第10話 血の色の似合う女の子
一矢は招集に応じた椿とタクシーに乗り込み、目的地へと向かっていた。
椿は目を閉じて黙っているので、一矢はスマートフォンをいじって調べものをしている。
ヴァルキリー。北欧神話において戦場で死んだ戦士の魂を“ヴァルハラ”へと送り届ける存在。一矢がゲームや漫画などで得た知識ではこの程度の理解だった。
しかし現実のヴァルキリーというのは、高位の死神として死神たちの“管理”をする者のことを指すらしい。
椿への借金返済の一環として行っている闇医者アオイの実験協力の最中に、事前に色々と教えてもらった。
アオイに言わせると、一矢のような死者が、一時的に蘇生した中で死神に転生したケースは例外中の例外のようで、一般的に死神というのは人間の身で何かを成し遂げた者が力を与えられてなるものなのだそうだ。
そしてその過程で人間は一度死に、死神として生まれ変わるのだという。
一矢はアオイの言葉を思い出す。
「つまり伝承のように死んだ戦士の力を認めるのではなくて、力を認めた者を殺して管理下に置く真逆の存在ってわけ。わかる?」
そして日本にいる死神たちを管理しているヴァルキリーは三人。
どうやら日本は全体的な信仰心というものが希薄で、死者として居心地がいいらしいんだとか。
そしてヴァルキリーたちは半ば機械的な判断で強いと認めた人間を死神にしているそうだ。そのおかげでスペクトルを倒した一矢は死神として転生を果たせたわけだった。
「お客さん。着きましたよ」
タクシーが止まる。目を開けた椿が会計をして、二人は外に出る。
スマートフォンの画面に夢中でどこを走っているのか見ていなかった一矢は、その光景に驚愕する。
誰もが一度はニュースで見たことのあるであろう建造物。国会議事堂の目の前にいたのだ。
「本当にここであってます?」
「あっているが。言わなかった?」
今さらながら、そもそも権能なしの新米死神である一矢に招集はかかっていたのだろうかと彼は疑問に感じ、問う。
「あの猫、俺には何も言ってませんでしたよね。俺来る必要ありました?」
「あるに決まってる。お前の中に残留した赤口が剥奪されたらどうする」
そういうことか。と一矢は納得しつつ、妙に気乗りしていなさそうな椿に質問を続ける。
「一人で来るのが気まずかったんじゃ?」
「当たり前だ。死神狩りが死神の集会に歓迎されるはずがないだろ」
暗示をかけられた警備員の横を通過しながら潔く認める椿。
なるほど。と一矢は改めて納得する。
正門から中に入ると、通路上に紫がかった色の靄がかかっているのが見える。
「あれは?」
「集会場所に繋がるゲートだ。議場に入れるとでも思ってたのか? 変な空間で一方的にヴァルキリーからのありがたいお言葉を聞かされるだけだ」
ゲートを抜けるとそこは確かに“変な空間”へと繋がっていた。
そこは広くて真っ白い空間。おかしいのは上下左右、前方後方の全ての壁に人が、いや死神が立っているということだ。
重力はそれぞれの壁にしっかりとかかっているようで、上から誰かが落ちてくるということはなかった。
“共食いツバキ”は死神たちの間では有名な存在のようで、二人の転移した場所からサッと死神たちが距離を取り、二人を中心としたドーナツ状の空間ができる。
一矢が周囲を見渡すと、全ての壁を埋め尽くしそうな数の死神が集まっている。これらの全てが何らかの強力な権能を持っているのかと思うと悪い夢でも見ているかのような気分になる。
「……随分なご挨拶だな」
椿は集められた死神の数に少し面食らった様子。
「お前以外は真っ当な死神だ。興味があるなら好きに話でもしてこい。私は遠慮するがな」
恐れつつも他の死神と話してみたいという欲求が漏れ出ている一矢に告げ、椿は懐から取り出した呪符のような物を使ってその場から姿を消した。
