第59話 59

59


はじめての個別詳細占いのお客が帰り安藤さんとの反省タイムが始まった。

反省と言っても流れを振り返り次のお客にもっと良いサービスをするための向上タイムだ。

俺と安藤さんはお互いに意見を出し合い次に活かせるようにして終了した。


「でも今日のお客にはビックリしたわね。あの如月きさらぎ れいが来るとは思わなかったわ」


俺は頭に『?』を浮かべて聞いた。


「誰?如月きさらぎ れいって」


「えっ!?知らないの!?」


「知らない」


「今の時の人、テレビにCMと引っ張りだこの若手女優よ」


「あっ俺テレビ見ないから」


「太陽の陽を浴びながら、麦わら帽子で踊るCM知らない?」


「ああ、見た事あるぞ、でも髪型違うしなぁ」


「一緒よ!何処に目を付けてるのよ、信じられない」


安藤さんは俺を可哀そうな人を見る目で見て来た。


「だけど、ほとんどテレビを見ない俺だからしょうがなくないか?」


「へぇーそうなんだ。いつも携帯でアニメのサイトをチェックしているの知ってるんですけど。どうせ深夜アニメのテレビしか見てないんでしょ」


ギクリ…痛い所をついてくるな。


「そっそんな事はないぞ。俺もお笑いとかも見るしな」


「じゃあ、最近のお笑いは何を見たの?」


俺は安藤さんから目線を反らし独り言を発する。


「さぁーて、夏休みも終わったし掃除をさっさと終わらせて帰ろうかな」


「あー逃げたー!」


安藤さんの声が聞こえるが、俺はスルーして店舗の部屋の掃除を開始するのだった。


*


私は田口たぐち弘子ひろこ、芸名 如月きさらぎ れい

社長の紹介でシグナルスキャンと言う占い師の所で占って貰った。

医者に行った時と診断結果はほとんど変わらなかったけど、病院では言われない事を言われた。

それは睡眠。

確かに言われて見れば眠りが段々と浅くなって行っているように思う。

私は東京行きの新幹線の中で考えを纏めてマネージャーに伝える。


「マネージャー今日は又病院に行くんでしょ?」


「ええ、そのつもりだけどなんで?」


「病院なんだけど、最初に行った小さな私の実家の近くの病院にして欲しいの。あそこだけが鉄について注意が必要とアドバイスをくれたから」


「いいわよ。あなたがそうしたいのならそうするわ」


「ありがとう。それでついでとは言わないけど私の実家にも寄って欲しいの」


「何かあるの?」


「私なりに考えたんだけど、占い師さんに言われた睡眠を変える為に枕を変えてみようと思うの。マネージャーはたぶん知っていると思うけど、私の家はあまり裕福じゃなかったの。私はこの世界に入る18歳まで安い硬い布団を畳の上に敷いて、そば殻の安い枕で寝ていたの。けど、今はフカフカのベッドでフカフカの枕なの。ちょっと贅沢になっちゃったから、少しだけ戻そうかなと…」


