第25話


 眷族をイステカリア大森林に呼んでから一週間。

 レンはその間エスエリア領へは帰らずに屋敷周辺で過ごしていた。


「一回ぐらいまともにくらいやがれ!」


 現在、レンの目の前では元の姿に戻った——レンは魔人化と名付けた——ランザが、捻れた木々が立ち並ぶ不気味な森の中でナティアクタに弄ばれていた。


「元人間だかなんだかしらねぇけど、お前弱すぎ。」


 身体を雷へと変質させ、全速力で突っ込んだランザだったが、ナティアクタの暇そうな顔に拳を叩き込む直前で動きが完全に止まった。


「何回俺の糸に引っかかんだよ。目付いてんのか?」


 よく目を凝らすと、無数の糸がランザの体がを絡み取って、その動きを止めている。


「くそったれ!見えねぇ、切れねぇ、燃えねぇ糸なんて反則だろが!」


「お前が弱すぎるだけだろ。修行積んで出直して来いや。」


 動きを止められたランザの顔面に、ナティアクタの拳が突き刺さり、くるくると回転しながら吹き飛んでいった。


「……あいつ、これで全敗だろ?」


「まだ負けてねぇ!」


「いや、今負けた。」


 ランザを吹き飛ばしたナティアクタは、小指で耳を穿りながらレンの方に視線を向けた。

 そこに吹き飛んでいったはずのランザが雷を纏いながらナティアクタの死角に現れ、蹴りを叩き込もうとしたが、横から飛んできた糸槍に腹を貫かれてそのまま地面に縫い付けられた。


「かはっ……ちくしょう……」


「ランザ、そこまでだ。」


 レンは口と穴の空いた腹から血を流しながらも貫いた槍を引き抜こうともがくランザに終わりを告げた。


 その声を聞いてナティアクタが糸を消すと、ランザはそのまま力無く地面に背をつけた。


「これを飲め。森で取れた薬草から作ったポーションだ。効果があるか試してみろ。」


 レンはそう言ってランザに液体の入った瓶を手渡した。


 ランザがそれを一気に飲み干すと、腹に空いた大きな穴がぐちゃぐちゃと嫌な音を立てながら塞がっていった。


「ふむ。この程度の損傷なら回復可能か。」


「うぇっ……まじぃ……」


 先程まで腹に大穴が空いていたとは思えない様子で立ち上がったランザは、口元を押さえて吐き気を飲み込んだ。


 イステカリア大森林で取れた薬草から作ったポーションの効果実験を行った後、ナティアクタの部屋・・を後にしたレンは、その足でヴァイゼルの部屋へと向かった。


 部屋の扉を開けると、そこは純白の壁に囲まれた長い廊下が現れ、コツコツと足音を鳴らしながら進んでいく。

 数個の扉を無視して進み、突き当たりにある扉を開けて中に入ると、そこではヴァイゼルが筋力トレーニングに励んでいた。


 ヴァイゼルはレンが入室してすぐにそれを止め、流れ出る汗を拭き取った。


「ヴァイゼル、俺はまた少しここを離れる。俺がいない間、頼んだぞ。」


「承知した。今回は誰を連れて行くのだ?」


「フラウベルを連れて行く。次は連れて行くと約束したからな。」


「……承知した。」


 レンがそう告げると、ヴァイゼルの仏頂面が少し歪んだ。


「クックックッ……フラウベルも飽きたらすぐ戻ってくるだろう。そう寂しがるな。」


 ヴァイゼルはその見た目の通り厳格な性格をしているが、幼い少女の姿をしたフラウベルに対してはかなり甘い。

 この一週間の間にも、フラウベルを肩に乗せ、行き先を指示されながら共にイステカリア大森林の中を散策するのをレンは何度か目にしていた。


 その後、レンはフラウベルに声をかけ、喜び抱きついてきたフラウベルをそのまま抱き上げると、エスエリア領城の客室に転移した。


「きゃぁっ!」


 レンが客室へと転移すると、突然現れた人影に驚いたメイドが悲鳴をあげた。

 慌てて助けを呼びに部屋を出ようとするメイドに、レンはすぐに名乗って謝罪した。


「申し訳ありませんでした!」


 そのメイド——リナと名乗った——は、レンの名前を聞き、マグナルから伝えられていた客人だと分かると、頭を下げた。


「謝らなくていい。急に転移してきた俺が悪いからな。」


「ごめんね、お姉さん。びっくりさせちゃって。」


 レンの言葉にホッと胸を撫で下ろしたリナは、その腕に抱かれたフラウベルの可愛さに頬を緩め、『レン様が帰られた事、侯爵様にお伝えして参ります。』と言って部屋を出て行った。


 フラウベルの部屋の中を興味深げにうろちょろとしているのを見ながら暫く待っていると、マグナルが部屋を訪ねてきた。


「レン殿、こちらを。」


 室内に置かれた調度品を興味深げに見ているフラウベルをチラリと見たマグナルだったが、特に気にした様子もなく、後ろに控えていた執事に指示を出し、二枚の大きめのメタルと、ジャラジャラと音を立てる皮袋をレンの前に置かせた。


「これは?」


「此度の対価だ。受け取ってくれ。」


 『ふむ。』と言って一本の長いツノの生えた鯨よような生物が彫られたメダルに手を伸ばしたレンに、マグナルは説明を始める。


「まず、貴殿が持っているそちらのメダリオンは、陛下の客人だと証明するものだ。」


 レンに渡されたそのメダリオンは、シーガルド王国国王であるアーガイアからの贈り物である。

 意識を取り戻したアーガイアにマグナルがレンの事を伝えたところ、このメダリオンを渡すように手渡されたのだ。


「俺はその王とやらに会った事は無いのだがな。意識不明だと聞いていたが、回復したのか?」


「……陛下は丁度レン殿がここへ来た日に意識を取り戻した。陛下の言では、見知らぬ黒髪の青年を見たとの事だったが、未だその者の正体は判明していない。」


 マグナルは真っ直ぐにレンを見つめ、言葉を続ける。


「もし、レン殿がその者に会うことがあれば、礼を言っておいて欲しい。」


 そこで言葉を区切り、マグナルは深く頭を下げた。


「貴殿のお陰で陛下が、この国が救われた。本当に有難う。」


 レンは近寄ってきたフラウベルに『気にするな。』と一言告げてその頭を軽く撫でた。


「俺を伝令として使うか。中々いい度胸だな、マグナル。」


 ニヤリと笑い、そう言ってくるレンに、マグナルは苦笑いを溢した。


「……いや、済まない。伝言の件は忘れてくれ。」


「それで、こっちのメダリオンはなんだ?彫刻が違うようだが。」


 話を切り替えたレンは、そう言ってもう一つのメダリオンを持って見せた。

 そこには、下半身が魚の髪の長い女性。

 所謂、人魚のような生物が彫られていた。


「そちらは我がエスエリア家の客人である事を示すメダリオンだ。普段の街の出入りなどはそれを使ってくれ。陛下のものでは、少し大事になりすぎる事もあるだろうからな。……そちらの皮袋には金を入れてある。当分はそれで十分だろうが、足りなくなればまた言ってくれ。」


 レンは『ふむ。対価はしっかり受け取ったぞ。』といって、それらを自分の空間庫ストレージに収納した。

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