第20話 ◆先見の明のダンジョン攻略◆ ④



 【SIDE:クレハ】



 あたしの頭には、「いつも」の光景が蘇っていた。



   ※※※※※



 ポーンッ……ポーンッ……


 アルマがずっと同じ音を弾き続ける。


「おっ! そこ右だ。ゴードン、もう二歩先。そこの壁だ! 壊していいぞ?」


「うるせえ! 指図すんじゃねえ!」


「……いいからさっさとやれよ、脳筋タンク」


「なんだと、こら!!」


「やらないならお前が荷物持てよ! なんのための筋肉なんだ? 盾役(タンク)なんて、俺が"聞かせりゃ"誰だってできるんだよ」


「アルマ、テメェエ!!」



 シュッシュッ……ドゴォーンッ!!

 


「早く先に行こう。ゴードン、いちいち喚かないでくれない? いつも本当にうるさい」



 リーシャは無表情で壁を破壊し、眉間に皺を寄せ、トコトコと先を歩く。



「チィッ、覚えてろよ、アルマ」


「ハハッ! ほら、さっさとリーシャ追いかけろ、脳筋タンク」


「クソスキルの無能が……! ぶっ殺すぞ?」


「リーシャ! ゴードンがなんか言ってる! うるさいから軽く斬っていいぞ!」


「……ほんと? いい?」


「……な、何も言ってねえよ、リーシャ!」


「ぷっ、ハハハハッ!! クレハ、リーシャがゴードンを斬ったら、ちゃんと治してやれよ」


「いやよ、めんどくさい」


「なっ、おい! 待て、コラ!! アルマ!」



 カリムは「やれやれ」ってため息を吐き、ネロは面白くなさそうに鼻で笑う。



 そう……。

 これが「いつも」のダンジョン攻略。


  

  ※※※※※



 ガッ、ガッ、ガッ、ガッ!!



 鬼の形相で壁に剣を突き立ててるネロを見つめる。


 もう……やめてよ。ネロ……。


 あたしはダンジョンになんて来たくなかった。もう冒険者は"おしまい"でよかった。


 もうアルマもリーシャもいない。


 「あたしたち」の冒険はもう終わりでしょ……? ネロ。爵位も貰えるんだし、もういいじゃない。


 だって……『普通』に考えて、もう無理なの……。『アルマ』がいないのに、やっていけるはずがない……!!



 ガッ、ガッ、ガッガッ!!



 ネロ……。

 ねぇ、ネロ……。もう……やめて。

 もう見てらんないよ。



 いつもの戦闘時との動きの違いは明白。

 まるで翼をもがれた鳥みたいだ。


 ネロはもう飛べない。


 ひどく滑稽で恥ずかしいほど愚かだ。


 でも、よかった。

 "魔物と出会う前で……"。


 これで死ぬ事はない。

 あたしもネロも……。



 ーーお前クビな?



 アルマに追放を宣言したネロ。


 つい数日前なのに、とても昔のことのような気がする。


 あたしは同調した。

 ここしかないと思ったんだ。


 リーシャ……。あなたをネロから遠ざけるためには「ここしかない」って。


 アルマに酷い言葉を投げつけながら、心の中では歓喜に震えてた。


 リーシャがアルマを好いているのは誰が見ても明らかだったから、アルマを排除できれば、リーシャもいなくなるって……。


 リーシャまで追放してくれるなんて、あたしとネロは結ばれる運命なんだって笑みを堪えるのに必死だった。


 もう爵位も貰える。

 社交の場で生きていくなら、「冒険者」はもう終わりだって、思ってたから……。


 もう魔物と戦う必要もない。

 旅に出ることもない。

 もう……『アルマ』は要らない!!


 ネロとあたしは一緒になって、子爵夫人になって……、ずっと幸せな貴族としての生活が待ってるって……。



「……クレハ様……"アルマ様"ですね?」



 涙を滲ませているあたしに向かって、アティがキラキラと輝くブラウンの瞳を向けてくる。


 もう猫を被るのはやめたらしい。


 泣いている女性に向けるには好奇心が抑えられていない。興奮しすぎ……。


 きっとこの人も、同類だ。


 アルマやリーシャと……。

 明確に自分の道が見えてる人。


「……な、なにが? 意味、わかんない」


 涙を拭い、何とか言葉を返すけど、アティはニヤリと笑って詰め寄ってくる。


「『これまで』はアルマ様の"演奏"でしょう……? ピアノの音を操りバフとデバフを。それってどのようなものなのです? 【ピアノ弾き】とはどのようなスキルだったのです?」


 小声という配慮はできるらしい。

 呆気にとられてネロを見つめているゴードンとカリムの耳には届かない。



 ガッガッ、ガッガッガッ!!



 もちろん、ネロの耳にも届かないだろう。


「……し、知らない」


「見てください。"アレ"がランキング9位になるのですよ? "アレ"のどこが一流の剣技なのです?」


「黙って……」


「一体、どれほどのバフを? "アレ"が、S級冒険者だなんて、冗談でしょう? 説明して下さい。本当にありえませんよ……? これは……わたくしなど足元にも及びませんよ?」


「……うるさいから」


「『壁を破壊して進む』よう指示したのはアルマ様なのでしょう? 索敵? 感知? 鑑定? どれですか? 全部、可能なのですか?」


「だ、黙れって言ってるの!!」


 あたしがアティをキッと睨んで叫ぶと、ハッとしたようにカリムがあたしに視線を向ける。



「クソ、クソ、クソがっああ!! どこまでっ! どこまで俺を!!」



 ガッガッガッ、ガッガッ!!



