それぞれの願い

「あ〜ん」


「…………ぁ、ぁ、あの……」


「ほら、あ〜ん」


「ぁ、あ〜ん???」


 私の目の前に突き出されたスプーン。

 スプーンに乗っているのは、なんてことのない普通のチキンライスだった。

 先ほどレンジの音が聞こえてきていたので冷凍のものだろう。

 それを口の中に突っ込まれる。

 私にあーんをしてきた目の前の少女は特に何の感慨もなく、疲れ切った瞳でこちらを見つめていた。

 その気まずい視線に晒されながらも、私は口の中に入ってきたものを咀嚼する。

 私が口の中のものを飲み込んだのを確認した少女が次の一口を掬い、また突き出してくる。


「あ〜ん」


 あ……の…………なんですかこれ?

 女の子にあーんしてもらうなんて私にとっては理想的なシチュエーションなはずだったんだけど。

 今ここに漂っているのはなんとも言えない気まずい空気だけ。

 そこに、私の望んだような甘酸っぱい空気は微塵も存在していない。

 私の前にいる少女は何も喋らず、あいも変わらず胡乱な視線をよこすだけだ。

 そこには疲労と諦観しか感じられなかった。

 どうしてこうなった?どうしてこうなった!?



……



…………………



……………………………



 どうしてこうなったか、そもそもの始まりから思い返そう。

 吸魔の力を持つ私をめぐっておこった魔法少女同士の戦い。

 その戦いに勝利したのはアコナイトだった。

 彼女は卑怯な手段を使ったとはいえリリィたちを負かし私を手に入れた。

 戦いの後、アコナイトによって強引に連れ出された私は、彼女の出した光の鎖によって拘束された。

 抵抗を封じるためだろう。

 私としてはもう抵抗する気も起きないので好きにしてくれといった感じだったのだけど……


「じゃあ、明日」


「ええ……」


 私を連れてどこかに向かうかと思いきや、花園から離脱したアコナイトとクレスは特に話し合うこともなく別れた。

 もう何をすべきか、お互いにわかっているみたいだった。

 でも、クレスはアコナイトに聞きたいことが沢山あったはずだ。

 私への虐めのことだって、彼女は知らなかった。

 私とアコナイトの関係も、アコナイトが過去にしてきたことも彼女は知らない。

 それは、チームメイトとして正しくない形のように見えた。

 でも、彼女はアコナイトにただ頷いただけだった。

 そこからは確かな覚悟……いや諦観かもしれない、何か黒い覚悟が感じられた。

 もう、私がどうこうしても、彼女たちの決心を変えることはできないのかもしれない。

 そうして私と二人きりになったアコナイトは私を米俵のように肩に担ぐと、夕日で赤色に染まりつつある空を駆けた。

 あの、もっとマシな抱え方はなかったのだろうか?

 お姫様抱っことは言わないけど、もっとこう……あるじゃん運び方。

 お腹に肩がめり込んで痛いです。

 そんなロマンの欠片もない運び方で連れ出された私が辿り着いたのは、住宅街にあるビルのベランダだった。


「………………?」


 ベランダの窓を開け、私を抱えつつも部屋に入るアコナイト。

 ここが彼女の家なのだろうか?

 普通に窓の鍵が空いているのは無用心だと思うけど、結構高い階だったし大丈夫なのだろうか。

 家具の少ないシンプルな内装。

 その数少ない家具の一つのソファーに放り投げられる。


「着替えてくるから、適当にテレビでも見ていて」


 伸びをしながら、アコナイトが家の奥へと続く扉へと手を掛ける。

 私が止める間もなく、彼女は扉の奥へと消えてしまった。


「………………」


 うーん……

 少し、困惑する。

 無理やりにでも手に入れる、と言っていたから私の力を手に入れるために何か乱暴されるのかと思ったのだけど……

 テレビでも見ていてって……なんだか私の危惧していた状況とは違うみたいだ。

 それとも、あの扉の奥で彼女は私から力を奪う準備を進めているのだろうか?

