第10話 あめんぼは太りました
ピピピィと目覚ましが鳴る。まずトイレに行く。水をぐっと飲みたいが、ぐっと我慢して体重計に乗る。ピピィと鳴って数字が出る。ほっとする。まだ大台には乗っていない。齢とともに丸みを帯びて、ここでキープ!と思う大台までわずか150グラム、いずれ突破するのは目に見えているが、今日はセーフ!と手をひろげる。
リモートワークという言葉が現れ少し経ったころ、ひと月に1キロ太るという恐ろしい噂が聞こえてきた。1年に12キロ。リモートどころか仕事を辞めた私は、来年には「久し振り」と元同僚に手を挙げたら、首を傾げられてしまう。
私は子どものころ、あめんぼとからかわれていた。手軽に調べられる今、あめんぼを画像検索したら、うーん?となったが、わかりやすく言えば、サッと丸を描いて頭、チャチャと線で身体を描いたような、やせっぽっちで身が薄く棒のような手足の子だった。食が細く給食が全部食べられない。当時は食べきるまで残されたが、時間があろうが怒られようが、食べられないものは食べられない。そのうちに泣きだす。しゃくりあげて息が苦しい。人は泣きながらものは食べられない。
給食といえば、牛乳が出てくる前は脱脂粉乳というものだった。大きなバケツになみなみとクリーム色の液体、薄く膜が張っている。給食係が大きなお玉でアルマイトのお椀によそっていく。これが飲めない。翌年には牛乳に代わったが、牛乳も飲めない。牛乳を飲まないと大きくなれないよと言われ続けた。
脱脂粉乳は敗戦国の日本に米国が供給してくれたそうだ。そのための視察か、或る日、米国の方かユニセフの方か取材陣がいらした。カメラマンに耳打ちされた先生に手を引かれて、私だけポツンと立たされた。羽織っていたカーディガンを脱がされ、写真を撮られた。やせた手足の写真を撮りたかったのかな。
給食を食べきれなくても牛乳を飲めなくてもあめんぼとからかわれても、いずれは太る。太るのを気にするほど太る。元気で生きていかれる。居残り給食でビィビィ泣いて、あめんぼから「泣虫弱虫はさんで捨てろ」とはやされた話を夫にした。 偉丈夫な夫は、小さいころに会えてずっと一緒だったら良かったね、俺が同じクラスだったら代わりに食べてやる、飲んでやる、からかう奴は投げ飛ばしてやると言ってくれた。ふたりで笑う。あめんぼは幸せになれた。
そして気づいたこともある。これを書こうと思って脱脂粉乳を調べて、やせっぽちの私を心配してくれた人達に思いを馳せて、ようやく気がついた。居残り給食は辛かったし、いじめの端緒にもなった。牛乳を飲まないと大きくなれない…は呪文のように聞こえた。でも今はこうも聞こえる。もう二度と子ども達を飢えさせないで、沢山食べて大きくなるんだよと。戦後は遠くなりにけり、だが、今もみえない貧しさのなかで、給食だけがまともな栄養という子どもがいるのかも知れない。
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