「頑張ってるのね弘子ひろこ


マネージャーは私の頭を抱え込むようにギュッと抱きしめて、そのまま声を掛けた。


「あなたの思うようにしなさい。私達はあなたをサポートする事しか出来ない。必要な物があれば言いなさい」


私はマネージャーの行動と言葉で目から涙が溢れて来た。


「あーもぉーこらこら泣いちゃダメでしょ。可愛い顔が台無しよ。でもこれも絵になるわね」


マネージャーは笑いながらハンカチを目に当ててくれた。


「もぉーどんな事をしても私を売り込もうとしてるしー」


「当たり前よ私の腕に掛かれば、石ころもダイヤにして見せるわ。でも最初からダイヤの原石である弘子ひろこにはもっと輝いて貰わないとね」


「うん、がんばるよ」


ぐぅ…


「泣いたらお腹空いた」


「はいはい、お腹の音をならす女優様、弁当買ってあるから食べなさい」


マネージャーはそう言うと鞄から弁当とお茶を取り出し渡してくれた。

私は弁当を受け取り静かに食べ始めた。

するとマネージャーがボソリと呟いた。


「お腹の音も売れるかしら」と。


私はその言葉で口の中の食べ物を吹き出しそうになって慌ててお茶で流し込んだ。


「もぉ!笑わせないでよ」


「あら、私は真剣に言ったのだけど」


そう言いながらマネージャーは携帯を取り出す。


「もっもしかして録音していたの!?」


「そんな訳ある訳ないでしょ、冗談よ」


私はマネージャーの元気づける作戦に乗って元気を取り戻して東京へと戻った。

その後、病院へ行き再検査を行い鉄の薬と睡眠導入剤を処方してもらい事務所へと戻った。


「どうだった?」


直ぐに声を掛けて来たのは少し髭を生やした芸能プロダクションの社長。


「占いに行って良かったです。これから全力で直します」


私は少し気合を入れて答える。


「よしよし、心だけでも行ったかいはあったな」


恐らく社長はマネージャーから連絡を貰って知っているのだろうと思った。


「今日はこのままオフにするから、自宅へ帰って休息するように」


私は事務所から自宅のマンションへと帰って来た。

まず最初にやる事は決めていた。

ベッドの上に敷いてある追加マットレスを剥がす。するともとの少し固めのマットレスが出て来る。この上にシーツを敷き実家から持って来たあまり綺麗じゃない枕へと変更する。そして一度寝てみる。

あっこの感じ、実家に居た時とよく似ている。少し敷物が豪華になった感じだ。

それから私はネットで寝る前に良い方法などを検索して、その日から睡眠療法を開始した。


……効果は劇的に現れた。


直ぐに万全ではないけど疲れ方に変化が訪れたのだ。

私は自分の体調と向き合いつつ仕事に励んだ。


そして1か月後。私は本来の90%くらいって言えばいいのか分からないけど、そのくらいまで体調が回復した。

さらに、少し悩みだったお肌の調子までが改善されたのだ。


私はあの占いの時から変わる事が出来た。

出来ればあの占い師にお礼の一言でも言うべきではないだろうかと私は考えた。

そんな時に運命なのか分からないけど冒頭が名古屋でのドラマの撮影が舞い込んできた。私はお礼を言うチャンスだと思いマネージャーに頼んでみた。


「マネージャー名古屋に行った時にお願いがあるの。私の体調の切っ掛けをくれた占い師にお礼を言いたいのだけどダメかな?」


マネージャーはしばし考えた後答えた。


「いいと思うわよ。でも今回の名古屋でのスケジュールは2泊3日の撮影になるわ。都合が付けばの話になるけどね」


「じゃあ、占い師さんの都合聞いてもいいの?」


弘子ひろこ、あなたはこの世界2年目よね、スケジュール通りに行かないのは当たり前の事を知っているでしょ。お礼に行くと約束したとして、スケジュールが押したから時間変更ねとでも言うつもり?」


私はマネージャーの言葉で我に返った。


「そっそうね」


「あなたの都合が付いたらその足で飛んでいけばいいんじゃない?会えるか会えないかは運って事でいいでしょ」


「わかった。じゃあお礼の品だけでも用意しておくね」


「何を贈るの?」


「先月サンプルで貰った昭和をモチーフにした私のプロマイド写真があるでしょ。あれに私のサインを入れて渡そうかなって考えてるけどダメかな?」


「それオークションに出したら高値が出そうね」


マネージャーはニヤリとしながら返答する。


「もお!どうしてそうなるのよ」


「ふふふ、冗談よ。でもプレミア物になるわね、世界に一つしかない物だから」


「だからお礼にいいと思ったのよ。それに占い師さん1回5万円で占っているんでしょ、お金には困っていないから売ったりしないと思うよ」


「それもそうね、でも儲かってる割には占い場所安いアパート並みだったんだけどね」


「それは私も同感ね」


その後二人は笑いあったのだった。

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