 テレビ、と言っても私は縛られていてテレビのリモコン取れないんですけどね。

 どうやらそこまで考えが及ばなかったようだ。


「うーん、あれ?」


 縛られた身体で芋虫のようにのたのたと身動ぎをして部屋の中を見渡す。

 無機質な家具の中に混ざって私はあるものを見つけた。

 タンスの上に置かれた小さな水槽、その中で泳ぐ金魚の姿。

 水槽の中には綺麗な水草が生茂り、金魚はのびのびとヒレを揺らめかせている。

 何だか音がすると思ったら、水槽のろ過フィルターのモーターの音だったらしい。

 金魚……飼っているのか。

 何だか彼女のイメージとはあわないような気もするけど、彼女は金魚というよりかは煌びやかな熱帯魚なんかが似合う気がしてしまう。

 水槽は手入れが行き届いていて汚れひとつない。

 きっと大切にされているのだろう。

 アコナイトと自分の意外な共通点を見つけて、何だか複雑な気分だ。

 そういえばププちゃんはどうしよう。

 今日、私が帰らなければあの小さな友人に食事を与える人がいなくなってしまう。

 腹を空かせていないといいけど。

 ソファーに寝そべり、ぼけっと水槽を眺めていると、私の耳が何かまた別の音を拾った。

 断続的な低音。

 これは、レンジの音だろうか。

 しばらくするとその音は止んだ、そうして何かガラス製のものが奏でる音、足音、そういった生活音の後、扉がまた開いた。


「あら、テレビつけなかったの」


 そう言った少女は両手でお盆を持っていた。

 お盆の上には湯気を立てた二人分の料理と、コップに汲まれたお茶。


「ごめんなさいね、料理する気力がなくて、冷凍食品だけど」


 そう言って彼女は私の前に料理を置いた。



……………………………



…………………



……



 それで今に至る訳なんだけど……

 色々と突っ込みたい。

 なんで私たちは呑気に食事なんてしているのだろう。


「ぁ、あの……自分で食べれるので…………これ」


 解いてくれない?

 そういう願いをこめて体を揺する。

 私を縛る光の鎖が金属音を奏でた。


「嫌よ、どうせ逃げるでしょ」


 取り付く島もないな。

 私はもう逃げる気力はないんだけどな……まぁ、そう言っても信じられないゆえの拘束か。

 これまで頑なに彼女を避け続けてきたのが裏目に出てしまったのかもしれない。


「ああ、大丈夫よ。あなたの両親のところには私の精霊を向かわせたから」


 用意周到ですね。

 精霊が魔法少女の仕事で娘は帰れないと説明してしまえば、私の不在を疑問に思う人はいなくなってしまうだろう。

 逃げ道が塞がれてしまった、逃げる気はないっていうのに。

 でも、帰ってこない娘のために両親が晩ご飯を作って待つことも、ププちゃんが腹を空かせることもなくなったのは感謝しておこう。

 不服だけど彼女から差し出される食事を咀嚼し、腹を満たす。

 正直お腹は空いていない、お茶会でケーキをあんなに食べてしまったから。

 聞きたいことはまだあった。


「ぁ、と……藍澤さん、だよ……ね?」


「はい?」


 私の目の前に座る少女、それは私の記憶にある少女とあまりにかけ離れていた。

 私の知る藍澤恵梨香という少女はまさに完璧を体現したような少女だった。

 濡羽の黒髪に、整った顔立ち、凛とした雰囲気に纏うのは上品な振る舞い、ただそこに立っているだけなのにこちらも背を伸ばしてしまう様なカリスマ。

 でも、今私の前にいる少女は何か違う、藍澤恵梨香のなり損ない、そんな言葉が浮かぶ風態だった。

 綺麗な髪色は光沢を失い、気怠げに座る彼女の背筋は曲がっている。

 そして何より違和感を感じるのはその目だ。

 虹彩の薄い胡乱な瞳、その下に陰る影、大きなクマがその存在を主張していた。

 彼女を前にしているというのに、嫌悪感をそれほど感じないのは、それよりも先に心配が出てきてしまうからかもしれない。

 体調悪いの?


