第26話 トイレは自分で流したい
深夜にふと目を覚ます。かすかな音がする。シャーシャーシャァン……。水音? ここは旅先のホテル。旅行は好きだし唯一の贅沢なのだが、なんせ気が小さいので夜が怖い。この部屋大丈夫? 何も出ないよね…という怖さである。夫は安らかな寝息をたてている。仕方がない。私はゴソゴソとベットを下り廊下に出た。
そぉーと浴室のドアを開ける。音はしない。何か見えると怖いから慌ててドアを閉める。次は廊下の突き当りのトイレ。このホテルは浴室とトイレが別で嬉しい。またもへっぴり腰でドアを開ける。開けた瞬間、パッと灯りがつき便器の蓋がサァと上がる。最近、見かけるようになった全自動?トイレである。用を済ませ腰を上げると自然に水が流れ、蓋まで閉まる。しかし、である。ドアの横にある小さな手洗い用のシンクにシャーシャーシャァン…水が流れていた。
霊現象でも故障でもない。犯人は私である。寝る前にトイレに行って蛇口をひねって手を洗った。ひねった蛇口は閉めねばならぬのに自動で閉まると思い込み、私が眠っていた数時間、水は流れ続けていた。
トイレ自動化の目的は身体の不自由の方への配慮とか、流し忘れを防ぐとか、節水節電、汚れた手でベタベタ触らないってところだろうか。だが、とかく易きに流れる私なぞは自動で流れるだろう、止まるだろうと思って流し忘れたり止め忘れたり…してしまう。流し忘れは火が出るほど恥ずかしいし、止め忘れは家計に火をつける。
節電では笑えないところで笑ってしまったことがある。檀家となっている寺で法事をお願いした。会場の片隅にトイレがあるのだが、電灯のスイッチはなく(これがまず高齢者を混乱させる)人が入ると自動的に灯りがつく。だが、どういう仕組みかは知らないが、しばらくするとパッと消えてしまう。窓がないので真っ暗闇。トイレットペーパーの位置もわからない。そこで被害にあった人は皆、便器に座ったまま両手を高く上げ、手の平をヒラヒラさせて踊り出す。センサーが上にあるように思うのだ。喪服を着たじい様ばあ様が次々とその話をする。その姿を想像して私は法事の席で笑いをこらえていた。
コロナ騒動もあって清潔な手が求められている。汚れた手で触らぬようにと自動になっているのかも知れないが、ならば最初と最後の
トイレは自分で流したい。身体の都合も頭の都合もよくて流せる限りは、自分で流したい。自分の意志で流したい。生きているって感じがする。旅に出るとトイレの話で生きるって言葉が出てきた。いいなぁ旅は。
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