第52話 52

52


いつも通りの営業終わりの喫茶店。

安藤さんは又もパソコンの画面を見ながら険しい顔をしていた。


「どうしたの?又、なんか変な事が起こった?」


俺は以前の宗教団体の事を思い出す。


「起こった訳ではないわ。実は依頼とかお願いメールが多すぎてどうしていいかわからないのよ」


そんな事を安藤さんは言いながら俺にパソコンの画面を見せて来た。

見せて来たのはお馴染みのメール画面だが俺はその件名と量を見て少し引いた。


「こっこの量ヤバくない?」


メール画面には県内、県外からの依頼メールと県外へ来てくれのお願いメールが、画面の上から下までびっしりと連なっていた。恐らくは右のスクロールバーがある事からページ外へも続いているだろうと予想出来た。


「そうなの。もうどれから手を付けていいのか分からないし、ショッピングモールの営業も行いたいって感じで手が着けれないかな」


「もしかして、依頼の金額が安すぎたのかな?」


「う~ん、それもあるかもね。今度店舗でやる個人占いが5万円とすると、少し安いかもしれないわね」


「でも、メールを送らせて置いてから値上げはまずいでしょ」


「最低でも今ある依頼をこなしてから値上げが妥当じゃないかなと思うって事で、ホームページに値上げ告知しない?」


何故だか安藤さんは値上げに対して積極的だ。

値上げと言うよりホームページの更新をするのが楽しいのかもしれないが…。


「いいよ。正直全部安藤さんにお願いしてもいい?俺じゃ経営の事が良くわからないと言うか、経費の計算も全部安藤さんがやっているから、どの位の儲けがないと良くないか分かってるからね」


俺は適当な理由を付けて全部安藤さんに丸投げした。

正直、経営を考えなくていいのは精神的にも楽だからだ。

他から見ればダメ男の典型的だが、俺はこれを地で行くのでこんな俺が嫌なら、既に安藤さんは俺の元から去っているだろうし。


「分かったわ、告知等は任せて。それで依頼はどうする?処理して行かないと終わらないけど」


こう言う時の俺の必殺技がある、それは思考放棄だ。


「よし、それじゃあシグナルスキャン占いの知名度アップ計画を又始めますか」


「はっ!?なんでそうなるの?」


「まあ、又考えれば良いと言うか依頼だけだと儲からないしね」


安藤さんはため息をつきながら答えた。


「はいはい、そうしましょうね。一時中断していたから前回の反応があったショッピングモールからスタートしましょうか」


こんなダメダメコンビの会話でショッピングモールの営業が決まった。

大量の依頼メールに目をつぶりながら…。

今回行く場所は名古屋の西地区だ。

前回結構な反響があり、客が途切れなかった場所だ。

ただ、立地条件としてはとても悪い場所だった事は記憶にある。

そのかわり二日前でも予約が取れる場所だ。


-


俺と安藤さんはホームページの予告通りに名古屋の西地区の営業を始めた。

最初少し渋いかな?と思ったが直ぐに俺達の店の前には列が出来た。

俺は好調だなと思っていた矢先にそいつらはやってきた。

俺達が『しばらく席を離れます』の立て札を置いた時にチンピラ?風な二人組が声を掛けて来た。

何やら話があるとの事で俺達はその場で話そうと思ったが、他の客の目がある事から二人組をバックヤードに案内した。


「それで話とは何ですか?」


まず安藤さんが口を開く。

当然、そんな奴らに名刺などは渡さない。


「俺達はここの北地区を縄張りにしているものだ」


頭が坊主の柄シャツを着た男が話しかけて来た。


「それで?」


「この意味が分からないのか?」


「ええ、私達まだ学生だしそんな事言われてもわからないわ」


安藤さんは強気だ。

まあ、変なお客さんの相手を数多くこなしているだけはある。


「学生は関係ない。商売をするなら大人子供区別はない。ボディーガード料を払って置いた方がいいぞ、何があるかわからないからな」


「それならここで商売をしなければいいって事ですよね」


「なっ何を!」


男が声を上げる。


「私達この場所をメインに活動している訳じゃないから、二度とこの場所に来なければボディーガードはいらないって事よね」


「言わしと置けばこの女!」


「まあ、待て」


後ろから坊主の柄シャツの男をスーツを着た男が止める。


「この場所から他の場所へ移しても注意が必要かもしれないぞ?」


男はニヤニヤしながら言って来た。


俺は考える。

金で解決できるなら金で解決した方がいいのではないかと。

金は稼げばいいが、信頼や体は元には戻らないからだ。

俺は安藤さんの肩にそっと手を乗せてコクリと頷く。

そして俺は口を開く。


「それであんた達は俺達からいくらたかろうとしてるんだ?」


「ふん、たかろうとは口が悪いな。ボディーガード料と言ってくれよ」


坊主の男とスーツの男の口がニヤリとする。


「そうだな、初めてと言う事で5万にまけといてやるよ」


スーツの男が口を開く。


俺は悔しいが腹のウエストポーチから金を取り出すが、直ぐには渡さない。


「金は払う。それでボディーガードと言うなら連絡する手段や名前等を教えて貰えるんだろうな」


「ああ、勿論だ」


すると坊主の男そしてスーツの男は名刺を取り出し渡してきた。


『北組 渡辺 電話番号 000-893-04510-864』スーツの男

『北組 松長 電話番号 000-893-10410-864』坊主の男


俺は名刺を受け取る代わりに金を渡した。


「学生の割には賢い判断だ。まあ、何かあれば安く対応してやるぜ」


そう言いながら二人は笑いながら俺達の前から姿を消した。


-


「くっ悔しい!悔しいよぉ!」


安藤さんは少し目に涙を浮かべながら訴え寄り添って来た。

俺はそっと安藤さんの頭を抱えてあげる。


「大丈夫、大丈夫。名刺も受け取ったし、いつか必ず仕返しを考えよう」


「なっなら城島じょうじまさんに…」


「駄目だ。城島じょうじまさんは裏の世界の人じゃない。それにこれ以上頼れば俺達は逆に城島じょうじまさんの言う事を断れなくなっちゃうよ」


「そっそうだね、ゴメンね焦っちゃって」


「そんな事ないよ。さあ、失ったお金を稼がないとね」


その後俺は安藤さんを励ましながら昼食を食べて午後の営業へと戻ったのだった。

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