第29話 先輩

「わ、私はお兄ちゃんだけに見てもらいたくて」

「好きだか……バカ!!」


 昨日いわれたその言葉が、頭の中で何度も何度も流れた。


「はぁ、なに気にしちゃってんだよ俺」


 深読みしすぎなんだよ。

 ため息を吐きながら俺は柵にもたれかかった。


 時刻はお昼の時間。俺は学校の屋上で、1人くつろいでいた。

 手に持っているのは、いつものジャムパンといちごオーレ。

 俺は2つを交互に食べながら、昨日のことを思い出していた。

 しかし、思い出せば思い出すほど、ため息しか出てこなかった。


「まぁ、たしかにそうなんじゃないかと思う時もあったけどさ」


 やたら俺に絡んできたり、エロい絡み方をしてきたり、思わせぶりな発言をしてきたり……違うと思いたいけど、そうなんじゃないかと思わられてしまう。


「(相手はあの人気アイドル星夜 いすずなんだ。俺なんかを相手にするわけないだろ)」


「わ、私はお兄ちゃんだけに見てもらいたくて」


 それなのに、あんなことをいうか普通。


「いすずが、俺のことを好いているか」


 そこまで考えたけど、俺のことを好きになる要素が全くないことに気がついた。

 だって俺は普段から妹としてしか接してないし、それのどこを好きになるんだ。


「まさか」


 たまにいすずがからかってきたのを、からかい返していたことがある。いすずはよく嬉しそうな顔をしていたし……いすずはドMだったので、それが俺のことを好きになる要素だったのかもしれない。


「つまり、俺が仕返しをしなければいいのか?」


 そしたらいすずは、俺のことを飽きるかもしれない。で、"兄妹"としてこれからも過ごすことができるんじゃないか! ナイスアイディアだ、俺!!


