track.6 ギグ
ステージでは私たちリドレスより順番が、一つ前の男性バンドが演奏している。
天井のスポットライトが立ち見のお客さんへ当たり、光の三原色を明滅させながらシルエットを浮かびあがらせた。
私はステージの袖からお客さんの様子を覗き、これまでの宣伝が実を結んだのか確かめずにはいられなかった。
「お客さん――――十人しかいない」
落胆する私へドラムスのハゼロが、気休めの言葉をかける。
「まぁ、無名のバンドの人数なんて、こんな感じだよ。聴いてくれる人がいるだけ御の字」
リーダーのキルが手を掬い上げるようにして準備を煽った。
「オラオラ! アタシらの演奏に備えて楽器の準備しな」
言われた通りに狭い舞台袖を早歩きで動き、楽器の持ち運びをしていると、子持ちのビッチはステージから目を離そうとしなかった。
子を抱えた彼女にキル姐さんが指示を促す。
「アンタも早く動け」
「ねぇねぇ! あのボーカルの男、ちょっとカッコいいかも?」
「ぁあ?」
キル姐さんは屈むビッチの頭上へ、重なるように顔を覗かせて、ステージへ目を向けた。
ボーカルの男性は曲が終わると、ドラムスの横に置いてあるミネラルウォーターのボトルを取って、フタを開けて頭から水をかぶりロン毛を濡らすと、ずぶ濡れの犬みたいに首を激しく振って、水滴を飛ばす。
再びマイクに立つと、雫が
それを見たリーダーのキルは、肌寒そうに両肩をさすり嫌悪した。
「どこが? キモいナルシストだろ」
「あの無言で音楽だけで語る感じが、イケてるじゃん」
キル姐さんはビッチが抱えた、グズる赤ちゃんを一瞥して答える。
「お前、男を見る目ねぇな……」
♪♪♪
ついに私たちリドレスの出番。
バンドをテーマにした漫画だと、こういう時は「しーん……」なんて、静寂が広がると思う。
だけど、その静寂は世界の終わりを知ったように泣き声をかます、赤ちゃんによって打ち消される。
ベースでシングルマザーのビッチが、我が子を抱っこ紐にくくり、胸の前で固定した状態でステージに立っている。
頭がおかしい。
これが毒親ってやつ?
赤ちゃんはお客さんがいるステージ前方を向いて暴れるものだから、後頭部がビッチの顎に当たって彼女は「うっ、ぐぬぅ」と小さく発しながら苦悶の表情を浮かべる。
ビッチはその赤ちゃんを抱える抱っこ紐の上から、ベルトをかけてベースを持っていた。
その光景と泣き声に当てられたお客さんも、音響スタッフも完全に引いている。
というか、この状況、私的に世界が終わってくれた方がマシなんだけど。
リーダーであるキル姐さんのマイクパフォーマンスが始まった。
「おいおいおい、なんだか豚のニオイがするねぇ? お前らだよ! お前ら社会に飼い慣らされた家畜のニオイだよ! 今宵は、お前らを社会の鎖から解き放ち、救済という名の新たな支配をアタシらが植え付けてやる。いいかい? 目から血が吹き出るまで叫びなぁ! 我らの名を
――――観客がドン引きしていた。
相変わらず静寂の中、赤ちゃんの泣き声が響く。
マジで死にたい。
このリップサービスいるぅ?
キル姐さんは言葉をつけ足す。
「えっと、本気で臭いとか豚とか思ってないです……思ってねぇから」
キャラがブレてる!?
私はマイク位置に立ちながらも、思わず顔をうつむかせてしまい、表情に影を落とした。
落とした目線に写る自分の楽器【カシオ・ベーシックキーボード・CT-S200BK】
値段も手頃で高校生の時から愛用している、私のキーボード。
キル姐さんもキーボードが加わることに同意したけど、デザインがメタルに合わないと言われ、鍵盤以外を鎖でグルグルに巻かれてしまった。
自分の持ち物なのに、楽器から変な圧を感じる。
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