魔法少女たちはお茶を嗜む

 花園、それは魔法少女のために開かれた魔法少女のためだけの施設。

 その花園の中の訓練場に私はいた。


「はぁ……」


 といっても今は休憩中だ。

 訓練場の隅で大の字に寝転がり、身体を伸ばす。

 視界の隅ではリリィとハイドランシアが模擬戦をしている。

 私はバテているというのに、二人とも元気だなぁ……

 いつもの連携訓練。

 最近は二人ともやる気満々で、深淵鎮圧後は大体三人で訓練所に行くことになる。

 まっすぐ家に帰れていた時期がもはや懐かしい。

 帰宅部エースの名が泣いているよ。

 まぁ、ハイドランシアは予定があったりしてたまに抜けるから、私も予定があるのなら断れるんだけど……

 ほら、私って引きこもりだし……基本暇なのよね。

 予定があると嘘をついて断るのも、なんか申し訳ないし……

 そんな訳で、今日も断れずに三人で訓練していたという訳だ。

 でも訓練してるとはいえ、中堅アタッカーの二人に新参サポーターの私がついていけるはずもなく、今はこうしてバテている。

 はぁ……

 ぼけっと天井を見上げていると、私の顔に影がかかる。


「ぁ、ひ、ひさし、ぶり……フヘ」


 私を見下ろす挙動不審な人物。

 至る所に包帯を巻き付けた、ゴシックドレスの魔法少女。


「ぁ!ひ、ひさしぶり。サイ、プラス」


 魔法少女ノイズィサイプラスだった。

 彼女の登場に私は身体を起こす。

 まさかこんな所で会えるとは思わなかった。

 彼女も訓練なんてするんだ、少し意外。

 以前合同任務で意気投合してから、彼女とは細々とではあるが親交を重ねていた。

 といっても私も彼女も口下手で陰キャなため、一行程度の短いメッセージを数回交わした程度の付き合いだけど……

 そんなものでも私の数少ない魔法少女の知り合いなのだ。


「ぁ、訓練?」


「う、うん。アカシアちゃんと来たんだけど……疲れちゃって」


 サイプラスは私の隣に腰を下ろした。

 どうやら彼女も先ほどまで訓練に精を出していたらしい。

 そういえば彼女の戦う姿はかなり強烈だったけど、訓練でもあのテンションなのだろうか?

 一応今、私の隣に座る彼女はしおらしく、あの日見た戦闘狂の片鱗は感じられないけど……

 彼女と一緒に黙って訓練に励む少女たちの姿を眺める。


「………………」


「………………みんな頑張る、ね……」


「そうだね………………」


 二人とも沈黙が気まずくなる質なので、ぽつぽつと言葉を交わしながら、身体を休めた。

 彼女の言う通り、確かにみんな頑張っている。

 私たちの他にも大勢の魔法少女が訓練場にはいた。

 みんなとても熱心だ。

 前に私が来た時は訓練している魔法少女はあまりいなかったはずなんだけど。

 何かあるのだろうか?


「近いうちに、大規模作戦、あるからね」


 え?

 大規模作戦?なにそれ?

