恋を招く石 7
——「今日の我々の働きと、そして雲花(ワンファ)の昨日までの働きに、相応の報酬を頂きたい」
雲花と若い宦官のため、
雪英(シュウイン)はひとり医務局に乗り込み、局長と対峙していた。
「医務局長は『蝶の石』の噂を、ご存知ですね?」
「はい。雲花さんが探しているという石のことでしょう?しかし、…突然どうしました?」
にたりと広角を歪ませながら医務局長は尋ねる。
どうせこんな若い宦官には何も出来まい、そんな声が聞こえてくるようだった。
「それが、そこの畑で半分だけ見つかりました」
「ええ、それで雲花さんが『掘り返してもう片方を探したい』と言ってきたのです」
「彼女は畑仕事担当の女官ではありません。医務局長は、『畑を休ませる』ほど管理をしている畑に、部外者を入れたのですね」
「ああ、雨辰君は知らないでしょうが、『畑を休ませる』なんてどこでもやっています。隣の食堂だって、しばらく畑を使っていませんよ」
「同じように畑を管理している食堂は、彼女が畑に入ることを断っています」
「それは…、我々の寛容さでしょう」
「そうでしたか。失礼しました」
「ええ」
「では、もう一つ」
「彼女が見つけた『蝶の石』は、本物ではありません」
「ああ、それは残念ですね」
「良く言います。あなた達が似たような石を畑に置いたものでしょう?」
「ははは!いきなり何を言い出すんですか」
医務局長は余裕の笑みを見せた。
「良いでしょう。その理由は?」
「もう片方の石を探させるためです」
「どういうことでしょうか?」
「恋を招くと噂の『蝶の石』は、『二つで一つ』や『もう片方を持っている相手と』というものではありません。そんな『蝶の石』が真ん中から割れてしまったような形をして落ちていたら、その場所の近くでもう半分を探すでしょう。半分だったら効果が無さそうですからね」
「はは。面白いと思いますが、本当にそうなるでしょうか?」
「事実、そう思って探し始めたのが雲花です」
「……」
「当然、興味の無い者はその石をスルーします。石の蒐集家(コレクター)の可能性もありますが、今の時期に限って言えば、あの石を拾うのは、ほぼ確実に『蝶の石』を探している者でしょうね」
「まあ、聞けなくはないですね。しかし我々にはそれをする意味がない」
「こちらには、畑を耕した張本人が居るんですよ?」
「……」
「苦労を語る時の彼女の表情を見せてあげたいです。『食堂の畑が輝いて見える』なんて言ってました。素人ですら分かるレベルなんて、相当ですよね」
「何が言いたい」
「あなた方は、自分らの管理不足によりすっかり硬くなってしまった畑を『石の捜索』という名目で掘り返させる、つまりは畑仕事をさせたんです」
「今回の種まきは雲花からの申し出ですが、あなた方のことですから、今後は彼女の罪悪感を利用して畑の『管理人』にしようとしたんでしょう」
「そんな酷いこと」
「ああ、」
「『彼女の気持ち』でしたっけ?畑を一面掘り返しておいて、お目当ての石が見つからなかったんですから仕方のないことですよね」
「そ、そうだ。『罪悪感を利用』だなんて人聞きの悪い」
「そうでした、『我々の寛容さ』でしたね。失礼しました」
「…分かったなら良い」
———————————————
つまりは、こう言うことだ。
かねてから噂の絶えない医務局であったが、それでも処罰されて来なかったのは隠れて悪事を行っていたから、またその証拠が無いからである。
兎にも角にも、悪知恵が働く奴らなのだ。
また、彼らは裏にいた下級宦官に端金を握らせ、日々の雑用を肩代わりさせていた。
たった一人の下級宦官が、しかもどうせ家族も人質に取っているのだろう、四人もの上級宦官たちに逆らえる訳がなかった。
しかし、
「彼一人では畑仕事までは手が回らなかったんですね」
「彼って誰だね?」
「裏に居る彼です。彼一人では、雑草を抜く程度が精一杯だったでしょうね」
(それでも、十分すぎるくらいだ…)
雪英は、彼の手に出来ていた多数の傷を思い出す。
そんな彼女の目の端で、座っていた一人の宦官が静かに立ち上がり、医務局の奥へと向かった。
「そこの貴方、何処へ行くんですか?」
「もしかして『彼』を隠しに?」
「いや、厠へ行くだけだ」
「では私もついて行きましょう」
「ど、どうしてそんなことをする」
「私も厠へ行きたいので」
「…嘘をつくな!」
(どっちがだよ…)
「おい、よせ」
「しかし局長…」
「良いから、黙っていろ」
「…分かりました」
嗜められた宦官は、敵意を剥き出しにしたままで雪英を睨む。
「秘密を共有させるなら、ちゃんと部下は躾けた方がいいですよ。それとも彼も替えの効く手足ですか?」
「……何の話だ」
「まあ、良いです。話を戻しますね」
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