「思ってたより気まずかったんですか?」
「うるさい」
何もないところから椿の声だけが聞こえた。
人混み、いや死神混みを通り抜けながら一矢は死神たちの姿を観察する。中世ヨーロッパ風のコートを着込んだ者や、武士のような姿の者、果ては霊体のように揺らめく実体のない者すらいた。
椿とスペクトル以外の死神を見るのは初めてだったので、一矢は興味津々だ。
(あまり怖くなさそうな死神に話かけてみようか)
彼があたりを見まわしていると不意に後ろからぶつかられた。
振り向くと一矢にぶつかり転んでしまった女の子姿の死神がいる。
それは被った赤いフードが特徴的な、見た目だけなら一矢よりも一回り年下に見える少女。
「ご、ごめんなさ……」
少女は今にも泣き出しそうな表情を見せた後、深々と頭を下げる。
(この子なんかパッと見だと怖くないよな……行くか)
「ごめん。俺もキョロキョロしてて、立てる?」
「うん。大丈夫……」
「あのさ、よかったら少し話さない?」
フードの少女は驚いたように一矢の顔を見る。
「わ、わたしとお話したいの……? でもわたし、お友達とはぐれちゃって……」
「歩きながらでもいいよ。俺も探すの手伝うから」
少女の不安そうな表情はパッと明るくなった。
「え、あの、ありがとう……! わたし、レッドフード。あなたは?」
「俺は天ケ瀬一矢。レッドフードさん、ちゃん? まあいいや、お友達はどんな格好?」
「ちゃんでいいわ。あのね、お友達は金髪の兄妹なの。見ればわかると思うわ」
レッドフードと名乗る少女は一矢に心を開いてくれたようだ。
が、一矢は彼女の周囲からいつの間にか死神たちが離れていくのを見て失敗したと感じた。
きっと椿と同じ、死神にとって何か訳ありの少女なのだ。
「レッドフードちゃんはどのくらい死神をやってるの?」
レッドフードがどんな死神なのか少しでもヒントを得られないか探りを入れる一矢。
「あんまり言うなってお友達は言うけど、カズヤさんはいい人だから教えてあげる……! 千年くらい、かな?」
「千年!? すごいんだね……!」
おどおどしているが訳ありで千年級の死神。一矢は声をかけたことを深く後悔した。
「大したことないよ……お友達の方がずっと頼りになるし、わたし、すぐ泣くし……」
すると突然白い部屋全体が暗くなり、中心部の空間が照らされる。
「あ、始まっちゃった……後で怒られる……」
「始まるって、何が?」
西洋風の甲冑を着込んだ三人組の女たちが空間の中心部に転移してきた。三人はそのまま空中で静止している。
「ほら、ヴァルキリーさまのお話……」
(あれが、俺たちの管理者……)
すると、三人の中心にいる凛とした佇まいをした長身のヴァルキリーが高らかに宣言した。
「貴様らの管理者である三姉妹が長姉、ヴァルキリー・ジークルーネの名の下に告げる! 世界に反逆する死神たちを征伐せよ! その中の一人は愚かにもこの場にいる! 皆の前で懺悔させる故、捕えてみせよ!」
カッと光が差し、一人の死神が照らされる。黒いローブを着込んだ死神で、顔はうかがい知れない。そしてその死神はレッドフードと一矢のすぐそばにいた。
次の瞬間。目にもとまらぬ速さで鋭く踏み出したレッドフードが、一メートルほどある大きなハサミで黒ローブの死神の腹部を突き刺していた。
(嘘だろ……?)
一矢がジークルーネの言葉を聞き終え、光の方向を見た瞬間には既に勝負はついていた。
気弱そうでも千年級の死神というのは伊達ではない。
スペクトルを遥かに上回る単純な暴力に一矢は本能的な恐怖を覚えるのだった。
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