第21話 眠れぬ夜に
最近、眠れない。正確に言うと寝つきが悪い。2時間、ときに3時間かかる。寒いとか暑いとか、痛いとか痒いとかではない。有り難いことに雨露をしのげる家があり介護のために起きる必要もなく、おなかもすいていない。悩みは……たいしてない。悩みを正直に書くと苦労している人から蹴飛ばされる。最近増えたシワとシミ、あのお高い化粧品を買っちゃおうかなと考えているのだから。
とにかく眠れない。恵まれていることはわかっていて、これで眠れないのはおかしいと思っている。それに眠れなくても困ることはない。だって仕事に行かなくてもよいし、一世一代の試験があるわけではない。
パソコンで調べて効果がありそうなことは何でもやってみた。朝日を浴びる。昼間は適度に身体を動かし、夜はカフェインとブルーライトに注意する。1日の全てが夜眠るためにあるようで緊張が高まっていく。リラックスするための体操、呼吸法は覚えるのがなかなか大変で、ちゃんとできているのかと緊張する。眠りに誘うお茶はトイレに行きたくなる。
何をやっても眠れない。そこで布団のなかで考えた。この時間、眠りが訪れるまでの2~3時間を意義あるものにしよう。月日が経つのが早いと感ずる今なら、1日を振り返る。物忘れが始まった今なら、毎朝習慣にしている朗読「1日1話」の内容を思い起こす。う~ん、なかなか思い出せず頭がギギギィとまわり出し、余計に目が冴える。
なぜ眠れないのか。実はうすうす気がついていた。若いころから仕事の心配をして眠れないことがよくあった。だが、今日眠れないと明日はぐっすり眠れるからと自分を慰め、実際に眠れていた。だが今は一昨日も昨夜も、と続く。そうなると布団に入る前から「今夜もきっと眠れない」という確信ともいうべき感情が沸き起こる。これが原因なのだ。
小学生のころ、体育の時間に跳び箱なるものと出会った。これには参った。どうやっても跳べない。跳べなくても私は構わない。ほっといてくれたらいいのに先生が私だけのために異様に低くする。皆の注目が集まり同情に満ちた頑張ってぇと、これ位さっさと跳べゃという冷笑のなかで走り出す。走り出しても跳び箱の前で止まるかのようにスピードが落ちる。跳べる気がしないのだ。跳べないと思ってしまう。そして当然、跳べない。
これと似ている。跳べないと思ってしまうと跳べない。眠れないと思ってしまうと眠れない。う~ん、思いが身体を支配する。ただ眠るだけなのに積年の思いの力には恐れ入る。あぁそうだ。この思いの力をプラスの方向に生かしたらどうなのだろう。振りかぶって言えば、私の人生は私の思いの力で決まる。私の人生航路の船長は私なのだ…。今更、気がついてもなぁと思う。前話「言い訳を…」と同じセリフだ。
人生に関わる大切な気づきを得た朝に夫に言われた。
「眠れないっていうけれど、寝ていたよ。大丈夫だよ」
「寝たふりだよ。せめて目を休めようと思って」と私。
「だって声をかけても返事しなかったよ。
昨日なんか俺、トイレに3回も起きたけど、いびきかいて寝ていたよ」
「えぇーそうなのぉ、私」
「眠れない夢でもみているんじゃないの。
昼間、元気じゃないか。大丈夫だよ」
「うん、元気だよ私。今眠くない…」
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