第156話 不意打ちは突然やってくる

 文化祭の準備が程よく進行中のある日。

 その日の放課後も部活に所属してないクラスメイトで劇に使う背景の準備をしている最中、俺は一人職員室に呼び出されていた。


「なんですか鮫山先生。用がないなら帰っていいですか?」


「来て早々そんなこというなんてつれないなぁ。

 勇者とアタシの仲だろ? 具体的には将来養ってもらう仲だ」


「一切認知してない仲ですね」


 相変わらずこの人は適当な......と思ったけど、そうとも言い切れないのが怖い所よな。

 で、この人は一体何しに俺を呼びだしたというのか。


「そういや、白樺とは別れたんだってな」


「ぶふーっ!」


 こ、この人、藪から棒になんちゅう質問してくるんだ!?

 つーか、なんでそんなこと知ってる? 誰から聞いた!?

 そんな俺の慌てふためく様子を見て、先生は「やっぱ本当なんだな~」と言いながら、隣の先生の席から椅子を引っ張ってきた。

 え、これ座っていいんですか?......まぁ、いざという時はこの人のせいにしよう。


「はぁ~、まさか本当だったとはな。こりゃびっくり」


「なんで俺と先輩が別れたこと知ってるんですか?

 というか、その前に付き合ってることすら言ってなかったと思いますが」


「確かに言ってないな、お前からは」


「はい?」


「アタシ、こう見えても白樺とはそこそこ仲が良いんだ。なんだったら連絡先知ってるし。

 で、その白樺からアタシが強引に根掘り葉掘り聞いたってわけよ。行動はさすが勇者だな。さすゆう」


 まさかあの先輩が鮫山先生相手にこうも色々言うなんて意外だ......。

 いや、もしかしたらしつこすぎる先生に根負けしたって線もあるかも。

 どっちかっていうとそっちの方が信憑性あるぐらいだ。


「にしても、さすがアタシが勇者と見込んだ甲斐があったな。

 あのめんどくさい小娘をこうも上手く手名付けるとは。ハーレム気質あるぞ?」


「この世界でのハーレムは普通に嫌われますけどね」


「ここが異世界じゃないことが残念だな。

 勇者、お前は生まれてくる世界を間違えたかもしれん」


「担任の先生からそんなこと言われるとは思いませんでした」


 そりゃハーレムはある種の男の憧れみたいなところはあるよ?

 なんたって仲良くなったヒロインの誰もが幸せになれる(かもしれない)んだから。

 ただ、当然現実との区別はつけないといけないわけで。

 つーか、こんな世間話のために呼び出したん?


「先生、本題があるなら入ってください。でなければ、帰らせていただきます」


「まぁまぁ、落ち着けって。アタシはこう見えてもお前の人生を面白おかしく観察させてもらってんだ」


「面白おかしくは余計じゃありません?」


「そう思わせてるんだから仕方ない。

 なんたって、お前は特別何かしなくても周りが感化されてくんだからな。

 見るだけでゾンビになる新手のパニックホラーかよってな」


 その例え全っ然わけわからん。

 そんなパニックホラーもはや全員ゾンビENDしかないじゃん。

 全く意味が分からないたとえに冷めた目を送っていると、なぜか先生はそんな俺を見て笑った。


「フッ......周りから見てるアタシでもある程度の状況を理解してるのに、お前が理解してないようだから一つだけアドバイスを送ってやる」


「アドバイスですか?」


「あぁ、簡単なことだ――女子の恋心を舐めるなってことだ。

 ま、別にお前自身舐めてるわけじゃないことは理解している。

 というか、むしろお前は目まぐるしく変わる周囲に振り回されてる感じだけどな」


 よくお分かりで。気が付いたら渦中にいる気がするよ。


「けど、どうにもお前にはそこら辺の自覚というかなんというか......妙に疎いからな。

 言っておくが、狼は何も男だけじゃないんだぞ? 女だってじらされるほど飢えて来るものだ」


「......それは結婚をご両親から急かされてる先生の実体験ですか?」


「あぁ、そうだ! だから、ぜひ養ってくれ! できれば今すぐ!」


「丁重にお断りします」


「フッ、振られてしまったか。だが、必ず最後に愛は勝つ。これで終わりだと思うなよ?

