第96話 一人より二人で、二人より皆で

「重ねて見るように感じたのはその時が最後じゃなかったわ。

 クレープを驕ってくれた日だってそう。

 それに他にも重なった時はあったわ」


「そう......だったんですか」


 永久先輩から語られた本人の生い立ち。

 風変わりな人だなと思っていた人からのヘビーな話に若干胃もたれしてる。

 それを聞いて、俺に出来ることが見つからなかったからだ。


 先輩はこうして俺に話すことで、現在進行形で前を向こうとしている。

 つまり、後ろ向きで立ち止まってしまっているわけじゃないのだ。

 進むべき道が見えている。


 そんな相手に俺が言う言葉は持ち合わせない。

 それ以上に資格すらないのかもしれない。

 先輩は家族が亡くなっても、母親に圧力をかけられても前を向き、努力し続けた。


 対して、一度目とはいえ逃げて自ら人生を終わらせた。

 苦しんででも前に進むという先輩に対し、俺は根っこの部分から意識が違うのだ。

 そんな俺が一体どんな言葉をかけてやれるというのか。


 もちろん、俺がこの学校生活で変われた時間を無にするつもりはない。

 俺が意識して努力し続けた結果、見えてきた世界があるのだから。

 されど、努力のキャリアが違う。


 すでに努力を何年も続けている相手に、たかだか数か月の俺が口を出すべきではない。

 逆の立場でウザいって思ってしまうからな、俺自身で。

 だから、せめて俺に出来ることは平静でいること。


「まさかあの時の助けた女の子が先輩だとは思わなかったですね」


「でしょうね。あの時のワタシは完全にオフだったもの。あれが完全に本来のワタシ」


「であれば、今の先輩はキャラを作っていると?」


「そう捉えて貰っても構わないわ。

 ワタシの今の姿はかつての兄さんを彷彿とさせたもの。

 知的で聡明で、落ち着きがあって優しい笑みを浮かべるワタシの人生で最も尊敬する人」


 なるほど、先輩もまたキャラを作っていたのか。


「ちなみに、拓海君を弄って楽しむのは完全にワタシの趣味よ。

 兄さんは他人の困った顔を見て面白がるタイプではないわ」


「擁護の言葉をかけるぐらいなら、はじめっからやらないでくださいよ」


 まぁ、先輩が自分らしさを出せるくらい俺に信用を置いてくれてたってんなら良しとするか。

 ん? 待てよ? となると、俺がここにいるってもしかして――


 俺は顎に手を当てて考えると、先輩に確かめるように質問した。


「先輩、俺が今こうしてここにいるのってゲーセンあのの時がキッカケだったりします?」


「キッカケというより、正しく私が受けた理由よ。

 もちろん、名前を聞いただけじゃわからなかったから、鮫山先生に紹介して貰ってね。

 教室の外から覗いたけど、すぐにピンときたわ。

 それこそ、少しばかり運命じみたものを感じたわ」


「まるで古き良きラブコメの出会いのシーンみたいに?」


「そうね。どちらかというと、男性向けより女性向けと言った方がいいかもだけど」


 先輩はほんのり頬を染めた。

 そんな態度に見ていてこっちが恥ずかしくなったけど、悪い気はされてないようで良かった。


 先輩は自分が笑っていたことにハッと気づくと、すぐに表情を戻した。

 雰囲気は大人びたものに変わっっていく。

 恐らくこの雰囲気が先輩の抱く兄のイメージなのだろう。


 正直、こういう過去を知った今だからかもしれないが、先輩は無理をしなくていいと思う。

 兄を意識して演じることは無く、ただいつも通りの少女としていてくれれば。


 しかし、これを言うことは無いだろうな。

 なんたって、それは先輩の努力を否定することに繋がるのだから。


「こほん、少し脱線してしまったけれど、これがワタシの過去。

 聞いていてつまらなかったでしょ? ただワタシがスッキリするために話したもの」


「つまらなくないですよ。それこそこの波乱万丈な生き方をしている女の子を主人公に話が書けるんじゃないかと思いましたよ」


「群青劇ね、それなら拓海君との関りは内容が厚くなりそうね」


 先輩は俺の言葉に気さくに返す。