「あぁ、いつもは化粧もしているし、気も張っているから印象が違く見えるかもしれないわね」


 化粧、していたんだ。

 普通に校則違反なんだけど……でも彼女の超越した雰囲気のせいか、私を含め誰もそのことに気がついていなかったな。

 しかし、こんな擦れた印象の少女が化粧一つであんな完璧人間へと変身するのだから末恐ろしい。

 私へと食事を差し出す彼女をじっと見つめる。

 疲れ切った、顔だった。

 違う、かもな……私はそもそも藍澤さんの顔なんて見ていなかったのかもしれない。

 ただ彼女が怖くて、嫌で、俯いて彼女の足ばかり見ていた。

 私の思い描く藍澤恵梨香という少女は私の作り出した虚像でしかなかった。

 彼女がこんな風に疲弊する理由を私は知らないし、知ろうともしなかったのだ。

 顔を、上げる時かもしれない。


「ねぇ」


「なぁに?」


「藍澤さんは、どうして私を虐めたの?」


 そしてどうして今は私にあの時のように酷いことをしないの?

 今の私を虐めないのは私が魔法少女だから?それとも吸魔の力を持っているから?

 ねぇ、何がそんなに苦しくて、そんなに疲れた顔をしているの?

 私の問いに、藍澤さんが押し黙る。

 チキンライスを掬ったスプーンが、中途半端な位置で止まっていた。


「明日……」


 彼女の口が開く。


「明日、私たちは第13封印都市奪還作戦を決行する」


 随分、早急な話だった。

 親睦会を開いた次の日に、もう作戦を開始するとは。

 でも、私という鍵の所在を考えれば妥当な話かもしれなかった。

 今日、アコナイトたちは私を無理やり奪った。

 負けたとはいえ、アイリスやリリィは私が道具の様に扱われるのを黙って見ているだけとは思えない。

 彼女たちなら、私を取り戻そうとするだろう。

 そうなる前に、私という力が手元にあるうちに、作戦を決行する必要がある、そういうことだろう。


「…………私たちは明日、あなたの力を必要としている」


 私の力、吸魔の力を。

 ことりと、スプーンが机の上に置かれる。

 そうして彼女は私を見据えた。

 濁った瞳だった。


「私があなたを虐めた理由も、私があなたの吸魔の力を必要とする理由も、本質的には何も変わらない」


 濁った瞳、乾いた唇から答えが発せられる。

 なんとなく、そうじゃないかとは思ってはいた。

 その二つの理由が変わらないとなると、真実は自ずと浮かび上がってくる。

 でも、それが真実だとすると、彼女はどこで歪んでしまったのだろうか。


「ねぇ日向、例えば全ての魔法少女の願いを束ねて均一化するとしたら、そこに残る願いはなんだと思う?」


 今度は、彼女の方が私へと問いかけた。

 難しい、問いだ。

 全ての魔法少女の願いを束ねて均一化、それはつまり魔法少女たちの願いに共通するものは何か、という問いだろう。

 魔法少女一人一人、抱える願いは違う。

 私の様な自分勝手な願いから、他人の幸せを願った、清く正しい願いまで。

 魔法少女の数だけ願いがある。

 それらに共通するもの……か。


「私たちは深災から人々を救うため魔法少女になる。だから残る願いは平和を祈る心のはずだよ」


 深災の被害者を一人でも減らす、そのために私たちは戦っているのだから。

 そうでなければ、私たちの戦いは報われない。

 その答えを聞いた藍澤さんの目が細められる。

 まるで何か眩しいものを見たかのように。


「やっぱりあなたは優しい子ね。でも違うの。魔法少女たちの願いはそんな綺麗なものじゃないわ」


 私の願いは、否定された。

 だとすると何だというのだろう。

 魔法少女とは、何を望んで生まれるのか。


