恋を招く石 9
息を切らした不審な三人組が、后妃の一人、李妃の住まう紅梅宮の前に居た。
「どちら様ですか?」
「李妃様にお会いしたく参りました」
「どちら様でしょうか」
有能さ、というのはどこから生まれるのだろうか。
医務局の奴らとは比べ物にならないほど落ち着いた態度、不審な人物にも負けない毅然とした応対。
(よく躾けられてるな…)
よく躾けられているがために、厄介だった。
「筆頭侍女、居ますか?」
「はい」
「そちらに伝えていただければ、通してもらえると思います」
「「え?」」
「(雨辰(ユーシン)さん!私たちのためなのは分かりますけど…嘘はだめです!)」
雪英の耳を引っ張って、雲花(ワンファ)が言う。
「まあ、落ち着いて」
「何を、お伝えしましょう」
「あの女官が、『桃を食べに来た』と」
「え、私?」
雲花が間抜けな声を上げる。
「承りました。少々お待ちください」
受付の女官は、奥に引っ込んでいった。
「「……」」
「ど、どういうことですか、雨辰さん!ここって、紅梅宮ですよね⁉︎」
「そうですよ!僕、どうしてここまで連れてこられたんですか?」
女官が見えなくなった途端、雲花と若い宦官が騒ぎだす。
(どう説明したものか…)
「ええと、その前に。君、名前は?」
「沐陽(ムーヤン)です」
「沐陽ね。うん、覚えた」
「……」
「ああ、忘れていたね。私は雨辰」
「……」
「「誤魔化さないでください!!」」
「…いやあ、はは」
「随分と楽しそうだな」
(…え?)
低い声に振り返ると、医務局の宦官が一人立っていた。
———————————————
「「(雨辰さん!!)」」
雪英は二人を背中に隠す。
彼女が睨むと、宦官の目尻は垂れ下がり、口角は下品なほどにつり上がった。
「ああ、…ここまで来たのですね」
「ははは、余裕だな!当たり前だろ、お前らなんか逃げる場所も無い」
「しかし……、それで紅梅宮か?ははは!!厠にでも逃げた方がまだマシだろうに、そんなことを考える頭も無いんだな」
宦官は大きな口を開けて笑う。
「その言葉、そのままお返ししますよ」
「は?」
「貴方は、一人だけで私たちを追ってきたのですか?」
「心配しなくても、俺の後を追っていたやつがすぐ迎えにくる」
「来ないでしょうね」
「ははは!それはなんの虚勢だ?いいからこっち来い、李妃様の手を煩わせるな」
宦官が、端にいた沐陽の腕を引っ張る。
彼は反射的に抵抗したものの、その後困ったように雪英の顔を見た。
「沐陽、大丈夫。行かなくていい」
「なに?」
沐陽はその隙に宦官の手を振り解いた。
「まだ分かりませんか?」
「何だ」
「貴方はもう、あの医務局長から切られてますよ。用済みです」
「…ふざけたこと言ってんじゃねえ!!」
「本当ですよ。医務局に帰ってみればいい」
「…はは、そういうことか」
「そんなんで俺が帰るとでも思ってんのか?お前、威勢の割に本当に頭足りてないんだな」
「はぁ……」
「私たちは三人です。いくら貴方の体が大きくても、一人で三人を連れて帰れると思ってるのですか?それとも、貴方の上司はそんな単純な計算も出来ないと?」
「っ、うるせえ!!俺はそう命令されたんだよ!」
「貴方が命令されたのは、『戸口を閉めておけ』だけでしょう?私のことを散々馬鹿にしていましたが、貴方こそ、簡単な命令も聞けないんですね」
「黙れ!!!」
「では連れて帰ってみてください。まあ、沐陽一人に抵抗されているような力では無理だと思いますが…」
「…っふざけんじゃねえ!!おい!お前!!!」
宦官が沐陽を睨みつけ、大声を出す。
「沐陽って言うんだな。へへ、さっさとこっち来い。お前の家族、どうなるか分かるよな?」
(そこは力で勝負しろよ…)
袖を掴む沐陽の手が震える。
「大丈夫、全ては力が解決するから」
「……え?」
「ごたごた言ってんじゃねえ!!早くこっち来い!!」
「あら、お邪魔でしたでしょうか?」
「「え?」」
(…やっと来た)
朱雀よりも強いのではないかと思える守護神。
紅梅宮を守る筆頭侍女が、雪英らの元へ到着したのだった。
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