第78話 ハンプール・エクスプレス


「いいお天気ですねぇ、じいさまや」


「そうだなぁ、ばあさまや」


「うふふふ」


「ほっほっほ」


 ――『オレンジ・ロック・キャニオン』に最も近い街、『ハンプール』。


 街の規模は決して大きくないが、街道に続く街として多くの商人たちが訪れ、賑わいを見せる場所。


 また荒野と青空という景観から観光地としても人気があり、そののどかな雰囲気から特にお年寄りに人気だ。


「やっぱりこの街はいいですねぇ。都会の喧騒から離れるには、『ハンプール』に来るのが一番。ねぇじいさまや」


「そうだなぁ、ばあさまや。こういう場所でゆっくり過ごして、しがらみに囚われず穏やかな時間を過ごしてこその老後だとも」


「うふふふ」


「ほっほっほ」


 お揃いの花柄アロハシャツを着こみ、なんとも平和なひと時を漫喫する老夫婦。


 実にまったりとして幸せである。


 しかし――


「た……大変だ――――ッ!!!」


 のどかな時間が流れていた『ハンプール』に、そんな叫びが木霊する。


「あら……? どうしたんでしょうね、じいさまや」


「なぁに、気にすることはないよ、ばあさまや。きっとまたジャッカロープが人参泥棒をしでかして――」



「ド、ドラゴンだぁ――ッ! ドラゴン・タートルが、この街に向かって来てるぞぉ――ッ!!!」



  ▼



「いやあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「フシュワアアアァァァッ!」


 もの凄い速さで逃げるディルクやアルベナ一行。


 そして怒髪天となって彼らを追い駆けるドラゴン・タートル。


 まさに死の追い駆けっこだ。


 唯一ディルクたちにとって幸いなのは、ドラゴン・タートルの移動速度があまり速くないことだろう。


 とはいえ、油断すればあっという間に追い付かれるが。


 ディルクは顔を真っ青にしながら、


「貴様ァ、どういうことだ! 立場を教え込ませれば言うことを聞くんじゃなかったのか!?」


「こ、こんなはずじゃあ……! あっしだってこんなこと初めてでさぁ!」


「あ、あ、あんた早くなんとかしなさいよ! 調教師テイマーでしょうが!」


「そ、そんなこと言われてもぉ……!」


「チィッ、この役立たずが!」


 堪忍袋の緒が切れたディルクは、腰から剣を抜く。


 そして無情にもジャンの足を斬りつけた。


「いっ、だァ……!?」


「フシュワアァァッ!」


 足を斬られて動けなくなったジャンに、ドラゴン・タートルが襲い来る。


 そして――巨大な頭部で、思い切り彼をぶっ飛ばした。


「うわらばあああああああああああああああああああッッッ!!!」


 ズガンッ!というとても鈍い音を奏で、姿が見えなくなるほど遥か彼方に飛んでいったジャンの身体。


 きっと重傷だろう。


「フシュウウゥゥ……」


 鞭を打った張本人を突き飛ばしたことで、一時冷静さを取り戻したドラゴン・タートル。


 巨体の進撃が、ようやく止まる。


「と……止まったか!?」


「ハァ……ハァ……。お、脅かすんじゃないわよこのクソドラゴン! あんた絶対タダじゃ済まさないから! パパに言いつけてべっ甲細工にしてやる!」


 ほっと一安心し、鬱憤を晴らすためにすかさず罵声を浴びせるアルベナ。


 ――が、それがいけなかった。


「…………ギロリ」


「「あ」」


「フシュワアアアァァァッ!」


「いやあああああああああああああああああああああああッッッ!!!」


「なにをしてるんだアルベナあああぁぁぁッ!」


 再びドラゴン・タートルを怒らせたことにより、死の追い駆けっこ再開。


 しかも今度の狙いは明確にディルクとアルベナの二人になった。


「ク、クソォ……! こうなったら、やはり衛兵が守る『ハンプール』に逃げ込むしかないか……!」


 もはや万事休すとなったディルクは、街まで逃げ込むことを画策。


 街を守る兵士たちにこいつを押し付けてしまおう――。

 そういう魂胆だった。


 被害も出るだろうが、たかが小さな街一つ。


 フェルスト家とビュッセル商会の権力を使えば、言い訳はなんとでもなる。


 街の住人? 建物?


 そんなの、どうなろうと知ったことか……!


 そう思っていたディルクだったのだが――



「そこまでだ! 残念だったな!」


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る