「何がナイスアイディアなんだ?」

「えっ?」


 気がつけば俺しかいない屋上に、誰かが佇んでいた。

 長くキレイな髪を風になびかせ、赤い瞳は俺を捕らえて離さない。見た目はとても美しく、芸術品のようだった。

 俺はこの人を"知っていた"。


「なんで、あなたがここに居るんですか?」

「いちゃ悪いか? ここは自分のテリトリーなんだが」

「まぁ、あなたからしたら学園全部がテリトリーなんじゃないんですか?」

「そうともいえるな」


 あははっと笑う女性。

 彼女の名前は柊 琴美さん(ひいらぎ ことみ)。俺の通っているひいらぎ南学園の生徒会長をしていて、俺の一つ年上の先輩だった。


 琴美さんは俺の隣に座ると、ニコッと笑った。


「また、悩みがある顔をしているな青年。自分が話を聞いてあげようじゃないか」

「いえ、べ、別にないですけど」

「本当か? 顔に悩みがありますって書いてあるが」

「書いてませんって!!」

「あはは、冗談だ。まぁ、いつもみたいに話なら聞いてやるぞ? 本当に困ってるんだろ?」


 琴美さんは顎に手を当てながら、俺にそう言ってきた。この人が言うように、俺はよくこの人に相談をしていたのだ。

 けど、この相談ごとはいつもの相談内容と違っている。だから話すのもどうかと思った。しかし誰かに話をして、話をまとめたい俺もいて。


「実は、友だちの話なんですが」

「お前に友だちなんて居たのか」

「居ますよ!! とにかく友だちの話なんですが」


 俺は琴美さんに、いすずとのことを話した。

常日頃からからかってくることや、エロい絡み方をしてくること、思わせぶりな発言をしてくることについて。


 そこまで話を聞いた琴美さんは、ふむふむと頷いた。


「まぁ、結論から言おう」

「は、はい」

「どうみても、その兄のことが好きだろ」

「で、ですよね」


 やっぱり琴美さんでも、そういう結論になったらしい。


「逆に驚きなのは、よくその兄が好意に気が付かなかったな」

「うっ」

「よほど鈍感といえるな。妹があまりにも可愛そうに思えてしょうがないのだが」

「うっ」


 グサグサと琴美さんの言葉が、容赦なく突き刺さっていく。まぁ、たしかに気が付かなかったけどさ。よくいすずからは、鈍感って言われてたけどさ。


「で、悩みというのは?」

「はい、悩みがどうしてお……その兄を好きになったのかってことですね。正直に言ってしまうと、その兄のことを好きになる要素がないと思うんです」


 それなのに、どうして俺のことをいすずが好きになったのか分からなかった。


「はぁー、やはりお前はバカだな」

「えっ?」

「バカ過ぎて、話にならない」

「ど、どういうことですか?」


 琴美さんはチッチッと言うと、俺に向かって言った。


「人の恋するタイミングなんて、分からないんだ。一目惚れって言葉があるくらいだしな。だから、なんで俺のことを好きになったか? なんて考えるな。好きになったもんは、好きになったんだろう」

「た、たしかに」

「そんなことより、今後お前はどうしていきたいんだ。それを考えるべきだ」


 今後どうしていきたいか。

 そこまで言われて簡単に答えを出せなかった。


「そんなに悩むんなら付き合ってみればいいんじゃないか? 血の繋がりはないんだろ?」

「で、でも、俺は相手のことを、恋人にしたいくらい好きじゃないんですよ」

「別に世の中のカップルが全員両思いから始まる訳ないだろ。付き合って見たら、好きだってなるパターンだってあると思うしな」

「……でも」

「やれやれ、お前の中にはまだ"あのこと"があるようだな」

「っ!」


 それを言われてハッとした。

 言えなかったのではない、俺の中ではもう答えが出ていたのだ。


「本当は、答えが出ているんじゃないか?」

「……はい、俺の中ではもう答えは出ていました」

「そうか、ならそれでいいんじゃないか?」


 琴美さんにそう言われて、俺は頷いた。


「まぁ、昔馴染みからのアドバイスとしては、そんなに昔のことを深く考えなくていいと思うぞ? 過去は過去なんだからな」

「でも、俺は彼女と兄妹になる時に決めたんです。"今度こそは立派な兄"になりたいって」

「そうか」

「だから、俺はこれからも彼女とは兄妹で居続けたいって思います」

「そうか、お前がそうしたいのならそうすればいいさ」


 琴美さんは俺の手からいちごオーレを奪い取ると、ジューっと飲み干した。


「やっぱり、ここのは甘すぎるな」

「だから、いいんじゃないですか」

「やれやれ、相変わらず甘党みたいだな」


 ポイっといちごオーレの殻を投げ渡すと、「お代は頂いた」っと言って笑った。


「じゃあ、また何かあったら連絡してくれ。どうなったか、聞きたいからな」

「はい、ありがとうございました」


 そういうと琴美さんは手をヒラヒラと振り、そのまま去っていった。

 琴美さんのおかげで、どうやら悩みも片付いたようだ。


「俺はこれからも、いすずに兄として接しよう」


 だってあの日、「お兄ちゃん」と呼ばれた時から俺はこの子の兄になろうって決めたのだから。



 いつものように、家に帰る。


「お兄ちゃんおかえりなさい!」


 すると、家にはいすずが居た。どうやら今日は先に帰ってきていたようだった。


 パタパタと駆け寄ってくる妹の姿に、嫌な予感を感じた。


「お兄ちゃんのかわいい妹が迎えに来たよ? 嬉しい? 嬉しいでしょ?」

「ハイハイ、うれしいです」

「もう、感情がこもってないなー」


 プクーッと頬を膨らませながら、いすずが怒り出した。


「そういう時は、嬉しいとかいうもんだよ!」

「ハイハイ」

「流さないでよー」


 ポカポカと叩いてくるいすずに、俺は話を変えるためにポストにあった封筒を渡した。


「なにこれ、お兄ちゃんからのラブレター?」

「違うって! ポストにお前宛の封筒が入ってたんだよ」

「誰からだろう? 開けてみよ……っ!」


 封筒の中身を見たいすずは、驚いた顔をしていた。


「いすず、どうしたんだ?」

「な、なんでもない! 私部屋に行くね!」

「あっ」


 いすずは、それだけ言うと部屋に戻ってしまった。

 一体どうしたんだろう?

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