第13話 測れあなたの心の距離!神業測定士ハカリマ!7
物の長さを測る。
その概念に初めて触れたとき、ハカリマ少年の心は言いようもなく高鳴った。
物差し。巻き尺。あるいは指の幅で測るのでもよい。
とにかく「測る」という行為をひとつ行うと、そこに既知のパラメータが付与される。
未知が既知へと変わる感触。定義可能という安心。そこに感じ得る全能感。
ただひとつ、人の心の距離というものについては、ハカリマはついぞ測れなかった。
「せんせーまたハカリマが教室を巻き尺だらけにしてまーす」
「フィギュアも作りまくってまーす」
ハカリマにとって長さこそすべての尺度であり、行動理念であった。
測れることが喜びであり、測れないことは恐怖だった。
「あのね、ハカリマくん。人と話すときは目を見て、表情を見て、相手の考えてることをきちんと読み取るんだよ」
「……瞳孔の収縮度合いを測ればこちらへの悪感情好感情は推測できますし、声の波長音域を測れば感情の揺れ動きは読み取れます」
「巻き尺でどう声の波長を測ってるのかさっぱり分からないけど……えっと、そういうことじゃなくてね」
教師の言葉を聞き流しながら、ハカリマは巻き尺を伸ばし、フィギュアの採寸をして組み立てた。
ハカリマにとって測定可能な既知の尺度を、他人は理解できない。そのことがハカリマを苦しめた。
それでもある程度の年齢になり、世間一般に言われるような好かれる人間を擬態することは、ハカリマにとって難しくはなかった。
服飾の流行りは巻き尺を当ててデータを取れば統計的に割り出せたし、その場その場における好意をいだいてもらいやすい立ち居振る舞い、目線の動かし方や手の位置、首の角度、それらを測ってデータとして蓄積することで、多くの人から魅力的な人間に映る自分を演出できた。
ただ特定の人物から好かれようと思ったとき、途端にその測定は意味を成さなくなった。
「あのね、ハカリマ、あなたの本心が、あなたの人間性みたいなものが、ちっとも見えてこないの」
交際をしていた女性から言われるのは、いつもそんな言葉。
「あなたは私に恋をしているの? データに恋をしているの?
私が付き合っているのは、ただデータで最適だってだけの何かなの?
世間の流行りとかじゃなくて、ハカリマ、あなたの好みの服とか、ないの?」
そう言われて、服飾店で、ハカリマは苦悩した。
「好みとはなんだ……自分の体格、服の寸法、それに気候などデータを組み合わせて最適解が見つかるのがファッションではないのか……
完璧なデータを組み合わせて完璧なパートナーを見つければ済むのではないのか……!
個性とは……恋とは……自由恋愛とはいったい……うぅぅ、うおおおおォォォーーッ!!」
「ギャーーッお客様が全裸になって体に巻き尺を巻き出したーッ!?」
公衆の面前で錯乱して全裸巻き尺という紳士的スタイルになったハカリマは、牢屋に入れられた。
孤独な牢屋で、手なぐさみに小石を測定して動物の形に加工したりしながら、ハカリマは考え続けた。
「わたくしは、何を好きでいたのでしょう……」
牢屋の外から、影が伸びた。
ハカリマはその根元に、目を向けた。
黒装束に黒ずきん、赤い一本角の幼女が、彼を誘った。
「自由恋愛に悩む同志よ。
つらかろう。ワシと共に、この間違った世界を正そうぞ」
暗黒の帝王、ウーマシーカー。
ハカリマは自由恋愛絶対禁止暗黒幹部として、巻き尺を振るった。
自由恋愛などという理解不能なものを破壊せんと、測って、測って、測りまくった。
ただそのために、巻き尺を振るった。
機械のように淡々と、振るった。
振るいながら、ハカリマはいつしか、こうつぶやくようになっていた。
「またつまらぬものを、測ってしまいましたな」
◆
ハカリマはがれきを強く踏みしめ、歯を食いしばった。
「わたくしはッ!! 負けるわけには!! いかんのだァァァァ!!」
巻き尺を引き絞る!
自分の体に巻きつけて支えとし、バカップルの拘束もほどかず、その間でマキジャガレキドラゴンを操作する、一本の巻き尺ですべてを完璧に行う!
ツッコは息を呑み、コイチローはアイリをしっかりと抱き寄せ、アイリはハカリマに目を向け続けた。
マキジャガレキドラゴンが、襲いかかり……
巻き尺が、ほどけた。
何が起きたか、ハカリマは一瞬、理解できなかった。
完璧なはずの巻き尺さばきが崩れるなど。
その向こうでアイリが、にっこりと笑いかけてきた。
「さっき、コイチローに聞かれたよね。
ドキドキしたことはあるかって」
ドクン。ドクン。鼓動が聞こえる。
それはハカリマの鼓動だった。
機械のように淡々と測定していたハカリマの心臓が、高鳴っていた。
その鼓動が体に巻いた巻き尺に伝わり、測定が狂って、巻き尺がほどけたのだ。
(何に、高鳴っている?)
ハカリマは困惑した。
自分の心臓は、何に対してこんなに心踊っているのかと。
それに答える代わりのように、コイチローが声をかけた。
「ハカリマ。胸がときめいているときは、そんな顔をするものじゃないよ」
コイチローはアイリを、背中から抱きしめた。
「こんな顔をするんだ」
抱きしめられて至福のデレデレ弛緩フェイスをさらしたアイリの顔面が、桃色オーラによってレンズ拡大!
桃色にふくらむジャイアントアイリ顔面によってマキジャガレキドラゴンははじき飛ばされ、ハカリマに激突した。
(ああ、そうか)
押し潰されながら、ハカリマは理解した。
目の前にある自作フィギュア。
自身の技術を結集し、測定の粋を極めた、この作品。
少しでも測り間違えれば理想的な可動をしないこの繊細な作業の逸物の、なんと美しいことか。
(わたくしは、測定に、ときめいていたのですな)
愛の桃色顔面が押し寄せる。押し流す。
ハカリマはもみくちゃにされ、服がビリビリに破けながら、しかしその表情は、満足そうだった。
「測ることは、つまらなくなど、なかった……!」
桃色オーラは破裂!
特大エネルギーの圧力にハカリマは全裸で打ち上げられながら、その身に巻き尺を巻きつけ、熱き限界の中で涙を流した。
「測定、バンザイ!!」
神業測定士ハカリマ・クルゾ、撃破!
――――――
・ラブバカ豆知識
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