2話 再会
「えっ? もしかして……学お兄さん?」
駐車場の脇に、ぼんやりと立っていた男は、たしかに学を『学お兄さん』と呼んだ。
(懐かしい呼び方だが……)
その呼び方をしていたのは、たった一人だ。
「もしかして、乾物屋の裕太くん?」
当たっていたようだ。心底驚いた顔をして「なんで、桜町にいるんですか?」と聞いてくる。
「修行が一段落したから、店を継ごうと思ったんだけど……ここ、うちで間違いないよな?」
「
「いつから?」
「去年の二月くらいかな。急に取り壊すって言って。あっという間に駐車場になっちゃいましたけど」
「去年?」
信じられなくて、そのままオウム返しに聞き返すと、裕太は「はい」とこくん、と頷いた。小さい頃の記憶に重なる。
裕太は、頻繁に工房に出入りしていた。店舗の奥に小さな作業スペースがあって、そこを、『工房』と呼んでいたが、窓の所から、裕太がじっと眺めているのを、よく見ていた。
おとなしくて引っ込み思案なタイプの裕太だったが、ほとんど毎日、工房の見学をしていたのは記憶にある。
「信じられない……。普通、息子に、何も言わずに……」
大体、まだ、荷物は置いてあったはずだ。学生時代に使っていた思い出の品物などもあるはずで……そういうものも、一切合切捨てられてしまったのだろうか。スマホを取りだして確認してみるが、LINEのアプリは入れていなかったし、着信はない。メールも来ていなかった。
「あの、学お兄さん……もしかして、今から、行く場所とかもない感じですか?」
おずおずと聞いてきた裕太の言葉を聞いて、学は、ハッとした。たしかに、そうだ。無一文ではないが、とりあえず、住む場所はない。
(ヤバ……日本に帰ったところで定職もないのに、家を貸して貰えるはずもない……)
学の現実の大問題としては、消えた両親よりも、今日からの生活に一気にシフトした。今日から、どうする。何をやって生きていく。
「うん。とりあえず、行くところはないけど、不動産屋には行ってみるよ。それまで、喫茶店で時間でも潰……」
「……もう、ないですよ。喫茶店」
言われて、学は口をつぐんだ。
「たしかに、そうだね……」
街の、商店街の入り口にあった、喫茶店は、潰れていた。もともと、営業しているのか怪しいような店だったが、本当に、潰れるとは思わなかった。
「よかったら、うちに来ませんか? ……ごみごみしてますけど」
すこしためらったが、今から不動産屋の開店まで、数時間をぼんやり立って過ごすのも、しんどい。
「じゃあ……でも、迷惑じゃないかな」
「大丈夫ですよ」
裕太が、柔らかく微笑む。大分、大人びた笑みだった。それは、学の記憶にはないものだ。
「じゃあ、お願いします……」
『乾物屋 山本屋』は、その名の通り、乾物を扱う店だったが、どうも、学の記憶の中の店とはかけ離れている。
元々、
『この一粒で百歳までボケずに健康』という派手なポップが付いた、あやしげな錠剤、『健康に毎日三杯』と書かれた青汁、『最近夜に自信がない方に』というなんとも、切ない文言の付いた、小瓶入りの謎のドリンク。
全体的に近寄りがたい雰囲気を漂わせている。
「なんか、大分、変わったね……」
「そうなんですよね。うちの父親が、少しでも、何か売れそうなものを仕入れてくるもんだから……」
裕太は、迷惑そうな声で言う。あやしげな商品には目もくれなかった。
「うちの父親は、何としてでも、この店を潰したくない一心で、なんだか、いろんな方向に空回りしているんです。良い方向に進んでいるとは、とても思えないのですけど」
たしかに、この雑多な店内を見やればそうかも知れないが、それでも、学は思う。
「何の相談もなく、店を潰すよりも、何としてでも続けているほうが、マシだよ」
裕太が、歩みを止める。そして、振り返った。薄い笑みを浮かべていた。嘲笑するような、表情だった。
「……この状況を見ても、マシ、ですか?」
学は、なにか、試されているような気分になったが、正直に言う。
「ああ。マシだろう。……商売を続けていくのは、並の努力じゃ出来ないんだ。だったら、なりふり構わずに、様々なことにトライしていくのは、悪くない戦略だと思う」
裕太は、小さく溜息を吐いた。一緒に、なにか、本当に言いたい言葉を吐き出してしまったようだった。
「戦略なら、ね」
裕太は、そして再び歩き出す。店舗を抜けると、居間に続いている。重たいスーツケースを難儀して運んでいると、す、っと裕太がスーツケースを持ってくれた。学の記憶の中の裕太は、小さな男の子だったが、いまの裕太は違う。それを、学は、実感した。
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