第8話 初めての魔法

 イブリットが魔法を使う。

 それを見届けるべく、友人の商人レジーヌと専属メイドのタニアのふたりが合流した。


「……大袈裟じゃない?」

「何をおっしゃいます! お嬢様の一世一代の晴れ舞台! このタニア、しかとこの瞳に焼きつけます!!」

「まあ、頑張って」


 温度差がありすぎるふたりのリアクションに困惑しつつ、イブリットはレトロ魔法を扱う準備に取りかかる。

 目を閉じて意識を集中すると、自分の周りに魔力があると実感できた。これだけでも今までに比べたら大きな進歩と言える。


 ――だが、叶えたい夢を現実のものとするためにはまだまだ足りない。

 魔力量を根本から引き上げることは不可能とされているため、ここからは別の方法で魔力の少なさを補う。


 それが【詠唱】だ。


「――――」


 イブリットが詠唱を始めると、それに呼応するかのごとく周囲の魔力はその輝きを増していく。


「「おおっ!」」


 見守っていたタニアとレジーヌが声をあげる。

 一方、師匠であるミアンは表情を変えずにジッと見つめ続けていた。


『まだまだ、こんなものじゃないだろう?』


 とでも言いたげな表情だ。

 やがて、イブリット自身の持つ魔力の最大値にまで到達し、そこで一気に魔力を解き放つ。

 彼女が魔法を解き放った先にあるのは――一輪の花。

 これを増やすというのが今日の課題だった。


 その結果――花はひとつだけ増えた。


「えっ……たったひとつ?」


 全力を出し切った割に、思っていたよりもずっと低い効果だったため、イブリットは落胆する。タニアやレジーヌはそんな彼女の反応を見て同声をかけていいのか悩んでいるようだったが――ただひとり、師匠である魔女ミアンは違った反応を見せた。


「素晴らしい! 素晴らしいよ、イブ」


 パチパチと拍手を送り、イブリットを讃えた。

 

「ミ、ミアンさん? ……でも、たったひとつ増えたくらいじゃ、この荒野をよみがえらせるなんて夢は……」

「最終目的地がどれほど遠くても、まず大事なのは一歩を踏みだすことさ。君はそのゴールに向かって歩きだした。……焦る必要はない。ゆっくりでも、着実に距離を縮めていくのが大事なのだよ」

「ミアンさん……」


 早く魔法を使いたい。

 早く夢を叶えたい。

 気づかぬうちに焦っていたイブリットだが、ミアンからの言葉を受けて考えを改める。

 

「お嬢様! まだまだこれからですよ!」

「そうそう。気楽にのんびりやればいいんじゃない?」

「うん。……ありがとう、ふたりとも」


 まだまだ自分は成長途中。

 大体、ちょっと前までまともに魔力を錬成することすらできなかったのだ。


 これからこの領地で過ごす長い時間の中で、イブリットはさらなる成長を誓うのだった。

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