 私のところにそんな話は来ていないけど、そんなものがあるんだ。

 ははぁ、それでみんな訓練しているのね。

 つまりあれだ、このやる気に溢れた空気は、テスト一週間前の学生の空気感みたいなものだ。


「あ……れ?カメリアさんのところには、話、来てないの?」


「ぇ、初耳」


 私が不思議そうな顔をしたからだろう。

 サイプラスが私に作戦のことを聞いてくる。

 私としてはそんな話聞いたことがないので初耳としか言いようがない。

 まぁ、声がかかっていたとしても大規模作戦なんて参加したくはないな。

 複数の魔法少女による大規模作戦、そんなもの絶対気まずいって。

 ただですら知らない人間と関わりたくないのに。

 そもそも……


「だ、大規模作戦って、何するの?」


「何って……」


 サイプラスが答えを逡巡する。

 うん?何か言いづらい作戦なのかな。

 そう思っていると、首にかけていたデバイスから電子音が奏でられる。

 何か連絡が来たようだ。

 なんだろう、と思ってデバイスに手をかざそうとして、あることに気づく。


「あれ?」


 横に座るサイプラスのデバイスからも、音が鳴っている。

 それだけじゃない、訓練場にいるほとんどの魔法少女のデバイスが鳴っていた。

 訓練をしていた魔法少女たちも、動きを止め、デバイスに手をかざしている。

 私も、この異常事態に慌ててデバイスを起動させる。

 それは音声通話ではなくメッセージだった。


『お茶会のお誘い』


 ティーポットが描かれた招待状が私の前に浮かび上がる。

 私以外の魔法少女にも、同じものが来ているみたいだった。

 なに?これ。


「なんか来たね〜、お茶会の誘い?」


 リリィとハイドランシアが訓練を中断し、私たちのところに駆け寄ってくる。

 お互いの目の前に浮く招待状を見比べる。

 ほんと、なにこれ?こんなもの始めて来た。


「高位の魔法少女は下位の魔法少女を召集することがある、お茶会と称してね。ティーポットに星の意匠がある、僕たちは星付き魔法少女の召集を受けているみたいだ」


「あ、アカシアちゃん……」


 サイプラスのチームメイト、パステルアカシアも私たちと合流した。

 というか、知ってるんだ。

 さすがベテラン魔法少女、事情が分かっている人がいるのは心強い。

 しかし、星付き魔法少女からの招集か……


「へ〜、ねぇ、お茶会ってことは沢山お菓子出るのかな??」


「リリィはお気楽ね」


 未知の事態にウキウキしているリリィ、一方ハイドランシアは若干この事態についていけないのか惚けた顔をしている。

 問題は私たちを招集したのは星付き魔法少女の中の誰か、ということだろう。

 先日あったあの真紅の暴君を思い出す。

 うーん……彼女じゃないといいんだけど。

 確かめるために、招待状の内容に目を通す。

 なになに、開催場所は花園の星雲の間、誰が招待したのかは……記載がないな。

 これでは招集主が分からない。

 あと、気になることに招待状下部に何か変な数字がある。

 その数字はチカチカと瞬きながら数を減らしていた。

 その横には参加の文字。


「おや、これは転移型の招待状だね。制限時間までに参加か不参加を表明した方がいい。無表明は参加扱いになってしまうよ」


 え、転移型の招待状?

 それってもしかして、参加表明するとこのカウントダウン後に会場まで転移するってこと?

 あと時間30秒ほどしかないんだけど。


「えぇ……私行かない……」


「なんでだい、一緒にいこうよサイプラス」


 うじうじとするサイプラスにアカシアが肩を組んで参加を促している。

 うーん、私も不参加かな。

 みんなで集まってお茶会など、陰キャには拷問に等しい。

 今日放課後カラオケ行くんだけど一緒にどう?と誘われてついて行く陰キャなどいるだろうか?いやいない(反語)

 それと同じで陰キャ魔法少女はお茶会など参加しないのだ。

 よし、不参加だな(予定調和)


「…………あれ?」


 ところで……これ不参加ってどうやってするの?

 参加の文字があるのは分かるんだけど……

 私が分からずオロオロしている間にも、カウントダウンは無慈悲に進んでいる。


「あ、の!これどうやって不参加を表明するの?」


 焦って、思わず大きな声が出てしまった。

 四人の魔法少女が何事かと私の方を見る。

 注目されたことで急に恥ずかしくなるが、四の五の言っている場合じゃない。

 このままでは強制参加になってしまう。


「どうするも何も、不参加の文字の上に指を置くだけよ」


「ぇ……そんな文字、無いんだけど……」


 みんなが私の招待状を覗き込む。

 そこには、参加の文字だけがあった。


「……おや?これはおかしいね」


「何かのバグかしら」


「いいじゃん、カメリアちゃんも参加しよーよ」


「……で、出る、の?」


 いや、私は参加したくないのだけど!?