 しかし、話題が切れれば、途端に目線を下げ、悲しそうな顔をした。

 無理して作っていたメッキが剥がれたように。


「正直、ワタシが思っていたほどスッキリしてないわ。

 むしろ、こう......胸の中のもやもやっとしたものが増幅した気さえする。

 拓海君が兄さんと重なって見えたから、言えばこの気持ちも晴れると思ったのに」


 先輩は胸を抑えた。

 その光景を見ながら、何も言えない俺は薄情者だろうか。


 「そんなことない」だったり、「過去を思い出して気持ちの整理ができてないだけ」だったりと言えることはあると思う。

 しかし、この言葉は違うと思う。


 根拠はない。しかし、俺が思った言葉も根拠がない。

 感情で答えてもいいのか、しっかりとした先の見える論理が出来た時に答えるのが良いのか。

 あぁ、こうやって俺はまた立ち止まるのか。


 いや、思考を止めるな。そして、行動を止めるな。

 俺は愚者バカなんだ。

 中途半端に考えて、中途半端に行動するから後で後悔する。

 どうせバカなら、最後までバカになり切れ!


「晴れてないんですよ、きっと」


「.......え?」


 先輩の顔が俺を向く。

 予想外の言葉を聞いたって感じだ。

 それもそうだろう、そういう流れで普通言った人の言葉を肯定することは無い。

 相手だって否定して欲しいから言葉に出すんだ。


 だが、何度も言うが俺は気休めで慰めるなんてことはしたくない。

 場合に寄っちゃ、そっちの方がより重たく捉えてしまうもんだ。

 だから、肯定する。


「先輩はきっとまだ伝えきれてない言葉がある。

 それが何かわかってないから胸の中が気持ち悪いんですよ。

 ですから、その原因を一緒に探させてください!」


 とはいえ、単に肯定するだけじゃ何もならない。

 ただ単に同情しただけにもなるし、バカにしてるとも捉えかねられない。

 ならば、やることは一つ。解決策を一緒に見つければいい。


 一人で悩むより、二人で悩む。

 解決できるかもしれないし、出来ないかもしれない。

 それはわからない。

 しかし、一人で抱え込むよりかはよっぽどいいと思う。


 先輩は俺の言葉に戸惑いを見せた。


「ど、どうして? それは拓海君には何もメリットは無いわよ」


「無くてもいいんですよ。これは俺がやりたいことなんですから」


 瞬間、先輩の目が大きく見開かれた。

 小さく「また......」と呟く声が聞こえた。


「二人でダメなら、俺の友達に協力してもらいます。

 きっと皆なら快く手伝ってくれると思います。

 なんたって、そんな連中と仲良くなったんですから」


 先輩は何かを言おうとして口を開いた。

 しかし、そこから言葉が出てくることは無く、だんだんと口を閉じていく。


 顔を下に向ければ、不安と期待が入り混じったような目で見て来た。

 そして、ようやく口を開く。


「......いいの? きっと面倒なことになるわよ?」


「大丈夫なんじゃないですかね。何とかなりますよ」


「拓海君には特に色々付き合って貰うことになるかもしれないわ」


「言い出しっぺですから、どんと任せてください! と今のうちに見栄を張っておきます」


 正直、解決策も何も思い浮かばない状態での行き当たりばったりの行動。

 それでも全く何も答えないという最悪の選択肢だけは避けたかった。


 そんでもって、自力で解決できる目途が立たなかったから、他の連中のことも出したんだけど......これはいよいよもって大地、空太、隼人には言わなきゃなんないな。


「ふふっ、うふふふ......」


 先輩が笑い出した。一体何事か? 情緒がぶっ壊れたか?


「全く、無策にもほどがある自信満々な宣言ね。でも、意外と嫌いじゃないわ。

 それじゃ、その自信に免じて拓海君に頼ってみることにするわ。

 一緒に解決してくれないかしら?」


「お任せあれ! 全力で頑張ります!」


 可憐な少女のように笑う先輩を見て、やっぱりこっちの方が良いなって思った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る