「それはね、優越よ日向。特別なものに選ばれた、人より上の存在だという優越感、人より秀でていたいという醜い欲望なのよ」


 あぁ、そうか。

 どこか、納得する話だった。

 未熟な少女たちが不相応な力を与えられて抱く願い。

 特別な存在になったという高揚。

 私を見下ろす、かつての彼女が脳裏によぎる。

 共魔の力とは、つまりそういうことなのか。

 だからあなたは…………あの日あんな風に微笑んでいたんだね。

 這いつくばる私を見て、あなたはそれを感じていたんだ。





―――――――――――――――――――――





「よし、こんなものか」


 そう言ってアイリスは銀の凶器を素振りした。

 先の戦いで粉々になったその大鎌は銀の鉄片からようやく鎌と呼べる様相まで修復を果たしていた。

 そこら中に転がった机と椅子、床にぶちまけられたお菓子の数々。

 めちゃくちゃになったお茶会の会場で私たちは思い思いに、その疲れを癒していた。

 動こうにも、カメリアの所在が分からなければ動きようがない。

 だから、ひとまず身体を休めることにしたのだ。


「大丈夫、シアちゃん」


 椅子に座って俯く私をリリィが覗き込む。

 大丈夫も何も、私はこのメンバーの中で唯一戦っていない。

 ただ突っ立っていただけだ。

 ダメージで言うなら彼女の方がよっぽどだろう。

 そんな風に思って、自重気味に笑う。

 

「戦えそう?」


 聞いて欲しくない問いだった。

 自分の手を見下ろす。

 戦えるか?そんなこと分からない、戦わなくてはダメだ、とは思う。

 どうして?正義はこちらにあるから。

 私の憧れは間違ってしまった、それは正されなければいけない。

 でも…………

 手に力を込める、想像するのは私の相棒、一緒に戦ってきた頼もしい武器。

 手のひらから水が溢れ出し武器を作り出す。

 魔法少女ミスティハイドランシアの武器、水の鞭。

 しかしそれは何とも不完全な姿をしていた。

 不定形なドロドロの形態に中途半端な長さ、射程が短くなったこの武器ではいつもの様に戦うことは難しいだろう。

 いっそのこと鞭ではなく短刀でも形作った方がいいかもしれない。

 明らかに、私の力は弱まっていた、それも致命的なぐらいに。


「やっぱり、最初の願いをうまく抱けねぇか」


 願いを抱けるはずがない。

 だって私はあの人をずっと追いかけて戦ってきた。

 今更、その憧れをなかったことになんか出来やしない。

 かと言って、以前の様に憧れることももはや不可能だ。

 私は憧れに失望してしまったのだから。


「…………願いを失ってしまった私はどう戦えばいい?」


 戦わなければいけないのは分かっていた。

 でも、力が湧いてこない。

 もし、私が才能のある魔法少女ならよかった、有り余る魔力があればもっとやりようがあっただろう。

 でも私に魔法少女の才能はなかった、今まで願いの強さだけでそれを補ってきていたのに……それを失ってしまった。

 今の私は無能もいいところだ。

 私の問いに、誰も答えてくれない。

 それもそうだ、願いを失った魔法少女の行末なんて、決まっている。

 引退、その言葉が私の肩にのしかかる。

 だがそれはカメリアを取り戻してからでいい。

 一連の戦いに決着をつけるまで、今は泥臭く足掻くしかないのかもしれない。


「師匠は……師匠は何を願って戦っているの?」


 妹の願いも、リリィの願いも知っている。

 だけどアイリスの願いは聞いたことがなかった。

 いつも飄々と戦う彼女は、仲間を大切にする彼女は何を願って戦っているのだろうか?

 彼女のように揺らがない願いとは?