 私以外の招待状を見る。

 確かに、参加の横に不参加の文字があった。

 それがなぜか私の招待状にはない。

 なにこれ、恐い。

 慄く私の肩に、優しく手が置かれる。


「一緒に、参加……しよ?」


 サイプラスだった。

 彼女のもう片方の手はアカシアによってガッチリと握られている。

 こいつ、チームメイトの誘いを断れなかったからって、私も巻き込もうとしているな。

 ああ…………でも陰キャ仲間がいるなら、一人ぼっちよりかはまだマシか。

 もはや私は仏のようなアルカイックスマイルを浮かべるしかなかった。

 なす術なし。

 カウントダウンが0になり、招待状が光り輝いた。

 そうして私は転移させられる、魔法少女たちのお茶会へと。

 


……………………………



…………………



……



 目を開けると、目の前の風景はすっかり変わっていた。

 まるでダンスホールのような広々とした空間。

 星雲の間という名に相応しく、天井には数々の明かりがまるで星のように灯っている。

 装飾の施された美しい柱が立ち並び、壁にはしなやかなベルベットの垂れ幕が下がっている。

 垂れ幕の隙間から見えるバルコニー、そこには夜空が広がっていた。

 夜空……?今は夜じゃない。

 作り物の夜空だろうか、凝った雰囲気作りだ。

 呼ばれた魔法少女たちを十分にもてなせるほどのティーセットと茶菓子がテーブルを賑やかに彩っている。

 そのテーブルに、座る魔法少女が一人。

 鮮やかなオレンジのコスチュームを纏った魔法少女。

 彼女は召集された魔法少女たちの姿を認めると立ち上がった。


「こんにちは、魔法少女の諸君。本日は招待に応じてくれて嬉しく思うよ。私はイノセントマリーゴールド、星付き魔法少女さ」


 お茶会の主、マリーゴールドはそう言って綺麗な仕草でお辞儀をした。

 ?……どこかで会ったことがあるような。

 テレビで見たのかな?

 きっとそうだろう、星付き魔法少女と会ったのなら忘れるわけがないし。

 でもそれにしては聞いたことのない魔法少女だ。

 あまりメディアには露出していないタイプなのかもしれない。

 とりあえず、お茶会の主催者がレッドアイリスでもピュアアコナイトでもないことに、私は胸を撫で下ろした。


「ここに呼ばれた理由は大体察しがついていると思う。そう、そうさ、今日は親睦会さ。肩を並べて戦う者同士仲良くしましょうって話。さぁ座って座って」


 ………………?

 いや、全然察しがついてないけど。

 肩を並べて戦う者同士って……もしかしてサイプラスの言っていた大規模作戦のことだろうか。

 だとしたら私は人違いだぞ。

 私にその作戦の話は来ていない。

 もしかして、そのせいで私の紹介状はバグっていたのかな。

 まったく迷惑な話だ。

 不満はあるけど、魔法少女たちは席につき始めている、私たちも席についた方がいいだろう。

 とりあえず……

 一番隅っこの席に座ろうか。

 私とサイプラスは少女たちが談笑を始める中、一番隅の一番目立たない席を陣取った。

 おまけにサイプラスに至っては隣に座らせたアカシアのマントを被って姿まで隠している。

 親睦会だというのに、二人揃って親睦する気ゼロである。


「君たちねぇ……」


 自分のマントを人避けに使われたアカシアは呆れ顔だ。


「その娘との付き合い長いんでしょ、そろそろ慣れなさいよ」


「カメリアちゃんこのタルト、ベリーたっぷりだよ」


 ハイドランシアとリリィは私たちの向かいの席に座った。

 リリィがパイを切り分けてみんなに回す。

 うん、確かにタルトにはベリーがたっぷりと乗っかって宝石のように輝いている。

 お茶請けに罪はない。

 招待されたんだから、お茶請けを食べていいだろう。

 なんの不手際か知らないけど、連れてこられたからには食べるだけ食べて帰るとしよう。

 私はフォークを手に取った。

 


……………………………



…………………



……



「けぷ……そろそろお腹いっぱいかも」


「右に同じく……」


 その後私たち陰キャ二人組はお茶請けを食って食って食いまくった。

 もう全種コンプリートしたんじゃないだろうか?

