5月16日 トロペジェンヌもどき

 こんな夢を見た。

 白百合と紅薔薇が溶け合ったような香りのする部屋。大きな寝台と、中国の後宮のように着飾った女たち。彼女らが春を売る女だと、私は知っていた。その中に紛れる形で、私を匿ってもらっているのだった。

 彼女らを通り過ぎていった男に対するあけすけな話を、無粋な知らせが遮った。追っ手が来たのだ。

 女主人が聞き慣れない言葉で私の無事を祈ってくれた。ここは任せな、と女たちの袖と裾が翻る。心苦しいが、私は礼を言って裏口から走り出た。

 何故、追われているのか。それを考える暇もなく走った。嵩張る衣を何枚か脱ぎ捨てて、細く暗い通路を行く。

 やっとの思いで通路を抜けた。しかし外も同じように暗い。暗雲の立ち込める空の下、一人の男が仁王立ちしている。私に追っ手を差し向けている、正にその相手だった。

 冬将軍、を体現したような男だった。濃紺を基調とした軍服を纏い、四角い頭に霜が降りたような白銀の髪と髭。深い眼窩の奥、冷たい灰青の瞳が私をじっと睨んでいた。

 私は祈る。もはや私に逃げ場は無く、戦う術もまた無い。祈る。女主人がしてくれたように。祈る。胸元に下がる石をぎゅっと握りしめながら。

 胸元の石?

 それは全く無意識で、しかし祈りは届いたのだった。轟音と閃光が空から落ちてくる。それは龍の姿になって、冬将軍と対峙する。長い胴をくねらせて、黄金の鱗が眩い巨大な龍。それが大きく口を開け、そして───


 私は目を覚ました。

 なんだかやたら壮大な夢だったのと、珍しく覚えているところが多かったので書き残しておく。何かのネタにするには謎が多過ぎるのだが。


 新しい珈琲を買ったので、それにあわせて何か茶菓子をと思い棚を探っていたら、冷凍のトロペジェンヌを買っていたのを思い出した。

 お風呂も入ってしまった後、まったりとコーヒータイムをする。

 とはいえ、届いたときからなんとなく嫌な予感はしていたのだ。このトロペジェンヌ、思いの外大きい。そして、ワッフルシュガーが乗っていない。見た目がほぼマリトッツォなのである。

 そもそもトロペジェンヌとは何かと言えば、南仏サントロペの菓子である。その名付け親はかのブリジット・バルドーで、「サントロペのお嬢さん」という意味。半分にしたブリオッシュ生地にクリームを挟む、という点はマリトッツォと同じなのだが、生クリームよりはカスタードクリームやバタークリームが挟まっていることが強い。また、一番の特徴はワッフルシュガー(あられ糖)がてっぺんに飾られていることである。このカリカリとした食感とふわふわのブリオッシュ、そしてまったりとしたクリームという三層を楽しむもので、ころりと可愛らしいサイズか、もしくは大きなホールのトロペジェンヌをケーキのようにカットしたものか、というイメージだったのだが。

 解凍して皿に乗せた自称トロペジェンヌは、野球ボールくらいの大きさがある。ブリオッシュ生地はしっとりしているし、サンドされたイチゴクリームも、パッションフルーツクリームも美味しい。が、生クリームベースなのでこれはもうクリームが控えめなマリトッツォなのでは?と思ってしまった。

 珈琲には合うし、茶菓子としての役割は果たしてくれたのだが、どうにもモヤっとするトロペジェンヌもどきであった。


 と、実はこれは昨夜のことなのだが、今日は夕飯もミールキットで取り立てて特筆することもないので省略させていただく。

 明日は出かけることにしたので、今日こそは早く寝よう。今日こそは。

 

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