 それを聞いて少しでも彼女の自信を分けて欲しかった。


「私ぃ?」


「そういえば聞いたことなかったかも」


「あ〜……☆」


 妹がなぜか目線を逸らしている。

 さてはあなた知っているわね。

 チームメイトとして聞くことがあったのだろう。


「さっさと終わらせたい。それだけだよ」


 それはなんとも大雑把な願いだった。

 でも、その願いは確かに彼女の乱暴な戦い方、一撃必殺の戦法に通じるものがある。

 あれらはなりふり構わずスピード重視で戦った結果の産物だったのか。

 でも、私が聞きたいのはそこじゃない。

 それは願いの核心じゃない。

 なぜ早く終わらせたいのか、それが彼女の願いの核心であるはずだ。


「なぜ?なぜ早く終わらせたいの?」


 私の問いにアイリスは頭をかいた。



「いやー、トイレ行きたくて」



「は?」


「え?」


「………………★」


 その場の空気が凍った。

 キャンディは無言でアイリスの足を踏みつけている。


「あの蛇野郎に勧誘された時、すげートイレ行きたくてさぁ。だからとっとぶっ倒してトイレ行きたかったわけよ」


 何抜かしてるのこの人。

 とんでもない脱力感が私を襲う。

 二の句が継げられないとはこのことか。

 これは笑えばいいのか?それとも怒った方がいい?

 どうしようもない沈黙が辺りを支配した。

 キャンディがアイリスの足を踏みつける音だけが虚しく響く。


「あ、あれ〜。今の私の鉄板ジョークなんだけど何でみんな笑わないの……」


 これは怒った方がいいのだろうな。

 私たち教え子三人は黙って師匠の足を仲良く踏みつけた。

 場を和ませたかったのだとしても、これは明らかに悪手だろ。

 今私は願いのことで真剣に悩んでいるというのに。


「アイリスさんは願いについて聞かれるといつもこうやって茶化すんだよね☆」


「師匠の人柄的に冗談に聞こえないから質が悪いね」


「痛っ!痛いって」


 やっぱりこの人は素直に憧れられないなぁ。

 私たちがそうやってアイリスを囲んで嬲っていると、どこからともなく笑い声が聞こえてきた。

 クスクスという上品な笑い声。


「相変わらず君は自由人だねアイリス」


 鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女がそこにいた。

 今回のお茶会の主催者、イノセントマリーゴールド。

 でもその装いはお茶会で見たものとは異なっていた。

 黒いケープを羽織り、目元は黒いレースの布で隠されている。

 なんというか、怪しさが3割増しになっていた。


「マリーゴールド、てめぇ何の用だ?」


「やだなぁ、今の私はマリーゴールドじゃなくて占いお姉さんだよ」


 喧嘩腰のアイリスに対してマリーゴールドはどこ吹く風だ。

 今回の騒動の大元であるお茶会を企画した星付きの魔法少女という時点で信用には値しない。

 少なくとも、彼女は私たちの戦いに介入しなかったのだ。

 こちらの味方とは考えづらい。


「まず、君たちクビね」


「あぁ?」


「大規模作戦、君たちは参加するつもりだったみたいだけど、今回の内輪揉めで君たちは参加者リストから外されてしまったよ」


 ほら、やっぱり彼女は味方じゃない。

 私たちにカメリアを取り戻すチャンスはそんなにない。

 最大のチャンスは作戦が決行する直前だったのに、私たちが作戦から外されてしまえばその決行日時すら私たちには知る術がない。


「そこで!」


 私たちの思考を無視してマリーゴールドが人差し指を突き出した。


「君たちの味方である占いお姉さんが作戦の日時を占ってあげよう」


 そう言って彼女は指を振る。

 いきなりの発言についていけない私たちをおいて。


「作戦は明日の正午ぴったりに決行されるでしょう」


 何のつもりだろう?

 私たちに作戦の邪魔をされたくないから参加者リストから外したんじゃないの?

