第19話 新しい目標

 ルシェとケンは深刻な表情で押し黙ったまま、じっとリタの帰りを待っていた。

 モンスターが沢山いるはずの、ダンジョン。

 その内部にあるカウンセリングルームにいるのは、人間である二人の少年だけだった。

『リタさんはすぐに戻ってくるから、二人共ここで大人しくしてるんだぞ!』

 先刻、レオはオレンジ色の体をぷるぷると震わせてそう告げると、そそくさとカウンセリングルームから出ていった。

 ルシェはそれを思い出し、何度目かのため息を吐く。

 その正面に座るケンは、その度に眉根を寄せた。

「初めてダンジョンに来て、いきなりこんなことになるだなんて……ケン君、本当にごめんね」

 ルシェは膝の上で拳を握りしめて言った。その視線は目の前のテーブルに注がれている。

「そんなの、お前のせいじゃないんだから謝るなよ……」

 ケンは落ち着いた声音で言い、それに、と言葉を続ける。

「ここに連れてきてくれって頼んだのは、俺の方なんだぜ?」

「それは……そうだけど……」

 ルシェはちらりとケンを盗み見た。

「ケン君……僕とレオさんを見て、どう思った?」

「……俺には無理だな」

 ケンはルシェからの問に短く答えた。

「……そうかなぁ……」

「あぁ、できるかできないかっていう前に、カウンセラーなんてもん、したいと思えねぇよ……俺は相手が自分と違う意見言ってたら、言い負かしたくなっちまうからな……」

「そっか……ケン君だったら、そうかも」

 ルシェは思わずくすりと笑った。

「だろ? 俺は気が短いからな……お前だからできるんだぜ……おっかないモンスターの話を聞く、モンスターカウンセラーなんて仕事をよ」

 ケンはずいっとルシェの瞳を覗き込んだ。

「これからも続けるんだろ? この仕事?」

「うん……」

 ルシェは真面目な表情のケンに、柔らかな笑みを浮かべる。

「僕は、リタさんの相棒バディだから」

「ふぅん……相棒ね……魔族なんだろ、あの兎耳の姉ちゃん……しかも、上位のさ……怖くないの、お前?」

「怒らせたら、きっと怖いと思う」

「……いや、俺が言ってるのは魔族として怖くねぇのかって話だよ」

 呆れたようにケンから言われ、ルシェは考え込んだ。

 勇気を出して、えいやっとかけた、初めての電話。

 あまりに緊張しすぎて、受話器を握った手がしばらく痛かったっけ。それに、なにを喋ったのかあまり覚えてないや。

「魔族として、かぁ……リタさんは優しくて明るくて……それに、いろんな話をわかりやすく教えてくれたんだ」

 ルシェは水の神殿前でリタと話し合った時の事を思い出した。

「そう言えば、あの紙……まだ途中までしか書いてなかったっけ……」

「なんだ? その紙……」

 ケンは、ルシェがショルダーバックから取り出した、一枚の折りたたまれた紙片を見た。

 ルシェがゆっくりと広げた紙片には、フローチャートが書かれている。

 一、今の状態を書いてみよう

 二、一を見ながら、どうなりたいか考えよう

 三、二に近づくためには、どうしたらいいか考えよう

 四、実際に行動してみてどうだった?

「二、までは書いたんだよな……」

「勉強バツ、運動バツ、魔法バツ、友達バツ……なんだこりゃ?」

 ケンは素っ頓狂な声をあげる。

「これは、僕がリタさんに会ったばかりの頃に書いたものだよ」

「へぇ……かっこよくなりたい、優しくて、一緒にいると楽しい友達が欲しい」

「僕、その続きを書いてなかった」

 ルシェは呟き、ペンを手に取った。

 三、二に近づくためには、どうしたらいいか考えよう

 その下の空欄に、ルシェは文字を書き込む。

「ダンジョンでモンスターカウンセラーの仕事をする……っと」

「それ、なんか意味あんのか?」

 ケンが、よくわからん、と退屈そうな表情かおをする。

「うん……あるんだ、僕にとってはね……」

 四、実際に行動してみてどうだった?

「ねぇ、ケン君……僕とケン君は友達……って言っていいのかな?」

「タニアや、イフやハンもだろ!」

 ケンは頬をさっと赤らめ、そっぽを向いた。

「ありがとう……僕は、レオさん達だけじゃなくてケン君達とも仲良くなれた……嬉しいよ、とても……あとは……」

 ルシェは呟きながら、文字を書く。

「かっこよくなりたい……に近づいたかなぁ……僕は」

「かっこよくなったじゃないか、十分!」

「うわあ、リタさん! いつの間に!」

 突如背後から聞こえてきたリタの声に、ルシェは飛び上がった。

「今だよ、今! 待たせて悪かったね、二人とも!」

 リタはにこにこと笑った。

「リタさん、怪我は?」

 ルシェは不安いっぱいの表情で、リタに訊ねる。

「怪我? あぁ、あいつの怪我は自業自得だから、仕方ないよね!」

 リタはあっさりと言ってのけた。

「あいつって誰の話だ?」

 ケンは、わからないと眉根を寄せる。

「誰、って侵入者だよ。反省しそうになかったんで、みぞおちに一発見舞ってやったんだ」

 当然でしょ、という顔のリタに、あちゃあとルシェは額に手を当てる。

「まあ、あとは裁判所の判断次第だから、もうなるようにしかならない。自分にできないことは忘れよう、なっ、ルシェ!」

 リタはルシェににこりと笑いかけた。

「えっ、う、うん……」

「ルシェは優しいから、今日の事を引きずるかもしれないけど……どうせ引きずるなら、いい方向に引きずりなさいな」

「いい方向?」

「私に鉄拳をふるわせないよう、相棒バディとして成長するんだ」

 リタは首を傾げるルシェの小さな肩に、笑顔でポンと手を置いた。

「嫌なんだろう……私が誰かに指導をするのが……変えたい事があるのなら、また一から書き直せばいい。新しい目標を設定するんだ」

 リタはルシェの手元にある紙片を、トンと指先で指し示した。

 一、今の状態を書いてみよう、の部分だ。

「新しい課題の洗い出しかあ……」

 ふむ、とルシェは紙面を見つめながら考え込んだ。

「いいねぇ、こうして相棒バディの男前が上がって行くのは……リタさんはルシェの成長が楽しみで仕方がないよ!」

 リタは、ルシェが真剣に悩むその様をにやにやしながら眺める。

「なんだか、いいコンビなんだな……魔族の姉ちゃんとルシェは……」

 二人の間に流れる微妙な空気を、ケンはうっすらと感じ取る。

 ケンはほんの少し羨ましそうにルシェとリタを見つめ、そっと小さなため息を吐いたのだった。

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お悩み解決人はバディを探している 鹿嶋 雲丹 @uni888

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