夕闇の来訪

 夕暮れ時、人間の活動が落ち着く裏で魔物たちが動き出す。都会だけでなく、この辺境の海でも変わらない。漁業が主なこの地では、魚人たちが素潜りして魚を捕まえている。いつもなら魚で埋まる木舟に、今日は女性が乗っていた。

「もうすぐ鬼ヶ島に着くぞ。」

「ありがとうございます。助かりました。」

「それにしても、あの島に行きたいなんて珍しいね。昔は定期船が出ていたが、20年前の事件でとんと誰も来なくなって。今じゃ無人島で、真ん中に十字型の廃屋敷があるだけだし。」

「ええぇ、知っています。昔、何度か来ていたので。」

「そうかい、それは余計なお世話だったか。」

「そんな事ないですよ。」

「ところでお嬢さんはどうも長命な種族なようだね。」

「そうですか?」

「若いのに、20年以上前から鬼ヶ島に来てる感じだし。」

「……………………」

「オレより年上だったりして。エルフか何か?」

女性はそっと、自分の尻尾を見せる。それを見た魚人は少し焦りながら言葉を返した。

「今は家族もいて仕事も順調だし、魂を賭けてまで叶えたい願いは無いぞー!」

「ふふっ。」

そう言うと、悪魔の女性は軽く笑うだけだった。



 島に着くと、やはり港は無人だった。明かりもほとんどなかった。恐ろしいほど暗いが、魔族にとっては逆に落ち着くような状況だった。魚人は舟から悪魔の荷物を下ろし、舫い綱をほどきながら声をかけた。

「帰るときは、行きと同じように連絡するか、通りすがりの漁船に頼んでくれ。」

「分かりました。」

「余計なお世話だが、一人で大丈夫なのかい?」

「私の先か後かは分かりませんが、友人が来るはずなので。」

「そうかい、なら気を付けて!」

「ありがとうございました。」


魚人が見えなくなるまで見送ると、悪魔は荷物を持ちゆっくりと歩き出した。港から屋敷までは1本道ではあるが、かなりの道のりを歩かなければならない。しかも屋敷は島の真ん中の小高い場所なので、坂道もある。夕焼けの薄暗い中を慎重に歩いていると、道端に座り込む人影を見つけた。近づくと、人というにはあまりにも異様な外見をしていた。全身に茶色く汚れた包帯を巻いている、おそらく女性のミイラと思われる見た目であった。悪魔が声をかける前に、ミイラが気付いて話しかけてきた。

「もしかして、リリム?」

「そうよ、マミ!」

「久しぶりね、全く連絡しないから気になっていたんだから。どうなの最近は?」

「…………普通よ。もう誰かに会った?」

「すぐ近くにいるわ!えっと……いたいた!」

マミと呼ばれたミイラが横の林に手を振ると、木々と変わらぬ背丈が現れた。その巨体も異様だが、肩に棺を担いでいる上に、顔に大きな眼が一つしかないのである。悪魔のリリムは驚いたが、恐怖ではなく歓喜であった。

「リリムじゃないか、お前も来ていたのか!」

「キュクロじゃない、なんでそんな所から?」

「あぁ、にな……」

サイクロプスのキュクロの言葉に、俯いたり眼をそらしたりと全員が沈黙してしまった。少しの間の後、マミが切り出した。

「そうそう、キバはそろそろ出てきてもいいじゃないの?」

「俺もそう思うのだが、まだ完全に日没じゃないからな。」

キュクロは担いだ棺に顔を向ける。そうすると棺の中からコンコンと、ノックの音がした。

「吸血鬼的に、まだダメらしい。」

「夜になってからじゃ来られないからって、ずっとキュクロに担がせているのだから……良いご身分ね!」

「死と直結しているのだから、しょうがないじゃない。」

「楽をしたいなら反対側の肩に乗るかい、御嬢様たち?」

キュクロが棺を担ぐ肩とは逆の肩を差し出すも、リリムとマミは断って歩き出す。

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