第94話 青空ナーサリー

「ごめん」


「いえ、俺は別にいいんですけど……」


 女神様が人間である俺に、心の底からの謝罪をする。


「ごめんね、ほんと」


「うわ~、ちっちゃいです」


 ああ、小さい。

 ついでに言うと、妖精と戯れている姿を見ると、本当に女児にしか見えない。


「たぶん、その体を利用して、いつも以上に暴走するだろうけど、中身はいつものアリシアだから騙されないで」


 女神様は、そう言って消えてしまった。

 逃げたのではない。一刻も早く事態を収拾する方法探しに行ったのだろう。

 この、幼児になったアリシアを元に戻す方法を。


「アキトさま、アキトさま。わたしがおおきくなったら、およめさんにしてください」


「それ、元のサイズに戻ったら結婚しようとしてるよね?」


 おい、顔を逸らすな。

 今のアリシアにそんな態度をとられると、微笑ましくて許してしまうだろうが。


 本当にどうしよう。

 力が戻ってきた女神様が、聖女に加護を与えたら、こうなってしまったらしいのだけど……

 ある意味では、今の姿の方が肉体と精神の年齢が釣り合っている気もする。


「やっぱり、女神様が本調子じゃないせいなのかな」


「じゃろうなあ。半端な魔力を行使しようとして、暴発や失敗するなど、よくあることじゃ」


「そうだ! わたしいいこと思いつきました」


 さすがに、今の姿は不便なためか、アリシアも積極的に元に戻る案を考えているようだ。

 俺たちは、アリシアの案とやらを聞いてみる。


「このすがたなら、アキトさまといっしょにおんせんに入ってももんだいないと思います! さあ、いっしょにおんせんに入りましょう!」


 全然、真面目に考えてなかった。

 自分のことなのに……


「問題ないけど、今じゃないでしょ」


「言いましたね!? ぜったい、いっしょにおんせんに入ってもらいますからね!?」


「ええ……なんでそんなに温泉に入りたがってるのさ」


 そんなに好きだったっけと考えていたら、話が進まないと思ったのか、シルビアが首根っこをつかんだ。

 すると、アリシアは宙に浮きながら手足をじたばたさせる。


「たかいたかいするなら、アキトさまがしてください!」


 俺より年上の女性がされて、うれしいことか? それって。


「みんなはなんとかする方法知らないんだよね?」


「妾はわからん。というか、もうこのままでいいんじゃないか?」


「ルピナスもわからないです」


 ソラも無理そうだ。

 しょうがない、他の人の知恵を借りるか。


    ◇


「ルチアさん、こんにちは~」


 エルフの知恵でなんとかしてもらおうと、俺はルチアさんを訪ねた。

 中から慌てたような音が聞こえると、しばらくしてから扉が開いた。


「は、はい。なんでしょうかアキトさん」


「ごめん、忙しかった? 出直そうか?」


「い、いえ……ちょっと、宝物を眺めて……いえ、なんでもないです」


 エルフの宝。なんかすごい魔導具とかだろうか。

 ともかく、話はできそうなのでよかった。


「あれ……そちらの子は」


 ルチアさんの目線が下がり、俺と手をつないでいたアリシアに気がついたようだ。


「アキトおとうさまと、アリシアおかあさまの、むすめのアリアです。よろしくおねがいします」


 待てこら。

 名前まで用意してたのかお前。


「そ、そうでしたか。たしかにお母さんにそっくりですね」


「いや、違うから待って」


「すみません。子供ができていたなんて知らずに、そのお祝いもできず……」


 ルチアさんは冷静なように見えて、大いに混乱している。

 俺がここにきて何年も経っていないのに、こんな大きな子できるはずがないだろうが。


「あうっ……いひゃいです!」


 ほっぺたをつねると、思ったより伸びる。

 やわらかいしなんだか心地よい感触だ。

 だが、そんなことで許してはいけない。

 俺は、アリシアの頬が赤くなるまで引っ張り続けた。


「あ、あのアキトさん。アキトさんの家庭の教育に口出ししてはいけないとわかっていますが、さすがにこんな小さな子にそこまでするのは……」


「大丈夫。これ、アリシアだから」


「そうでしたか……えっ!?」


 落ち着きを取り戻したルチアさんに、ようやく事情を説明できた。

 だが、残念なことにルチアさんも対処方法に心当たりがないようだ。


「すみません。お役に立てず……」


「いや、こっちこそ急に変なこと聞いてごめんね」


「アキトさま。やはり、いちどいっしょにおんせんに入って、かんがえてみませんか?」


「他の人たちにも聞いてみることにするよ。それじゃあ、また」


 アリシアの手を引いてエルフの村を後にする。

 温泉? 行くかそんなところ。


「なんだか、本当に親子みたいですね」


 ルチアさんの不吉な言葉を背に受けつつも、次の場所を目指すことにする。


    ◇


「ごめんなさい。私にはなにもわからないわ……」


「そうですか。お邪魔しました」


 オーガたちもわからない。

 まあ、彼女たちは魔力とか魔法というより、肉体の強さに特化している種族だからしかたない。


「……えっ、なんですかそれ。年齢操作ができるなんて、アリシアさんって人間じゃなくて、魔族だったんですか?」


「俺にもよくわからないけど、多分まだぎりぎり人間だと思う」


「あ、あの……子供がほしいのなら、私と卵を温めませんか……」


「えっと……今はアリシアをなんとかしなきゃいけないから、ありがたい申し出だけど遠慮しておくね」


「は、はい! 気が変わったら、いつでも言ってください!」


 ハーピーも対処法を知らないようだ。

 ヴィエラに、一緒に卵を孵化させないか誘われたが、今は遠慮しておく。

 でも、面白そうだから、今度体験させてもらおうかな。


「パパ~」


「わたしのおとうさまです!」


「違う」


「ああ、すみません。すみません。娘が失礼しました」


 アラクネたちも


「栄養を与えてみるのはいかがでしょう? ここの土はたくさん栄養が補給できますよ。一日くらい埋まっていきますか?」


「生き埋めだね、それ」


 アルラウネも


「う~ん。脱皮できれば早く成長できるんですけどね」


「皮をはいでみますか……?」


「いくら回復できるといっても、痛いだろうからやめようね」


 ラミアも、誰も対処法はわからないようだった。


「まいったなあ……誰か一人くらいは、解決策を知っているかと思ったんだけど」


 さすがに歩き回って疲れたので、一休みすることにした。

 しかし、今後のあてがあるわけでもなく、途方に暮れてしまう。


「主様」


「ん? どうしたのシルビア」


 打つ手がなく困っている俺に、シルビアが声をかけてきた。


「神狼様が言っておるのじゃが、リティアとエセルが森に入ってきたらしい」


 二人で? なんでまた。

 ……いや、待てよ。

 女神様は、聖女に加護を与えようとして、失敗したって言ってたよな。

 もしかして、リティアも幼児化の被害にあっているんじゃないだろうか……


「一度二人と合流しよう」


 もしかしたら、なにか解決策を教えてもらえるかもしれない。

 そんな、打算もこめながら、俺たちは二人を迎えに行った。

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