恋を招く石 6
「あれ、君は?」
医務局の裏に、洗い物をしている一人の若い宦官がいた。
「あ、あなたは…」
「声を抑えて」
雪英(シュウイン)は口元で人差し指を立てる。
「君は?」
「僕は…、ええと、医務局の見習いです……」
「そう」
「…あなたは、今日畑仕事に来てくれた方ですよね?」
「うん」
「す、すみませんでした…」
その反応だけで、この宦官が受けてきた扱いが分かった。
そして、雪英は確信した。
「謝らないで」
「それから、畑に居る女官の元で待っていて」
「え?」
「君にも、幸運がやってくるから」
「いいね?」
訳も分からぬまま走り出した「見習い」の背中を見送って、雪英は再び歩き出した。
———————————————
扉の隙間から雪英が医務局を覗くと、想像通り。
宦官たちは仕事もせずに馬弔(マーチャオ)をして遊んでいた。
雪英が扉を開けて入っていくと、皆驚いたようにこちらを向き、その中の一人が立ち上がる。
「雨辰(ユーシン)君⁉︎ど、どうかしたのかね⁉︎」
「水を貰いに参りましたが、その前に話したいことがあります。良いですか?」
立ち上がったのは、先程会った宦官だった。卓に座ったままの宦官たちもろとも雪英が睨むと、皆黙って頷いた。
(……その程度の度胸で、)
「す、座りますか?」
水を汲みに行っていたさっきの宦官が雪英を促したが、彼女はそれを断った。
「話はひとつ」
「…何でしょうか?」
「今日の我々の働きと、そして雲花(ワンファ)の昨日までの働きに、相応の報酬を頂きたい」
雪英は出来るだけ笑顔を心がけていたが、その目の奥は笑っていなかった。
一人の若い宦官が放つ威圧感に押された他の宦官たちに代わって、今まで黙っていた宦官が立ち上がった。
「初めまして、私は医務局長です」
「初めまして」
「雨辰君、でしたっけ…?」
「ええ」
「貴方は聞いていないでしょうが、今日は『お手伝い』として雲花さんから申し出がありました。畑を掘り返してしまったことへのお詫びだそうです。それに対して報酬を与えたら、彼女の気持ちを蔑ろにしてしまうでしょう」
医務局長と名乗る宦官は多少弁が立つようで、つらつらと詭弁を弄していく。その、大層人を馬鹿にしたような話し方に腹が立ったが、雪英は我慢した。
(どうしようもない…)
雪英は、今日雲花の手伝いに来て良かったと心底思った。
彼らは雲花を騙している。
可能性でしかなかったものが確信へと変わり、そして敵意へと変化していく。
容赦が無い時の雪英の恐ろしさを、宦官たちはまだ知らない。
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