第17話 ロボットオタク、メロスのように

「……」


「……」


 しばしの間、イタい沈黙。


 回し車が回る音。

 オレの呼吸音と足音だけが聞こえる。

 沈黙に耐えられなくなって、肩で息をしながら口を開く。


「ど、どうしよう?」


「あ、ほら、足。足、止めれば、いいんじゃない?」


 フェーが、引きつった顔と声で言った。

 荒い息の中、オレはフェーに問う。


「止めたら、どうなると思う?」


「どうなるかしら?」


「あんまり、良い予感はしない」


「むしろ、イヤな予感しかしない」


「……」


「……」


 再び訪れる、イヤーな沈黙。


 回し車の回転速度が上がっていく。

 それに合わせて、懸命に足を動かす。

 動悸が激しい。

 体中から汗が噴き出す。

 着慣れないシースルーワンピースが、肌にまとわり付いて気持ち悪い。

 走りすぎて、横っ腹が痛む。

 足が重い。

 足に、乳酸が溜まっていくのが分かる。

 明日は、筋肉痛かもしれない。

 酸欠で、頭が痛くなってくる。

 喉が渇いて、口の中が鉄サビみたいな味がする。

 意識も、ぼんやり遠くなってきた。

 何でオレは、こんなに必死になって走っているんだ?


「も、そ、ろそろ、限っ、界な、けどっ……」


 回し車で走り始めて、十分以上経っていると思う。

 体感だから、もしかしたらもっと短いかもしれないけど。

 元々、運動音痴なオレが、そう速く長く走れるワケがない。


 ちらりと横を見ると、フェーの顔色が悪い。

 それが一層、オレを不安にさせる。

 この後、どうすればいいんだ?


 こんなことなら、ハムスターが回し車を回すところを、ちゃんと見ておくべきだった。

 今更、遅いけど。


「あっ!」


 ついに、足がもつれた。

 カッコ悪く、ハデに転ぶ。


「うわぁああああああぁああーっ!」


 しかし、回し車は止まらない。

 遠心力で、回し車の中を勢い良く回される。

 何回転したかなんて、数えていられない。


 その勢いでポーンとすっ飛ばされて、柵に叩きつけられる。

 ケージがガシャッと、大きな音を立てた。

 ぶつかった衝撃で、息が詰まる。


「――っ!」


「だ、大丈夫?」


「はぁっはぁっはぁっ……」


 慌てて、フェーが駆け寄って来た。

 オレは目を回している上、走り疲れて喋ることも出来ない。

 強く打った背中が、ズキズキと痛む。

 叩きつけられた格好のまま倒れているオレを、フェーが真っ青な顔で覗き込んでくる。


「怖いのね、回し車って」


 視線を移すと、回し車は無人のまま、カラカラと回り続けている。


「さっき、『やりたい』って言ったけど、止めとくわ」


 オレは呼吸を整えながら、頷いた。


 それにしてもハムスターは、どうやってあれを止めているのだろう?

 変なところで、ハムスターを尊敬してしまった。


 しばらく休憩してから、水を飲もうと立ち上がった。

 水入れは、一般家庭の浴槽並みにデカい。

 何だか風呂の水を飲むみたいで、あまりいい気はしない。

 これ、ちゃんと飲んでも平気な水なんだろうな?

 周りを見渡しても、残念ながらコップなんて物はなかったので、手で水をすくった。


「ぬるい」


 水温は常温だ。

 氷水が欲しいところだが、文句を言える状況じゃない。

 恐る恐る口に含んで、味を確認する。

 特に変な味はしない、ただの水だ。

 まぁ、考えてみればオレ達は大事な商品なんだから、毒を盛ることはないだろう。

 安心して、水をがぶ飲みしてようやくひと息吐いた。

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