第22話 買い物

 

 スーパーの中はいつも以上に賑やかだった。

 年末は何かと物入りな時期だからそりゃセールになったらみんな来るよな。


「じゃあボクと妹ちゃんは日用品の方行くねー。天野くんと神乃ちゃんは食材の方っ」

「なんでお前が仕切ってんだ」

「いーじゃんっ。とにかく行こう妹ちゃん」

「はいっ!」


 あいつらのことだから早々に飽きて2階のゲーセン行くんだろうなぁ。


「じゃーうちらは食材の方行こー」


 神乃さんに袖を引かれ、俺はカートを押しながら向かう。


「白菜、長ネギ、大根、ごぼう、にんじん……なんだ、鍋でもやんのかこの野菜」


 俺は、メモにある野菜を順に手に取っては、カートに載せていた買い物かごに入れていく。


「ねえあまちん、それよりこっちの方がいいんじゃね」


 俺が白菜をカートに入れようとした時、神乃さんが待ったをかけた。


「こっちの方が太っちょだし、芯の大きさも形も良くて栄養価高そーだし。あ、あとこの大根も——」


 神乃さんが野菜の知識を披露しながら、選りすぐりの野菜たちを買い物かごに入れ直す。


「野菜のことかなり詳しいんだな」

「そりゃね。あーしの夢は立派なお嫁さんだしっ」

「へ、へぇ」

「あー今、変な夢だって思ったっしょ?」


 思ってない、と否定したいが……。


「少しだけ思ったな」

「でしょ?」

「神乃さんはファッションモデルとか目指してると思ってた」

「やっぱそー思うよね。でもあーしって面白いことが好きでしょ? あーしが思うにさ、面白いことの一番先にケッコンがあるっつーか」

「幸せの絶頂ってことか?」

「そう。でも次第に面白いことなんてなにも無くなっちゃう。実際、うちのママがそうだったんだ。うちはさ、パパがぐーたらでそこまで稼ぎ良くないから、ママも必死に働いてんの。あーしもバイトしてお小遣いためてっし」

「……そう、なのか」

「家事に仕事に忙殺される毎日。ママの姿見てたら、ケッコンは幸せな人生のスタートじゃないって知った。だからあーしはケッコンした時に苦労しねーように、早くから生活の知恵とか覚えねーといけないって思ったんよ」


 神乃さんはそう言って笑顔をこちらに向けた。


「前に鈴木と、もし仮に結婚したらって話をしていたが、その時やけに具体的な理想があったのも、今みたいな事情からか」

「そ、あーしはできるならママみたいな苦労はしたくねーし、バリバリ働くより専業主婦になりたい。それに、せっかくケッコンしたのに2人の時間を大切にできねーなら意味ねーじゃん?」

「結婚は苦労の分散じゃない、そういうことか?」

「そゆことー。家事なら今から慣れとけば苦労しねーし」

「……神乃さんってほんと色々考えてるんだな」

「なーに? あーしが単細胞に見えてたん?」

「……まぁ」

「そこは否定しろっての!」


 神乃さんは俺の二の腕をツネると、さっさと歩いて行ってしまった。


「ごめんって神乃さん」

「あまちんはさ、あーしの意見に賛同してくれる? やっぱ男だから賛同できん?」

「……いいや。俺も神乃さんの言う通りだと思うぞ。男だとか関係なく、俺は自分が必死に働いて、パートナーを守護りたいからさ」

「……へー、そなんだ。あーしたち気が合うね」

「そう、か?」

「しょーらいさ、あまちんはいい旦那さんになるよ。絶対」

「どうだかな。そもそも俺は結婚すらできるかどうか」

「あまちんはぜってーしてるよ。てか、ちかみんがいるし」

「なんでそこで甘神が出てくるんだよ」

「……べーつにっ」


 神乃さんは何も言わずに菓子売り場に走り出すと、勝手に菓子を買い物かごに入れた。


「あまちんのおごり〜」

「なんでそうなる。余計なものは返してきなさい」

「えーっ、お願い、あまちんっ」


 神乃さんのわざとらしい上目遣いより、無意識のうちに寄せてしまっているその胸元に目が行く俺。

 いつしか純粋な目で女子を見れなくなっちまったんだな。


「分かった。500円までなら」

「わーい、ありがとあまちんっ」


 まったく、子どもかよ。

 神乃さんが買い物かごに菓子を入れる。


「さて、会計済ませてくるか」 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る