第13話


「おい、貴様はいつまで寝ているつもりだ。早く起きろ。」


 軽蔑を隠そうともしないその声により、ランザは意識を覚醒させた。

 グッと伸びをした後、目の前で腕を組みこちらを見下ろす黒騎士に視線を向ける。


「レイナイトさんか……。すまねぇ、かなり寝ちまってたようだ。」


「仕えるべき主人に気を遣わせるな愚か者めが。……食事だ。早く来い。」


 ふんっと鼻を鳴らし、レイナイトは竜車を降りて行った。


 あの後、かなり深く寝入ったランザは道中何度かあった休憩の時間も起きる事はなかった。

 レイナイトは叩き起こそうとしたが、レンは『修行の疲れが出たんだろう。今はそのままにしておいてやれ。』と言ってそれを制止した。


 ランザが竜車を降りると、日が沈み、夜の静かさが辺りを包んでいた。


「ランザ、起きたか。食事は出来てる。早くこっちに来い。」


 レンに促され、そちらに向かう。


「すんません、旦那。気使わせちまったみたいで。」


「気にするな。お前が寝ていても特に問題はない。」


 ぶっきらぼうに放たれたその言葉に、ランザは『ツンデレか?』と思わず笑ってしまった。

 レンから訝しげな視線を向けられながら、空いた椅子に腰掛けるランザ。


「まさか野営でテーブルに着いて飯を食う事になるとはなぁ……」


「えぇ、私も初めての経験ですよ。」


 レン達は今、進んでいた街道の脇に造られた野営地にいる。

 野営地といっても簡単に整地されただけのだだっ広い広場のような場所だ。


 ランザが周囲を見回すと、少し離れた場所に冒険者や商人と思しき集団が、ポツポツと点在しているのが見てとれた。

 やはりテーブルと椅子がセッティングされ、そこで食事を行おうとしている光景が珍しいらしく、チラチラとこちらを見ているのがわかる。


「まぁ気にする必要はねぇか。どーせこっちにはこねぇだろ。」


「ん?何故だ?」


 レンは目の前に置かれた分厚いステーキをナイフで切り分けながらそう聞いた。


「こういう場所では離れて野営するのがマナーなんだよ。相手が誰だか分からねぇのに、近くにいたら気が安まらねぇだろ?もしかしたら野党の類かもしれねぇってな。だから、知り合いか、もしくは余程のバカじゃねぇと近寄らねぇよ。」


 『他の誰かが襲われても逃げだせるようにってのもあるんだけどな。』とランザは続けた。


 野営において最大の脅威といえるのは、闇夜に紛れて襲ってくる野党や魔物といった存在だ。

 離れた場所で野営していれば、他の誰かが襲われた時にそれを囮にして逃げ出せるかも知れない。

 そういった考えもあるらしい。


 ランザはそう説明してから、目の前に置かれた肉に齧り付いた。


「うめぇ……」


 レイナイトを除く三人は雑談に興じながら食事を進めていく。

 レイナイトが食事を取らないのは出会った時からなので誰も気にしないし、会話にもあまり混ざらない。時折相槌を打つ程度だ。


 テーブルの上いっぱいに用意された料理の数々がどんどん減っていき、その7割程が三人の胃袋に消えた頃——


「はぁ……。旦那、余程のバカが居たみてぇだ。」


 ランザが大きなため息をついてそう言った。


 レンはランザがフォークを置き、立ちあがろうとするのを制止して、こちらに向かってくる人物に目をやった。


「……ご歓談中、申し訳ありません……」


 少し距離を置いて立ち止まり、か細く小さな声でそう声をかけてきたのは、小汚い衣服に身を包んだ森人エルフの女だった。

 長い耳、緑の目に同じ色の髪は森人エルフ特徴だとミカルドに教えられていた。


 レンはすぐには答えず、その森人エルフの女をまじまじと見た。

 頬はこけ、目に生気はなく、長い髪はボサボサ。そして何より首につけられた首輪に目がいった。


「奴隷か。」


「はい、あれは以前お伝えした奴隷の首輪です。恐らく、彼方の方々の奴隷なのでしょう。」


 ミカルドの視線の先には、遠くからチラチラとこちらの様子を伺っている五人の男達の姿があった。


「あいつら、冒険者か傭兵だろうな。」


 レンはランザの言葉に『そうか。』と一言だけ返し、何処を見ているのか分からない女性の目を見て口を開いた。


森人エルフは魔法に長けていると聞いたが、確かにその様だな。魔力量が多い。」


 レンの言う魔力とは、魔法を行使するのに使うエネルギーのような物だ。

 魔力量が多いと言う事は、それだけ強力な魔法を使えるという事になり、魔法使いにとって重要な要因となる。

 これは才能によるところが大きく、森人エルフは総じて魔力量が多いとミカルドから聞かされた。


 ちなみに、体外にある空気中を漂うものを魔素と呼んでいるが、その明確な違いは分かっていない。


「それで、何の用だ?」


「……少しばかり、お食事を分けては頂けませんでしょうか……」


 レン達の食事は野営とは思えない程豪華な物だ。

 ミカルドもランザも、その気持ちは分からんでもないとは思ったが、やり方が気に入らなかった。


「痩せこけた奴隷が頼めば、対価も無しに恵んで貰えるとでも考えたんだろ。」


「最悪、相手を怒らせてもそちらの方が勝手にやった事にしてしらを切るつもりでしょうね。」


 二人は奴隷の主人だろう男達を睨みつけた。


「構わん。レイナイト、席を代わってやれ。」


「畏まりました。……おい、ここに座れ。」


 レイナイトは席を立ち、女にそこへ座るように命令する。

 だが、女は動かずじっとしている。


「遠慮せずに【座れ《マリオネット》】。」


 レンがそう口にすると、女はフラフラと歩き出し、レイナイトが譲った席に着いた。

 表情に乏しかった顔が強張っている。


「旦那ってなんでもありだよなぁ……」


「まぁ大抵のことは出来るだろうな。」


「不思議な事に、貴方が言うと嫌味に聞こえませんね。」


 二人は苦笑いしながらレンを見た。


「焦らず食べろ。食料には困っていないからな。」


 魔力の籠ったレンの言葉に従って、女はゆっくりと食事をとり始めた。

 その様子をみて、ランザはニヤリと笑った。


「自分で頼みにくりゃ食べれたかもしれねぇのに、バカな奴らだ。」

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