りを打ち付けると、そのまま白目を剥いて昏倒してしまった。
「弱過ぎる」
ブルブル痙攣して失禁までし始めた試験官の木剣を取って圧し折ってみると中に鉄が仕込まれていた。
やっぱりな、そんなことだろうと思ったよ。
俺の木剣は打ち付けた時に折れているし、馬鹿正直に打ち合っていたら確実に不合格だった。
こういう手合いは、俺の剣が折れた後に言うんだ。
武器がないから戦えないので不合格だって。
まったく、隙あらば退学にしてくるというアリシアの予想は、かねがね正解である。
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