 分からない。

 彼女の発言に一貫性がない。

 私たちはそのオレンジの魔法少女に疑惑の眼差しを向けた。


「あなた、誰の味方☆?」


「私は全ての魔法少女の味方さ、中立と言い換えてもいい」


 その言葉が信じられるとでも。

 中立なら、なぜ私たちの争いを止めようとしなかった。

 あの戦いが必要だったとでもいうのか?


「わかった。それで私たちはどうすればいい?」


「はぁ!?師匠?」


 ところが、アイリスはマリーゴールドの話に頷いた。

 彼女の言葉に信じるに足る要素など一つもないというのに。


「こいつは信用できなくても、こいつの予知は本物だ」


 アイリスが不服そうに唸る。

 予知……聞いたことのない力だった。

 本当にそんなことが可能なのだろうか。

 でも相手は星付きの魔法少女、私たちの想定外の能力を持っていてもおかしくはない、のか?


「お前が私たちにそれを告げたということは、何か意味があるんだろマリーゴールド。私たちに何をさせるつもりだ?」


 アイリスは腕を組み、マリーゴールドを睨みつける。

 そこには私たちの知らない星付き魔法少女同士の信頼のような何かを感じられた。

 アイリスは彼女の予知の力を、予知する者の思惑を信頼しているのかもしれない。


「君って考える前に手が出るタイプだけど、馬鹿じゃないよね」


「うるせぇよ」


 皮肉の応酬の後、マリーゴールドは小さく息をついた。

 ここからが本題だとでも言うように。


「そうだね、君たちにはカメリアを助けてもらいたいんだ」


 それが今回の作戦、ひいては魔法少女の未来の鍵だから、そう言って彼女は微笑んだ。

 その瞳は、黒いレースに隠され伺うことができなかった。





―――――――――――――――――――――





「ただいま〜」


 大きな声を上げ、玄関のドアを勢いよく開ける。

 いつもの通りの帰宅。

 魔法少女になって、深獣を倒して、人々を救った、その帰り。

 いつもと何も変わらない日常。

 靴を乱暴に脱ぎ捨て、居間の扉に手を掛ける。


「あれ?」


 ちょっとした違和感。

 いつもなら、両親からの返事があるのに。

 家は沈黙に包まれていた。

 二人ともまだ帰ってきていないのだろうか。

 居間の扉を開ける、すると予想に反してそこには両親の姿があった。


「ただいま」


 帰宅をつげる言葉を重ねる。

 聞こえていなかったはずはないと思うのだが、返事を催促する意味でももう一度告げた。

 私の言葉に、両親たちが私へ振り返る。

 異様な表情だった。

 恐れ?焦りのような表情が浮かんでいた。


「恵梨……香?」


 母親が掠れた声を出す。

 まるで私に帰ってきて欲しくなかったかのような表情。

 なんで、そんな顔をするの?


「ピュアアコナイト、君の帰りを待っていたユ」


 両親たちの後ろから、何かが顔を出す。

 頭に小さなツノをはやした仔馬、契約精霊だ。

 なんで、こんなところにいるのだろう?


「業務の後で申し訳ないユ。だけど、君にはもう一度深淵の鎮圧に向かって欲しいユ」


「え?……まぁ問題ないわよ。でも、どうしてここにいるの?」


 魔法少女業務の追加依頼、それ自体はさして問題がなかった。

 連続で深淵の鎮圧することは、なにも初めての経験でもないし。

 それより疑問なのはなんで私の家に来ているの?ということ。

 依頼だったらデバイスを通して連絡すれば済む話だ。

 いつもそうだったじゃないか。

 それになぜか両親と話していたみたいだし。

 契約精霊が私の両親に用があるとは思えないのだけど。


「君の両親に説明する必要があったユ」


「何を?」


 私の問いに両親の顔が強張る。

 本当に何の話?どうしてそんな顔をするの?


「君に鎮圧してもらう深淵には前任者がいたユ。でも彼女たちは行方不明。おまけに深淵が成長してるユ」


 え?

 それってかなりまずい話だ。

 つまり前任者は失敗したということだ。

 そして深淵に取り込まれた。

 このままだとその深淵は深域になってしまうかも……いや、すでになっているのか?