 今回のお茶会でこれだけマジ食いしているのは私たちぐらいのものだろう。

 各テーブルにはそれぞれ別のケーキが置かれていたらしく、新しい味には事欠かなかった。

 別にわざわざ他のテーブルまでケーキ取りに行ったわけじゃない。

 勝手にこのテーブルまで回ってきたのだ。

 魔法少女という人種は基本的に正義感あふれるお人好しだ。

 お茶請けの必要ない少女たちや、面倒見のいい少女たちが親切心でケーキを各テーブルに持って行く。

 そうしてケーキの交換会が行われ、私たちは動かずとも色々なケーキにありつけたという訳だ。

 もっとも私たちがそんなに食べるのはそれだけが理由ではない。

 喋りたくないのだ。

 他の魔法少女たちは初対面の相手であっても楽しそうに話しているが、私にはああいったことは無理だ。

 見知らぬ少女に話しかけられたって、どうすればいいか分からない。

 そんな時、口に何か入っていれば……話さなくてもいい口実になるよね。

 食事していれば相手も遠慮してくれるだろうし。

 そんなくだらない理由から私たち陰キャ二人組はチームメイト以外と殆ど話をせず無心でケーキを食べ続けていたのだった。

 でも、それももう限界だ。

 お腹いっぱい……

 ああ、今日の晩ご飯どうしよう、食べられるかな?

 晩ご飯を用意してくれるであろう両親のことを思い出して、若干申し訳なくなる。

 サイプラスの以外の三人はそれぞれ知り合いの魔法少女に呼ばれ、今は別の席で談笑している。

 食べられるものは食べたしそろそろ帰りたいけど、このお茶会はいつお開きになるんだろうか?

 帰ろうにも転移してここまで来たので出口の場所がいまいち分からない。

 席から立ち上がる。


「どうしたの?」


「いや、お手洗い」


 トイレに行くついでに、出口もそれとなく探っておこうかな。

 壁際を歩き、お手洗いを探す。

 壁に垂れ幕が下がっているから、出口が見えないんだよね。

 そうやって辺りを見渡していると、前方の垂れ幕がめくられ、魔法少女が出てきた。

 あ、あそこかな?

 彼女が去った後、垂れ幕をめくってみると、そこには廊下が続いていた。

 花園でよく見る壁の装飾、やっぱりここは花園の中らしい。

 その廊下を進んでみると、見慣れたピクトグラムがつけられた扉を発見。

 予想した通りお手洗いがあった。

 それにしても、女性のピクトグラムだけでお手洗いを表しているのはなんだか新鮮だな。

 ここは魔法少女のための施設なので、男性が入ってくることは100%ない。

 だから女子トイレしかないのは分かるけど。

 お手洗いの標識というと男女が並んだピクトグラムが一般的だから見慣れない。

 標識といえば、子供の頃は前世の感覚が抜けなくてよく間違って男子トイレに入ってしまっていたなぁ。

 さすがに今では間違うこともないけどね。


……………


 ふぅ。

 洗って濡れてしまった手を振って水滴を飛ばす。

 魔法少女姿だと、普段ポケットに入れているハンカチもなくなっちゃうから不便だな。

 ハンカチを取り出すためだけに変身を解くのも馬鹿らしいし。

 なんとかならないのかなこれ。

 そんなことを考えながら廊下をてくてく歩いていく。

 お茶会の会場へと戻るため、垂れ幕をめくる。


「ねぇ」


「?」


 めくると、そこには見覚えのない魔法少女が立っていた。

 黄緑色の衣装を纏った魔法少女。

 私に声をかけた訳じゃないよね。

 思わず後ろを振り向いてしまう。


「お前に声かけてんのよ、お前に」


「ぁぇ、私?」


 私?

