第19話

 ギルマスらしき女性との話では、良い手応えを感じた。

これで収入は得られそうだ。

 実際問題、ただの美味しいポーションとして売るのであれば、別枠にしても良いだろう。

 癒善草のポーションとしての効果が認められないのは少し不服だが、欲張っては足元を掬われるだろうし、ここは堅実な方法を取るか。


 さて、まだまだ試してみたい事は山ほどあるし、今度は景色を見ながらのんびりと帰るとするか。

何かにアイデアを書ければ良いが、こんな田舎に紙を売っている店は無い。


『紙が無いなら、本に残せば良いじゃない。』

「そう言うマキー・アントワネットさんは何か良いアイデアが無いの?」

『【無】属性ならいくらでも方法はあるだろう。とはいえ、今の魔力量だと木を薄く削ってそれに書く程度だが。』


 ふむ、やはり魔力量が問題か。

【無】属性魔法において、魔力量はそのまま使用魔法の種類に直結する。

 少なくとも、1000とちょっとの魔力程度では、物を動かす魔法と物を収納する魔法が限度だ。


まして、今はその収納の中にポーションを入れているせいで、200ほどしか魔力が使えない。

 来る時に使った全身念動を使うのがやっとだった。


「また家に帰ったらやってみるか。」

『おう。ところでなんだが、お前は魔物についてどれくらいの事を知っている?』

「大したことは、人を襲って、時には交配相手にしてしまうくらいしか。」

『よしよし、良いだろう。ここから家までの道のりに、2匹程度のスライムがいる。そいつを殺したら、耳寄りな情報を教えてやるよ。』


 多少気になりはするが、途中の道での話だし、頭の中で色々考えながら、魔力を浪費し続ける。

使用可能魔力の200を越えると、収納魔法が維持できずに、ポーションがそこら中にバラけてしまうから、慎重に慎重に垂れ流す。


『お前の魔法属性は【無】だけだ。その事を世界中の人間がからかい、揶揄し、蔑むだろう。けどな、それは間違いだ。【無】属性こそ至高の魔法。他の属性は【無】属性の代用品。劣悪な粗悪品でしかない。まずは下地を調えろ。万能たる【無】属性を使いこなすためには膨大な魔力が必要となる。』


 とはマキの言葉だ。

実際のところ、この田舎には魔法の属性でからかってくる者はいないし、都の学校で高成績を残している自慢の姉は、俺を蔑んだりはしない。近所の友達であるハクも、俺を無能だと揶揄する事は無い。


 その点では、非常に恵まれた環境であるという自覚はある。

ここがゲームの様な世界だとしても、ゲームとは違う生身である以上、他人の感情を無視できるとも思っていない。

 そして、俺としても、限りなく理想的な最期を夢見ている。


であれば、その為の努力は必然という他無い。


 たった1000と少しの魔力では、その夢には欠片も近付けられない。

その夢の為に、1分1秒も無駄には出来ないのだ。


「お、スライム」

『よし、現れたな。』

「あれをどうするんだ?」

『食え』

「......は?」


 目の前に現れた2匹のスライム。それぞれが赤と青のカラフルな見た目で、中にごつごつした球体が浮いている。

 その一見無害な見た目からは想像もできない様な危険な魔物で、捕食対象をじわじわと溶かして食う。


『もちろん粘液じゃない、中にある核の部分だ。』

「それを食ったらどうなるんだ?」

『一時的だが魔力が回復する。が、問題は味と、急激な魔力の増幅による刺激だ。今の内に慣れておけ。』


 意図は理解できた。

それを今の内にしておく事も賛成だ。

 見た目が比較的拒否反応が出ないスライムなのは納得だった。


「が、それは良いとしても、なんでもっと早く言わないんだ?」

『いや、てっきり知っているものかと。魔力が足りなくて困っているって感じの話をしているのに、魔物の核を食う話は全然しないから、もしかしてと思って。』


 どこか気まずそうに答えるマキ。

こいつはおそらく、俺の事を気にして遠まわしな言い方をしたんだろう。


 まあ、これくらいの事なら、比較的重要でもない事だし、怒ったりはしない。


「ただ、今度からはもっと早くに教えてほしい。他には無い?」

『ああ、思いだせる限りはな。それにオレは魔法の事しか知らねえから、もしも魔法以外で知りたい事があれば他の精霊を探す事だな。』

「わかった。そうする。」


 マキの存在は貴重だ。

俺の知らない情報を得られるのに、欲張って怒ってはいけないだろう。

 それに俺はコイツに、外の世界を色々見せると約束した。

で、あれば、それを守るのは約束事の最重要事項だ。


嘘は許さない。


「とりあえず、核は手に入れた。」

『お、上手いねェ。なんだ?今時の子供は精霊を使役するだけでなく、武術まで使うのかい?』

「昔色々やったからな。」


 効率的な人生には、体力はもちろん運動神経も必要だった。それだけだ。

単にバトル漫画が好きだったのはあったのだが、身体に筋肉が付けばできる事が増えるという楽しみは未だに継続しているため、日々のトレーニングも欠かせない。


 それと余談だが、幼少期に筋トレをすると背が伸びないというのはほぼ迷信で、関節部に過度な負担を与えなければむしろ身長を伸ばす効果があるそうだ。


 そして、俺は最終的な身長を2メートルとそれなりに大きく目指している。

筋肉は身長に応じて増えるので、横幅だけでなく、長さも増やす予定だ。


 閑話休題。


 身体の効率的な動きなら熟知しているから、最小限の筋肉の最大限の使い方はできる。

となればスライムの核くらいなら簡単に抜き出せる。


片道だけでかなり無茶をした道を楽々と歩く。

足にかなりの疲労を感じている。

 筋肉が更なる成長を感じる様な、むずむずとした感じ。


そこに拍車を掛けるように負荷を掛ける。

 マキが言った様に、スライムの核を食べる。


「ッ!......!...?...........!!?」


 不味い。

酸味と苦味が混ざった様な。

 形容するなら、腐った生魚に腐った牛乳。

闇鍋を腐らせた物。

 嘔吐しそう。


 そして、喉を通したと同時に全身を駆け巡る衝撃。

思い出すのは近所の老人ホームに置いてあった電気マッサージ機。

 俺は30くらいで限界だったが、これを数値にするなら100はありそうだ。

何より、マッサージ機の時と違い、全身に電流が走っている。


「あッ!ぐぅっ!ぎっ!」

『効いてる効いてる。』


 一通りの最悪が収まり、身体の中に視点を合わせる。

すると、マキの言った通りに魔力が回復しているし、最大魔力も若干増えているが。


「少なッ!え、あれだけキツくてたったこれだけ?」

『そりゃ雑魚スライムの核だからな。むしろよくそれだけ回復できたよ。』

「嘘だろ......」


全身に虚脱感を覚えながら、俺は重い足取りで家へ帰った。

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