6月21日 クリームティー、大判焼き、焼肉

 一日中、雲が重そうにのしかかって来るような日。

 刈りたての芝生からじっとりとした青臭さが鼻を突く。


 そんな風なので、体調は良いとは言えないが、昨夜チケットを予約してしまったので。映画館へと出かけた。今日は近場の方へ、自転車を漕いで行く。

 昼過ぎの回なので外で何か食べようかと思ったのだが、しっかりランチを食べるほどの空腹ではなかった。だから以前から気になっていたカフェに立ち寄ってみることにした。

 外気はやはりベタベタとして、不快指数はかなり高い。自転車を漕いでいる間はまだ良い。信号や経路の確認で止まった瞬間から、自分でも引くほどの汗が吹き出る。昔からなので体質なのだろうが、こうなると文字通り滝のように汗が垂れていくので、全くどうしようもない。これがまた、しばらく止まらないのだ。その状態で店に入ったりするものだから、店員に心配されることもしばしばである。嫌な季節である。

 今回も残念ながら、そのようになった。

 真っ白な壁に真っ白な扉、その横は大きなガラス張りになっていて、中の可愛らしい調度品が覗けるようになっていた。タオルハンカチで一通り汗を拭いてから、金色のレバーハンドルを押し下げた。

 上品なマダムに窓際の席に通してもらい、「今日暑いですから」と気遣われつつ、メニューの説明を受けた。色々と気になるものはあったが当初の目当てであるクリームティーを注文する。だが紅茶はアイスにさせてもらった。邪道のような気もするがお許しいただきたい。

 待つことしばし、先にアイスのアールグレイが運ばれてきた。氷いっぱいのグラスに紅茶を注ぐ、急冷式。冷たくともベルガモットの香りが華やかかつ爽やかで、火照った体がふっと鎮まる気がした。

 程なくしてスコーンのプレートもやってきた。本日のスコーンは、プレーンとブラックカカオ。クロテッドクリームと共に添えられているコンフィチュールは、愛媛県産グレープフルーツと、自家栽培のマルベリーの二種。ふっくらと膨らんだスコーンの腹にナイフを入れると、ほろりと崩れてしまう。まずはスタンダードなプレーンを。リベイクされて温かいスコーンは驚くほどしっとりとして、しかし噛むほどに口の水分を奪っていくタイプ。これにはやはり、紅茶が無くてはならない。これぞクリームティー。

 グレープフルーツのコンフィチュールが、初夏らしい味わいでとても美味しい。酸味は消えて苦味が立ち、しかし後を引かずさっぱりとした後味。マルベリーもほどよい甘酸っぱさで食べやすい。こちらはしっかりとほろ苦いブラックココアのスコーンに特に合う。

 腹具合も落ち着き、汗も収まったところで、アールグレイを飲みながら店内を見回してみる。白を基調としたテーブルや椅子は歴史を感じる造りで様々な表情を見せる。このカフェはフランスやイギリスで買い付けたアンティーク家具やブロカント(アンティークよりも質は落ちる、愛らしい中古品)の販売もしているので、古めかしい棚やその中のティーカップ、壁にかかったフレームなどは売り物なのだろう。もう少しじっくりと見たい気持ちもあるが、あとの予定があるのでさっくりと店を出た。またの機会に。


 本日観た映画は『怪物』。監督を是枝裕和、脚本を坂元裕二、音楽を坂本龍一が担当した、ある意味ドリームプロジェクトのような作品である。

 やはり坂元裕二は、上手い。穴が無いわけではないが、描き方がとても上手い。是枝監督の撮り方も生々しく、脚本との相性も大変良かったと思う。坂本龍一のアンビエント音楽もすうっと心に沁みる。

 シングルマザーの母親と、その息子と、その担任と。それぞれの目線で描かれる物語は『藪の中』を連想させ、題材と絡めるなら湊かなえの『告白』を思い浮かべもする。そこへあの独特の台詞感が、見る者へじわじわと違和感を押し広げていく。

 田舎(撮影地は諏訪)の小学校の景色は痛いほど懐かしい。多くの子供にとって家と学校だけが世界で、社会だった。あの時の空気感。それを否応なく思い出させる。

 役者が本当に全員素晴らしくて、それにも感動を覚えた。特に子役の二人は、自然かつ印象的な瞬間が多く、二人きりのシーンがあまりに美しくて胸を打つ。

 パンフレットを買ったので、後ほどじっくり読もうと思う。

 なんだかホルンのような音がすると思ったら、そういう音だったのかと、それがわかるシーンが苦しくて、優しくて、好きだ。


 非常に満足感の高い映画鑑賞のあと、映画館近くで大判焼きを買った。

 大判焼き、皆さんは何と呼ぶだろうか。私は広島出身なので“二重焼き”と呼ぶ。関東は“今川焼き”だったか。最新の呼び名として“ベイクドモチョチョ”というのが開発されたが、語感がそれらしく可愛らしいのでもうこれに統一しても良い気がする。争いの種になるので。山陰はどう呼ぶのが一般的かわからないが、店のメニューが“大判焼き”だったので、それに倣う。

 大判焼きを購入した『きむら新月堂』は、松江内で七十六年営業していたなかなかの老舗だったが、店主夫婦が高齢になり、体力の限界とのことで二年前に惜しまれつつ閉店。しかしつい先月、店主の娘が引き継いでオープンしたのが、今回私が訪問した新店舗ということである。

 そんないきさつがローカルニュースに載っていたもので、一度食べてみようと思った次第。

 帰宅後、「あんこ」と「クリーム」を夫と分け合ってみた。

 まず驚いたのはその不格好さである。びっくりするほど歪で、生地がはみ出まくっている。まぁそれはサービス精神だとして、味が良ければいいのだ。

 齧ってみると、ややパサつきがあり、ふわっとした食感ではあるがカステラに近い味わい。粒餡は甘さ控えめで、丁寧に作られているのを感じるが、個人的にはもう少しとろみがあり、甘めで、粒が潰されている餡の方が生地には合うのではないかと感じた。

 クリームは、なかなか美味しい。卵の風味が強めのカスタードで、なかなかの粘度。好みは分かれるかもしれないが大判焼きとしての一体感は「あんこ」よりも高い。私はこちらの方が好きだった。


 さて、そうこうしている内に夜が迫っていたので、外で夕飯を食べてしまおう、ということになった。

 それでなんとなく今まで行ったことのなかった焼肉屋に行って、しこたま肉を食べた。店の外観や雰囲気からあまり期待していなかったのだが、それを良い意味で裏切ってくれる、安くてうまい店だった。平日限定とはいえ290円のハラミは驚くほど柔らかく、臭みもなく、大変美味しかった。


 その後、汗を流しに日帰り温泉に立ち寄った。なんだかもう汗をかきすぎて、そういう気分だったのである。温泉だけはめちゃくちゃあるのが島根である。本当に、温泉だけは。

 さっぱりとした体で木次コーヒー牛乳をぐいっと飲み、帰宅。


 なんだか週末のような過ごし方をしてしまったが、まだ水曜日である。明日以後大丈夫だろうか、色々と。

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