 私に一体何の用だろうか。

 人違いではないのだろうか?私はあなたを知りませんが……

 と伝えたいのだが、やはり面識がない人はどうも緊張してしまう。

 私の口からは意味のない音が漏れ出ただけだった。


「ちょっといい、お話があるの」


 見知らぬ少女が私の私の腕を掴み、強く引っ張る。

 少女に引っ張られて私はヨタヨタと不確かな足取りで歩く。

 そんな私の背中を誰かが押してくる。

 振り返ると、後ろにも見知らぬ魔法少女がいた。


「っ!!」


 いつの間にか私は魔法少女四人に囲まれていた。

 まるで連行されるように、手を引かれ、連れて行かれる。

 それは、私に過去のトラウマを強く思い起こさせた。

 薄暗い空き教室、そこに連れ込まれる。

 そんなはずはないのに、私の脳はその光景を勝手にフラッシュバックさせる。

 足が突っ張り、引っ張る手に対して抵抗する。

 私の抵抗を感じたのか、手を引く力が強くなる。


「うっ……ぁ」


 私は殆ど引きずられるようにして、バルコニーまで連れてこられてしまった。

 バルコニーに置かれた机と椅子、その前まで引っ立てられる。

 机には、見覚えのある魔法少女が座っていた。


「ほら、座れ」


 引かれた椅子に、強制的に座らされる。

 向かいの席の魔法少女は、自分のデバイスを弄っていたが、私が座ると顔を上げた。


「連れてきましたよ。クレスさん」


 紫色のチャイニーズドレスを着た魔法少女が、私の目の前に座っていた。

 魔法少女バイオレットクレス、魔法少女ピュアアコナイトのチームメイト。

 私の身体が震えた。

 何でこんなところにいるの?

 頭の中が恐怖と疑問で一杯になる。

 招集された魔法少女の中に彼女はいなかったように見えたのに。

 だから安心していたのに。

 いつからここに?


「ねぇ、震えてるんだけど。乱暴に連れてきたでしょ、やめてよねそういうの」


 クレスは、不機嫌さを隠さない声音で、私を連れてきた魔法少女四人に文句を垂れる。

 震えているのは乱暴な連行のせいだけではないのだけど……


「この子、ちょっと手を引いただけなのに何故か反抗してきちゃってー」


「そんなに乱暴にはしていないんですけど……」


 四人のうち二人が連行に対してのへらへらと笑い、言い訳をする。

 それに対してクレスもにっこりと笑みを浮かべた。


「ねぇ……今のは素直にごめんなさいって謝れば済むところでしょう。なに保身しているの?私に余計な手間を取らせないでよね、低脳」


 殺意すら感じる低音の声音。

 場が静まり返る。

 にっこりと笑っているけど、彼女の纏う空気は怒りに震えていた。


「す、すみません、でした!」


「もういいよ、帰って」


 謝る四人組、それに対してクレスはそっけない。

 謝罪を受け取った瞬間、先ほどまで見せていた怒りを嘘みたいに引っ込めた。

 もはや彼女たちのことは眼中にないみたいだった。

 そんな彼女の笑顔が私の方を向く。

 これで私が震えたとしても何も責められないと思う。


「大丈夫よ、アコナイトはここには来ないから」


「…………え?」


 彼女の一言に私は固まる。

 今なんて言った?


「あなたがアコナイトを嫌っていることは知ってるわ。だからあいつはなし。あなたと二人で話がしたいの」


 アコナイトが、いない。

 その言葉は少なからず私を安堵させた。

 私は、何もバイオレットクレス本人が苦手なわけではない。

 彼女の隣にいる存在が嫌なだけなのだ。

 クレスがこちらに理解を示し、彼女なしで話をしたいというなら、私にそこまで拒否感はない。

 でも……何の話なのだろうか?

