第8話

 唐突な話ではあるが、俺もハクも、平均的なステータスで言えば、成人男性並みの強さがある。

これの原因は分かっているつもりである。俺の前世の記憶と、ハクの才能だ。

 ハクに関しては、天賦の才能としか言い様が無い。

言葉には知性が感じられず、むしろ野生に生きているような言動すらしてみせるものの、枝を振る動きには度重なる毎に無駄が無くなって行っている。

 それだけでもかなりの才能なのに、ハクには更に、『体が重い』という才能まであった。


 これは、ハクと知り合ってすこしした時の話である。

ハクが寝転がっている俺に思い切り圧し掛かった事がある。

 どうやら、ただの悪戯心で、他意は無かったらしいが、俺はゲロ吐いて失神した。

後から確認して見ると、俺は肋骨が折れ、胃が破裂していたらしい。

 ついでに言うのなら、背骨にもヒビが入り、地面は深さ5cmほど凹んでいた。

 フラワさんと俺の母が回復魔法を使える人でなかったら、俺は一生寝たきりだっただろう。


 この事件については、その後泣き腫らして目が真っ赤になったハクが、フラワさんと一緒に謝罪に来て、俺が許したので無かった事にした。

 因みに、完全回復の後にステータスを確認したら、【護身術見習い】の称号を得ていたのだから、なんとも言えず、俺はその件以降一回もそれを話題に出さず、文句も言っていない。


 話を戻す。

 とにかく、ハクの体重は見た目に比べると明らかに異常。

しかし、それは欠点だと思わない。

 体重というのは格闘技においてかなり重要な物で、数キロもの差で勝敗が分かれる事もあるという。

つまり、見た目に反した重さというのはかなりの有利となる。

 これが才能と言わずになんと言うのか。


話を変えよう。

 一方で、俺の方は高い識字率を誇る日本に生まれ育った結果。一般教養の成果で、この世界には無い成長過程を経ている。

初等教育ではすでに四則演算や簡単なトレーニングを習い、中等教育では他国語について学び、高等教育ではそれらを枝分れして伸ばす教育を行っている。

 これらは、中等教育までが義務化されているため、例え高等教育を受けていない人間でも、この世界では十分に天才的な知識の持ち主、ということになる。


 十二年間もの間、勉強を繰り返してきた日本人だった俺ではあるが、その間、趣味に手を出していなかったとは言い難い。

 むしろ、他人に比べれば、多趣味なほうだったという自覚がある。

 

 そんな俺が、この世界で、実感をするよりも称号というステータスが証明をしてくれるという環境で、ここまで奮起しない訳は無いのだ。


 俺は家の庭では絶対にできない様な事を、森の中でし続け、ハクにもそれを教え続けた。


◇◆◇


 まず最初に教えたのは、道しるべの作り方

簡単な物を幾つか。

 ・一つ目は手頃な縄を染色し、等間隔に木に括りつけておく方法。

 ・二つ目は木に傷をつけ、矢印の様にして帰り途を記しておく事。

 ・三つ目は太陽の方向を見て東西南北を確認する事だ。


 だが、ちゃんと順番にして行って、太陽は最終手段だと念を押して注意した。

太陽は直視したら失明するし、矢印は見づらい。実の所一つ目の方法もそれなりに準備が必要だし、在庫が切れたらそこでおしまいなのでそこまでオススメは出来ない。

 そこからはとにかく、ちょっと古い、迷信も混じっているキャンプ術を教え込んだ。


『【斥侯見習い】の称号を手に入れました。』


 凡そ思い付く限りのキャンプ術をハクに教え、ハクが興奮から半ば眠気にウトウトし始めた頃に、そのアナウンスは鳴った。


『あら、【斥侯見習い】だと敏捷が1.2倍になるらしいわよ。』


つまり


敏捷15×1.3×1.2。

敏捷15×1.56

 敏捷が23.4。


 この数字に、俺は歓喜を隠せなかった。

1.56倍。つまり、簡単に言えばハクの持っている【剣士】による恩恵の筋力1.5倍よりも大きい倍率ということになる。

 初級称号が中級称号に勝つ。

 それだけで十分な成果であり、俺の意欲が掻き立てられた。


「ノァ、どうしたの?」

「ハク!やったよ!」


 気付けば俺はハクに抱き付き、ぴょんぴょんと飛び跳ねていた。

今なら重たいハクの体重も気にならない。


 バッと体を離すと、その場で反復横跳びをして見せる。

今までよりも速く動く世界に興奮しながら、三重になるハクの顔を楽しむ。


「すごい!また速くなったんだ!」


 純粋に喜んでくれるハクに、俺はさらに嬉しくなった。


◇◆◇


 ひとしきり楽しんだ俺達は、探検を再開した。

太陽はまだ真上にある。

 開始からそこまで時間は経っていないらしい。


 ゴブリンを倒して倒して、ハクも一人でゴブリンを相手出来る様になってから、嬉々としてゴブリンを狩っていた。


 戦利品の棍棒は、合計で十個。

俺が同時に持てるのは八個まで、俺とハクが一つずつ手に持ち、武器としていた。


 奥へ奥へと進むにつれ、何故かゴブリンとの遭遇率は低くなり、時折見かける程度となった。


「暇になったねー。」

「安全なんだから、良いんだよ。」


 二人で駄弁って、警戒は解かずに進む。

とはいえ、最早ゴブリンの気配すら無くなり、枝から垂れる蔦を避けるくらいしか注意する事が無い。


 しかし、その理由もすぐに判明する。

俺達は大きく拓けた場所に出た。その場所には大きな立方体が置いてあった。


 どれ程の大きさかと言うと、ざっと一辺七メートルほど。

石でできている様だが、明らかに人工物だとは思えない。

 レンガを積み重ねた様な見た目をしているものの、構成しているブロックは出鱈目で、バランスもクソもない。


「これが遺跡......?」

「おっきー!」


 そう。率直な感想は『大きい』なのだが、その後に続くモノが『出鱈目』だというのはどうなのだろう。

 俺の感性が異質な訳じゃない。

それなら、何かこの建造物に対してそう想わせる何かがあるのだろう。


『精霊が出て来るわ。』


 突如放たれたパルエラの言葉に、俺はハクビを背に庇い、様子を窺った。

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