 養ってくれるまでお前の人生のどこまでも付け回してやるからな」


「堂々とストーカー宣言しないでください。教師とあろうものが」


 そんなこんなで俺は先生にも振り回されつつ、何とか隙を伺って職員室から脱出。

 妙に精神的に疲れながら教室へと向かって行った。


 俺が職員室から戻ってくると、教室にいる人数は減ったもののそれでもそれなりの数の生徒が作業していた。

 加えて、机を教室の片側に寄せて作ったスペースの一部では、キャストによるセリフの掛け合いが行われていた。今やってるのは丁度大地と東大寺さんだ。


 この劇の中で一番絡みが多いのがこの二人の役である。なんたって獣役とヒロイン役だからな。

 そんな二人のセリフを聞きながら、椅子に座って腕を組み足を組むのが玲子さんだ。


「調子はどう?」


 俺は出来る限り自然な振る舞いでゲンキングに声をかける。

 なんだかここ最近妙にギクシャクしてしまってるからな。

 別にケンカしたわけじゃないのにこのまま自然消滅なんて悲しすぎる。

 というわけで、ここは俺が歩み寄ろう。行動せねば変わらんのは俺が一番知ってる。


「え? あー、ぼちぼち頑張ってるよ。ただ......レイちゃん監督が厳しいというかなんというか。

 なんか急にスイッチが入っちゃったみたいで......物凄く怖いんだよ。

 見てよあの顔、指導されてる薊君と琴ちゃんがメデューサに睨まれたみたいになってるよ」


 確かに、玲子さんから言葉をアドバイスを受けてる二人が背筋をピンとさせてる。

 そら怖いだろうなぁ、なんたってこの世界に戻って来る前までは大女優だったんだから。


 プロとして仕事をこなしていた彼女からすれば、こんな文化祭でしかやらない劇でも手を抜けないのだろう。

 所謂、職業病ってやつだろうな。それは仕方ないっちゃ仕方ない。


「でも、聞いてる二人も真面目だね。特に大地なんて部活の方も忙しいだろうに」


 バスケ部の大地にとって11月頃にあるウィンターカップの予選まで二か月を切った今は特に部活に集中したい頃だろう。

 しかし、そんな中で時間の合間を縫ってこうして劇の練習に参加してくれてる。素直に凄い奴だ。


「あ、悪い、もう時間だから行くわ」


「忘れないようにしっかり頭に刻み込んでおきなさい」


「了解デス、久川サン」


 だいぶこってり絞られてる様子の大地は、近くの机に置いてあったスクールバッグを肩にかけると、教室のドアに向かってそそくさと移動していく。

 その際、俺は大地から「拓海、少しいいか」と呼び出され、彼の後ろに続きながら廊下に出た。


「......なぁ、拓海。俺に何か隠してることないか?」


「え?」


 不測の事態に俺の心臓がドッドッドッとビートを刻み始める。

 あまりに不意打ちであり強烈な質問いちげき

 完全に空気に飲まれてしまった。返答次第で不味いことになる!


「隠し事?」


 俺は出来るだけ自然な形で答えた。ただ急すぎて抑揚があったかわからない。

 しかし、ここで「何が?」と切り出さなかったことは偉かったと思う。

 そう言ってしまったらまるで大地には言えぬ秘密があるように思われてしまう。


 故に、ここでの選択は秘儀オウム返しで正解だった。

 大地は俺の顔をじーっと見ると、急に両肩に手をポンと置いた。

 そして、それはそれは二カァと笑みを浮かべてしゃべり始める。


「いや、なんでもねぇ。単に俺が邪推しすぎたみてぇだ。

 それにここ最近は良い事があったしな」


「どんな?」


「そりゃ当然、あの東大寺さんとメイン役をやれたことだよ!

 まさかあのクジで俺が引かれるとは思わなかったが、結構ラッキーって思ってんだぜ?

 部活に集中するとは言ったが、それでも多少なりとも心の回復薬は欲しいだろ?」


「な、なるほど......」


 大地は俺から手を離すと背を向ける。


「だからさ、神様には感謝してんだ。つーわけで、勝負だ拓海! 互いので!」


 それだけ言って「部活行ってくる」と走り出す大地。

 その後ろ姿を「行ってらっしゃい」と俺は見送ることしか出来なかった。

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