 彼女が、私に何か用があるとは思えないけど……

 私の沈黙を肯定と捉えたのか。彼女は話を続ける。


「アコナイトがあなたのことを気にかけているみたいだったから、どんな子か一度話をしてみたかったのよ」


「は、はぁ……」

 

 なる、ほど……

 好奇心というものだろうか。

 クレスの表情からは悪意を読み取ることはできなかった。

 彼女は、私と彼女の関係を知らないのかもしれない。

 知っていればこんなにズケズケとコミュニケーションを取りに来たりしないだろう。

 それだけ私と彼女の関係はまともなものじゃないのだから。

 虐めの主犯とその被害者、アコナイトの方もそんな関係、いくらチームメイトとはいえ明かしはしないか。


「ねぇ、あなたってアコナイトの何なの?」


「ぅ……うん。…………クラス、メイト?」


 まさか彼女に虐められていました、と馬鹿正直に話すことはできない。

 となるとクラスメイトとしか言いようがない。

 私と彼女の関係なんてそんなものだ。

 そう、ただのクラスメイトでしかないはずなのだ。

 だからこそ、私としては今更アコナイトが私に関心を持つ理由が分からなかった。

 私のことをずっと気にかけていたとでも?

 いや、それはない。

 私が引きこもって登校拒否をした時も、彼女は何も反応しなかった。

 謝罪も、心配の言葉も、何一つなかった。

 それが今になって謝りたい?

 訳が分からない。

 なぜ私を取り込もうとするのだろうか?

 彼女にとって私は何なのか、そんなの私が聞きたい。


「あ、クラスメイトだったんだ。ということは、あいつとの不和は学校で何かあったのね」


「う、うーん……」


 まぁ、そうなんだけど。

 何だか、どうにも話しづらいな。

 クレスがどの程度こちらの事情に精通しているのか分からない。

 それなのに彼女がズケズケと踏み込んでくるから、曖昧な返事しかできない。

 明確に私側かアコナイト側か線引きしてくれればもっとこちらも話しやすいんだけど……


「うんうん分かる。どうせ学校でも秀才って感じでしょ。あれで嫉妬を買うことも意外とあるのよ。あなたが嫌うのも無理ないよ」


「は、はぁ……」


 クレスはケラケラと笑っている。

 全然見当違いなんだけど……否定もしにくい。

 でも、今ので少し分かった気がする。

 バイオレットクレスはピュアアコナイトに心酔しているわけではない。

 学校の彼女の取り巻きとは違う。

 チームメイトである彼女を嫌う私に対してのこの態度、アコナイトの正義が手放しで素晴らしいものであるという妄信は感じられない。

 彼女を苦手に思う人間という存在を許容している?

 それならば、少しは話す余地があるかもしれない。


「ぁ、あ……の」


「ん、なぁに?」


 きっと彼女はチームメイトとして、あの星付き魔法少女と対等な関係……なのかもしれない。

 アコナイトの正義の信奉者でないのなら、私の言葉に理解を示してくれるかも。


「ぁ、彼女に、言って……くれませんか。あなたとはもう関わりたくないと」


 彼女を嫌うことに理解を示してくれるなら、アコナイトと私の間に立って仲介してはもらえないだろうか。

 身勝手な話なのだが、私に彼女と直接会う勇気はまだない。

 メッセンジャーとしてやんわりと拒絶の意思を伝えてもらえると助かるんだけど……


「え、何でそんな話になるの?」


 私の言葉に、クレスはキョトンと首をかしげる。

 うぅ、何でって言われると説明しづらい。

 嫌いだから関わりたくない、で納得してはもらえないものだろうか。


「いや、あなたがアコナイト嫌いなのは聞いたよ。うん、それは理解しているんだ。でも私としてはそこまで拒絶して欲しくはないなぁ」


 そうなるか……

 確かに、こちらの事情を知らなければ、そうなるのかもしれない。

 事情を知らなければ、お互い魔法少女になったのだし、仲良くしていこう、となるのだろう。

 でも、これはそんな美談で済ませられるレベルの話ではない。

 私は、虐められてたんだ、彼女に。


「ぃ、ぃ、嫌だ」


 震えたけど、私はきちんと拒絶の意を示した。

 こちらの事情を知ろうが知るまいが関係ない。

 私の道がピュアアコナイトと重なることはない。

 私の頑なな様子に目の前の少女はため息を吐いた。


「そう……随分嫌われたもんだね、あいつも」


 クレスは珍しいものを見るような目で私を見つめた後、首を振った。

 り、理解してくれたかな?