 何にせよ急を要する事態だ。

 でも、やはり分からない。

 それを私の両親に説明してどうするのだろう。


「前任者の魔法少女、その中には……」


「その中には?」


 そこまで聞いて、ふと嫌な予感がした。

 想像もしていなかった嫌な事態。

 そんな訳がないと、考えもしなかったもしも。


「君の妹である、フレアカレンデュラもいたからユ」


「…………ぁ」


 視界がぐにゃりと歪んだ。

 だめ。

 それは、だめ。

 そんなこと、あっていい訳がない。

 嫌……………………




「いやぁあああああああああああああっっ!!」




 自分の金切り声で、私は覚醒した。

 視界に飛び込むのは薄暗い自分の部屋。


「ゆ…………め……?」


 嫌な、夢を見た。

 思い出したくもない苦痛の記憶。

 魔法少女ピュアアコナイトが星付き魔法少女となる、その始まりの記憶。

 荒い息を吐いて寝返りをうつ。

 背中にあたる布団の感触に何か違和感を感じる、いつもより硬い。

 それに視界も変だ、いつもより天井が遠い。

 うなされてベットから落ちたのだろうか、そう思い身体を起こす。

 すると視界に、私のベットで寝る人物が目に入った。

 小さな少女。

 あどけない顔で寝ている少女には見覚えがあった。

 出雲日向、そうだ私は彼女に自分のベットを譲ったのだった。

 私の悲鳴が聞こえただろうに、彼女は起きる気配はない。

 それどころか、大口をあけていびきをかいている。

 よく、自身を虐めた女の横で寝れるものだ。

 いや、彼女はもう私を脅威と見なしていないのかもしれない。

 今日私の話を聞いて彼女は私への態度を軟化させた。

 きっと妹の話でも聞いて同情してくれたのだろう。

 甘い子、それに……とびきり優しい。

 あの子のことを思い出す。


「お姉ちゃん」


 その言葉に、私は身体を震わす。

 いるはずのない人間の言葉。

 聞こえてはいけないはずの言葉。


「この子と私を重ねるの、やめなよ」


 重ねてなんていない。

 私はあなたを虐めたりなんかしないもの。


「嘘つき」


 暗闇の中に顔が浮かび上がる。

 私と全く同じ顔。

 似ている、とよく言われた顔。

 中身も、顔と同じくらい似ていればよかったのに。


「双子なのに、同じだけ努力しているのに、お姉ちゃんより劣っている私を見て優越感を感じていたくせに」


「違う、あなたは劣ってなんていない」


 力なく否定する。

 あなたは私なんかよりずっと綺麗だった。


「この子は私の代わりだもんね」


 違う、そんな訳ない。

 あなたの代わりなんていない。

 あなたを助けるために、私は多くの魔法少女の願いを受け入れた。

 魔法少女たちの願いを束ね、深域を打ち破った。

 だけど、あなたは帰ってこなかった。

 あなたがいなくなってしまって……私は自分の願いが思い出せなくなってしまった。

 思い出そうとしても、数多の願いにまみれてそれが見えない。

 背負った願いの海で、私は溺れていた。

 掴み取れたのは、醜い優越感だけ。


「違うよ、最初からそれがお姉ちゃんの願いだったんでしょ」


 温度のない体が、私にしなだれかかる。


「どうしてお姉ちゃんみたいに出来ないのって、ママに叱られていた私を見て笑っていたじゃない」


 違う。

 黙って。

 私はそんなんじゃない。

 そう否定したいのに……言葉は出てこなかった。

 あの日から、私はずっとあの子の亡霊に苛まれてる。

 私に、安心して眠れる夜などなかった。





―――――――――――――――――――――





キンセンカ Calendula

キンセンカの花言葉は別れの悲しみ、寂しさ、悲嘆、失望。

明るく、華やかなその花弁とは裏腹にその花言葉は哀しい意味を持つものが多い。

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