6月27日 水出しアイスコーヒーと木苺のケーキ、ビーフカツ定食

 朝に降り出した雨は午後には止み、陽射しの強い時間もあったが、灰色の雲はずっと空を埋め尽くしていた。


 今日は病院で再診である。

 風が強いのはいつものこと。熱と湿気を含んだ風がべたべたとまとわりついて、私の気力を奪っていく。ポニーテールの下のうなじが、気分だけでも涼やかに。

 病院はウェブ受付をしているが、待ち時間は読めない。前回と同様に近くのカフェで、しかし前回とは違う店で、心と体を落ち着かせながら待つことにする。

 向かったのは、かつて日本一にも輝いたことのあるバリスタがオーナーを務めるカフェ。東京でもなかなか出会えないほど美しいカフェラテを出してくれる店で、何度かうかがっている。だが、流石に今日はホットドリンクを飲む気持ちにはなれない。すると、臨時休業などになっていないか確認したフェイスブックページで、水出しアイスコーヒーを提供中だと知った。しかもどうやら、メニューには載せていない、いわゆる裏メニューらしい。これは飲むしかあるまい。

 注文から間もなく運ばれてきたアイスコーヒーは、脚付きのグラスに注がれて、きれいな琥珀色を湛えている。氷は無く、シロップもミルクも付いていない。何せこれをメニューに載せていないのは「ブラックで飲んでほしいから」という理由だそうで、佇まいからこだわりを感じる。

 一口飲んで、そのあまりに澄んだ味わいに心が洗われるようだった。一切の雑味無く、アイスコーヒーにありがちな酸味も無い。焙煎された珈琲豆の美味しいところ、その上澄みだけを掬いとったかのような。水出しコーヒーがそもそも、熱を入れず時間をかけて抽出することでクリアな味わいになるものだとはいえ、ここまでシンプルな美味しさを突き詰めたものは珍しい。後味にほんのりと爽やかな苦味が残るところも含め、大変に好みの味だった。これは確かに、氷で薄めるのも、ミルクやシロップを加えるのも勿体無い。

 このアイスコーヒーに併せて頼んだのが木苺のケーキである。これもまた美味しかった。しっとりふんわりとしたスポンジに挟まれた、下の層にはカスタードクリームが、上の層には生クリームが入り、トップには木苺のジュレを敷いた中に木苺の実が並んでいる。スポンジ、クリーム、木苺のそれぞれがほど良い甘さ。その素直な味わいが、水出しアイスコーヒーとも相性が良い。


 結構な待ち時間の後、再診を終えると夫が帰ってくる時間になった。待ち合わせて外で食べて帰ることにする。

 帰路は風がいっそう強まって、馬鹿じゃなかろうかと内心悪態をつきながら自転車を漕いだが、目当ての店は休み。以前もそうだった気がする。周辺は臨時休業が多過ぎる。

 夫と二人、蒸し暑さに耐えられなくなって、一度帰宅して車で再度出ることにした。冷房をフル稼働させながら色々と検討し、まだ私が行ったことのない老舗に行ってみることにする。


 その店の名は『ぼうげつ』。昔話のアニメに出てくるような山盛りのごはんで有名な店だが、本来はハンバーグやカツが看板商品の洋食屋である。店内はなかなか年季が入っていて、揚げ物の油の匂いに満ち、清潔感があるとは言いがたい。予想はしていたが、私以外の客は皆男性で、あまり提供が早くないせいもあるだろうがそこそこに席は埋まっている。やけに耳の長い黄色いタヌキがイメージキャラクターらしい。

 私はビーフカツ定食を、夫はハンバーグもスタミナ焼きのミックス定食を注文した。

 島根県松江市の名物の一つに「カツライス」というものがある。いわゆるカツカレーのカレー部分がデミグラスソースに置き換わったような、シンプルながら豪快な洋食である。何故それが松江で広まったのかは、どうもはっきりとしない。だがそのためか、『ぼうげつ』のビーフカツにもたっぷりのデミグラスソースがかかっている。その下には千切りのキャベツと、目玉焼き。

 牛肉はよく叩いてあるのか柔らかく、下味がしっかりとついている。決して小さくはない皿からはみ出てしまうほど、豪快な大きさの一枚肉。その衣はカツというよりは竜田揚げに近いような、ガリガリと厚めなタイプ。パン粉の食感はあまり無い。その衣が、濃厚なデミグラスソースを吸ってしっとりとしてくる。美味しい。昔ながらの下町洋食、という感じのする、全体に強い塩気。ごはんが進む。進むとはいえ、大きな茶碗に盛られたごはんは並盛りにしては多い。小盛りにすべきだった。少し味に疲れて来た頃、キャベツと目玉焼きに救われる。とろりと流れる黄身、裏面のこんがりした白身、その目玉焼きとデミグラスソースのハーモニー。ほとんどオマケみたいな扱いのたくあんと味噌汁も、今はありがたい。

 割と美味しいのだけれども、食べきるのにはなかなか苦労した。女性客が皆無なわけである。しかしおそらく、昼間はもっと殺伐とした戦場となっていることが想像に難くない雰囲気だったので、夜の時間に夫と来ることができたのは、良いタイミングだったのではないか。


 ううむ、先日の焼肉以上に満腹である。しばらく動けない。胃もたれしないよう祈る。

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