第11話


 レン達が強引に船に乗り込んで来てから二ヶ月が経過した。

 船に乗せる対価として提供された食材により、食事事情が大きく改善され、至極快適な船旅となった。

 そのおかげもあってか、レンと団員が仲良くなるのにそう時間は掛からなかった。


「レン様!おはようございます!」


「あぁ、おはよう。」


 与えられた船室から出たレンは、団員に軽く挨拶を返して甲板へと向かった。

 甲板に着くと、その中央付近に見るからに不気味に雰囲気の扉がポツンと置かれており、レンは躊躇する事なくドアノブを捻りその扉を潜った。


「ふむ。随分マシになったな。」


 扉を潜ったレンの姿は、真っ黒な壁に囲まれた大きな広場にあった。

 何もない無機質な空間で、眩い光と共に雷鳴が轟いたと思ったら、次いで激しい衝突音が聞こえてきた。


 レンが作り出したその空間の中で行われていたのは、ランザとレイナイトの激しい戦闘だ。

 人の姿ではなく、本来の姿に戻ったランザは、長槍を携えたレイナイト相手に全力でぶつかっていく。


「ここまでか。」


 雷となって瞬時にレイナイトの背後をとったランザは、そのままの勢いで後頭部に拳を放つ。

 だが、その一撃は首を傾けるだけで簡単に避けられ、空いた腹に振り向きざまに振り抜かれた槍の一撃を喰らい吹き飛ばされる。

 地面を数度跳ねながら転がっていったランザは、その勢いのまま壁に叩きつけられ地面に倒れ伏し、動きを止めた。


 レイナイトはレンが来た事に気付いていたようで、倒れ伏すランザに見向きもせずにこちらへ向かって来た。


「どうだ?随分マシになったようだが。」


「まだまだです。あの程度でレン様の眷族を名乗るなど許されません。」


 レイナイトの辛辣な評価に、レンは苦笑いを溢した。


「まぁそう言ってやるな。お前に一撃を与えたんだ。かなりの成長じゃないか。」


 レンの視線の先にあるレイナイトの右腕には、バチバチと音を立てて雷が絡みついており、それはレイナイトが最後に放った一撃を受ける瞬間に繰り出したランザの攻撃が届いていた証拠だった。


「……お恥ずかしい限りです。」


 レイナイトのその声音から、悔しさありありと感じ取れた。

 レンはレイナイトの頭部を覆う兜の奥に、悔しさに歪む顔を幻視し、クツクツと肩を揺らして笑った。


「お前には物足りない相手かもしれないが、もう暫く修行を付けてやってくれ。」


「お任せ下さい。」


 レイナイトは胸に手を当て、鷹揚に頭を下げた。


「あぁ、やはりここにいましたか。」


 レンがその声を聞き振り返ると、扉を開けて顔を覗かせたミカルドの姿があった。


「レンさん、見えてきましたよ。」


「ついにか!」


 レンは嬉しそうに笑顔を浮かべ、ミカルドが開けた扉を通り外へと出た。


「あれが私の生まれ故郷、シーガルド王国が誇る海の玄関口、クウォリタル港です。」


 ミカルドが指し示した先には、沢山の船が行き交う巨大な港が存在した。


「凄いな……。」


「そうでしょう?我が国はその大きさこそ中規模ですが、あの港のお陰で大国にも劣らない程栄えているんですよ。」


 誇らしげに語るミカルドに、レンは優しい笑みを向けた。


「いい国なんだな。」


「……えぇ、そうですね。少なくとも私はそう思っています。」


 レンの視線を受けて、ミカルドは少し照れ臭そうに頬を掻いた。




◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 港に辿り着いたミカルド率いる調査団は、おそよ半年に渡る航海を終えて船を降りた。


「これが、人間の国か……。」


 船を降りたレンは、グルリと辺りを見廻しながらそう呟いた。


「ようこそ、とか言った方がいいか?」


 顔の上半分を覆い隠す不気味な仮面を付けた大柄の男が、レンに向かってそう言った。


「そう言えば、お前はこの街の出身だと言っていたな、ランザ。」


 レンが言った通り、この仮面を付けた男はランザである。

 ランザは未知の島で遭遇した魔物と戦闘になり、そのまま行方知れずとなった。ミカルドの提出する報告書にはそう記される事となった為、仮面を付けて素顔を隠す事にしたのだ。

 この仮面はレンの作った魔の気配を隠す為の魔道具でもあり、未だ魔の気配を完全に消すことのできないランザにとって必需品となっている。


 レンは仮面なんて付けていたらかえって目立つんじゃ無いかと疑問に思ったが、仮面を付けた冒険者も存在するそうだ。

 『まぁそんなに多くねぇから目立つっちゃ目立つけどな。』と言われ少し不安に思ったが、ランザはレンが思ってるより有名人らしく、仮面を付けてる方がまだマシらしい。


 ちなみに全身鎧はそこそこ居るらしく、レイナイトに関してはそのままでも特に問題は無いと言われた。


「皆さん、お世話になりました。」


 船を降りたミカルドは調査団の皆に向けて深く頭を下げた。


「こちらこそ、世話になったな。」


 バスターはそう言って右手を差し出し、ミカルドと握手を交わした。


「レンさんも世話になったな。あんたのお陰で俺も随分成長できた。感謝する。」


 レンが船に同乗する事となった数日後、バスター達四人の冒険者はランザが修行を付けてもらっていると聞いて、自分達もとレンの元に頭を下げに来た。

 それを了承したレンは、初めランザと同じくレイナイトに丸投げしたのだが、加減を知らないレイナイトに半殺しにされたバスター達の姿を見て、流石にまずいと判断し自ら修行を付ける事となったのだ。


 約二ヶ月と短期間ではあったものの、圧倒的格上であるレンとの修行はかなり充実したものとなった。


「船に乗せて貰った対価を払っただけだ。」


 レンは手を軽く振って『気にするな。』と告げた。


 バスター達冒険者組は、レンから死んだ冒険者達の遺品を受け取ると、再度お礼を告げて去っていった。


「それでは、私達も行きましょうか。」


「あぁ、そうだな。また暫く世話になるぞ、ミカルド。」


 実はこの港に着く直前、レンはミカルドからとある相談を持ちかけられていた。

 それは、実家のあるエスエリア領に一緒に来てくれないかという内容だった。

 レンは特に理由を聞く事もなく、二つ返事で了承したのだった。


「では、私に付いて来てください。まずは船舶ギルドに行って諸々の手続きを済ませてしまいますので。」

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