 カリムは叫びながら剣で壁を攻撃しているネロを指さして、


「……は、ははっ……"アレ"、だれ?」


 ピクピクと顔を引き攣らせた。


 なんて頭がお花畑なんだろう。

 ……本当に今までの冒険が、自分たちの力だなんて思っていたの……?


 いや、仕方ないのかもしれない。


 あたしだけが知っている。


 いつも後衛で、戦場を見渡す位置にいた、あたしだけが……。


 アルマの横で全てを見ていたあたしだけが……いや、リーシャは初めから知っていたのかもしれない。


 あたしたちは幼馴染とは言え、アルマと1番付き合いが長いのも、過ごした時間も、リーシャが1番長い。


 いつもアルマの隣にいたリーシャ。


 それをずっと見つめていたネロ。

 そのネロを見つめていたのが、あたしだ……。



「……これ、なんの冗談? アレがネロ? まともに壁を破壊できてないじゃん……」



 カリムは「は、ははっ……」と笑って立ち尽くし、ゴードンは拳を握りしめてプルプルと震えてる。


「す、素晴らしいです……。やはり、あの時のピアノの音は……」


 アティはポツリと呟き、ポーッと頬を染めると、ニヤリと笑ってまたあたしに詰め寄ってくる。


「……回復なども、アルマ様が?」


「ちがっ……。『あの無能』はもうこのパーティーとは関係ないの! 頼むから黙ってくれる?」


「……あなたがずっと不安気だったのは、アルマ様がおられないからでしょう?」


「……!!」


「さあ、教えて下さい。アルマ様の【ピアノ弾き】……。何ができて、何が出来ないのです? アルマ様は【ピアノ弾き】以外にも複数のスキルや魔術を扱えたのでしょうか? あるのでしたら、どのようなものが……?」


「……ア、アイツは、無能……。何の力もない」


「……わたくしは全ての魔術やスキルを解明したい。そのために公爵家を飛び出し、魔法師団に入りました」


「……だから? それが何だっていうの?」



 アティは「ふふっ」と小さく笑うと、


「《収納空間(マイスペース)》」


 ズズズッ……


 あたしに見えるように空中に空間を広げた。手前には回復薬(ポーション)や水、食料……。


 その奥……。膨大に広がる異次元の空間には無数の本が並んでいる。


「……えっ?」


「全て魔術の研究書です!! あとは冒険者たちと、まだ見ぬ世界の者たち!! それを手にするため、わたくしは冒険者となったのです!」


「……バカなんじゃないの? ア、アンタ、地位も栄誉も……全てを持ってたんじゃないの?」


「ふふっ、皆が言うのです。“わたくしは頭がおかしい”と!! ですがそれで構いません。わたくしは魔術やスキルを研究するのが楽しくて仕方がない!!」


「…………」


「さぁ! さぁ! さぁ!! わたくしにご教授下さい!! アルマ様の【ピアノ弾き】! 夢でも幻でもない、あの至高の音色と、その力を!!」



 見たことのある眼だ。

 色や形は違っても、"何か"に魅せられ、取り憑かれたように瞳を輝かせる『狂人』の眼……。



 まだ冒険を始めた頃の、アルマに似てる。一切の汚れも淀みもない、透き通った綺麗な瞳。



 ーーすごいじゃん。アルマ……。



 あたしが、魅せられた時の瞳と同じ。

 


 ーークレハ。今まで、散々、アル兄を馬鹿にしてたでしょう? 私は許さないから……。


 ポーッと見惚れるあたしに、すぐにでも斬りかかってきそうな、もう1人の『狂人』とは違う。


 アティの眼はアルマの眼に近い……。



「クレハ様? 早く!! さぁ!! このパーティーで唯一の『れべる』に見合ったランキングなのはクレハ様だけです! あなたなら知っているのでしょう?!」


「……れべ、る?」



 あたしが知らない言葉に首を傾げると、



「クソォオオオオオオオ!!!!」



 グザッ!!!!



 ネロが"やっと"壁に剣を突き刺せた。


「……うっ、うぅ……もう帰ろうよ、ネロ」


 思わず、(やっと刺せたんだ)と感じてしまったあたしはもうダメかもしれない。


 身体も心も、全てを捧げて来た。

 ずっと小さい頃から好きだった。


 でも、もう……ダメかもしれない。


 記憶の中のネロを心の支えにするにはもう限界なんだ。もう、ネロを見ても心臓が喜ばない。



「……おっと!! これが"憤怒"ですか!? ふふふっ、経験して損はないですね」


 アティが呟くと同時に、



 ポワァア……!!!!



 あたしたちの足元に巨大な魔法陣が浮かび上がる。



 パッ……!!



 視界が一瞬暗くなると、



 グモモォオオオオォオオオオ!!



 目の前には100階層の階層主であるはずの、漆黒の骨牛(デスミノ)『S+』。


 真っ黒な牛の頭蓋骨に、巨大な大鎌。

 真っ黒のローブを羽織った5メートルほどの化け物が立っていた。


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