 できればこの様子をアコナイトに伝えてもらえると助かるんだけど。


「まぁ……いいか。カメリアはさぁ、今日何でお茶会が開かれたか理解してる?」


「ぁ、何で、って……親睦会、です……よね?」


 近々行われる大規模作戦、そのメンバーの親睦会って聞いたけど。

 私以外の魔法少女たちはその作戦の参加者みたいだった。

 参加者たちの疑問の声は出ていなかったし……それで合ってるよね?


「あはは、違う違う。そんなの建前よ」


 クレスはあっさりと私の答えを否定する。

 このお茶会は、親睦会ではないらしい。

 じゃあ、何?

 何のために召集されたっていうのだろう。

 その答えは、あまり聞きたいものじゃない。

 頭をよぎるのは、私だけ不参加の表記がなかった招待状。

 まさか……いや違うよね……?


「あなたよ。あなたを呼び出すためにわざわざこんなお茶会を開いたんだから」


 嫌な想像で終わって欲しかった答え。

 それがクレスの口から告げられる。

 私を、呼び出して……話をするだけのために、こんな大規模な催しを開いたとでも言うのだろうか。

 何で?


「あなたの契約精霊のガードが固くてね。こうでもしないと話すらできないのよ」


 パプラか。

 どうやら彼は私の知らないところでまた守ってくれていたらしい。

 それに関しては本当に感謝しかない。

 だけど、そのせいでこんな事態になったと考えると複雑な気分だ。

 アコナイト本人でないのだから、チームメイトの接触ぐらい許してもよかったのでは?

 しかし、お茶会に彼や他の精霊の姿がなかったのはこういうことか。

 いや、でも私一人と話がしたかったのなら、他の大勢の魔法少女はなんだ?

 なぜ彼女たちまで招く必要があった?


「お茶会は楽しめた?さっきあなたを連れてきたやつは最悪だったけど、基本みんな優しい人だから、楽しく過ごせたと思うんだよね」


 まぁ、確かに悪くはなかった。

 ケーキを持ってきてくれた魔法少女たちもみんな親切で、陰キャながら居心地はそんなに悪くなかった。

 でも、それがなんだっていうのだろう。



「このお茶会の参加者、全員死ぬって言ったらどうする?」



「……え?」


 え?う?はい?

 理解が、できない。

 全員死ぬ?

 なんで?

 お茶請けに毒でも入ってたの?

 いや、そんなはずない。

 そんなことする理由なんてない。

 でも、じゃあ何で?

 死ぬ理由なんてどこにもない。

 ない、はずだよね……?

 彼女の発言にうろたえていると、ため息を吐かれた。


「はぁ……察しが悪いなぁ、低脳は嫌いなんだけど。この先あなたがアコナイトと手を組まないと作戦は失敗するのよ。分かる?全滅するのよ私も含めて」


 目眩が、する。

 話が飛躍しすぎていて脳が理解を拒む。


「私も死にたくないし、あなただってみんなには死んで欲しくないでしょう?あなたのチームメイトだっているんだから。だからねぇ……私としてはあなたにアコナイトと仲直りして欲しいなぁって」


 ねぇ、理解できる?


 そう言って彼女は微笑んだ。

 その顔には悪意も、敵意も浮かんでなかった。

 でも私には、その微笑みが悪魔の笑みにしか見えなかった。

 




―――――――――――――――――――――





ミモザ Acacia

ミモザの花言葉は友情、優雅。

友人へのプレゼントや贈り物にぴったりの花。

黄色いその花は西洋では春の訪れを告げる幸せの花と言われている。

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