第13話 脱出完了

「そういえば、部屋のボスは倒したんだから脱出出来るはずですよね?」


 かぶっていたゴーストマントを取りながらインパクトガールが言った。


「たしかにそうだな。どこかに出口が……」


 鉄也も辺りを見回してみた。

 出口、出口……出口らしきものはないだろうか……。


「……もしかして、アレか?」


「……そうなんじゃないかと……」


 二人の視線は部屋の隅っこに向けられていた。

 そこにあったのは、宝箱だった。「COME ON! これで脱出だ!」と派手な色のポップな書体で書かれている。


「来たときのやつじゃないか」


「ですよねえ」


 この部屋に送り込まれる羽目になったときのトラップと同じような感じの宝箱を見せられて、鉄也もインパクトガールもちょっとげんなりしていた。


 アレを開ければまた転移できるということなのだろうが、大丈夫なのかと思わずにはいられない。


「でもほかに出口になりそうなものはないですし……」


「そうなんだよなあ」


 念のためもう一度部屋を見回してみたが、やっぱりほかにはなにもないのである。


「開けないとずっとこのままか」


「HPがゼロになるまでこのままですね」


 ため息をついて鉄也が言うとピンク髪少女も苦笑しながらうなずいた。


 ちなみに、ダンジョンにおいては空腹が一定のラインを超えるとHPが減り始める。そしてゼロになると戦闘でダメージを受けたときと同じように、ダンジョンの入り口まで戻されてしまう。


 なのでダンジョン内で遭難しても餓死する前に入り口に戻されるのだが、その場合は空腹による消耗に加えてHPがゼロになったことによるぐったり感も来てしまう。なので探索において遭難は絶対に避けるべきと言われているのである。


「開けたらまた別の部屋に転移させられたりして……」


「縁起でもないことは言わないでくれ」


 たはは、と笑いながらもネガティブなことを言うインパクトガールに対して、鉄也はがっくりと肩を落とした。


「まあ、そこまでタチの悪いトラップはそうそうあるもんじゃないし、そのときはそのときだな。二人で協力すればなんとかなるだろ」


「そうですね。最悪トラップでも、わたしは平気ですけど」


「再生回数が稼げそうだからか?」


 苦笑しながら鉄也が聞くと、ピンク髪少女は首を横に振った。


「違いますよ。神藤くんと一緒なら、なにが来ても大丈夫な気がするんです」


「そ、そうか……」


 予想外の答えに鉄也は内心かなり焦っていた。


 インパクトがありすぎるとはいえ、相手は美少女である。女の子からこんな風に頼りにされるのはソロ探索者の鉄也には初めての体験だった。


 落ち着け、俺。相手は承認欲求をこじらせにこじらせた、現代社会が生んだ怪物だぞ。ちょっと名前呼ばれて頼りにされたくらいでこんなに動揺してどうする。


 そんな具合で自分に言い聞かせることで鉄也はなんとかインパクトガールガチ恋勢第一号になるのを防いだのだった。


 これでもし相手がピンク髪メイド服のインパクトガールでなくて、黒髪メガネの物静かな女子だったらヤバかったな、と鉄也は思った。


「どうかしましたか?」


「い、いや、なんでもない。それよりも、あの宝箱を開けてみよう」


 まさかガチ恋しかかってましたとは言えないので、鉄也は軽く笑ってごまかしつつ宝箱の方へと歩いて行った。


「じゃあ、いくか」


「あ、せっかくだから二人で開けませんか?」


「え?」


「まあその、わたし、どうしてもネガティブなことを想像してしまうんですけど、神藤くんと一緒に開けるのなら怖くないかなって……たはは……」


「……そういうことなら……」


 鉄也はちょっと脇に避けて、インパクトガールも宝箱の蓋を持てるようにした。


 ヤバかった。いまのセリフはヤバかった。ガチ恋勢デビューしそうだった。


 黒髪とメガネ両方でなくても、どちら片方だけでも備わっていたならば、落ちていたに違いない。


 だが、幸か不幸か相手はピンク髪メイド服のハンマー少女、インパクトガールである。ソロ生活の長さ故に女慣れしていない鉄也でも、どうにかこうにか踏みとどまることが出来たのだった。


「じゃあ今度こそ、開けるぞ」


 二人で宝箱の蓋に手をかけて、鉄也は言った。


「はい。いきますよ、しょらああああ!」


 結局かけ声はそれなのか。


 そう思いながらも鉄也は息を合わせて宝箱の蓋を開ける。通路にあったトラップのときと同じように、開けた途端に鉄也はインパクトガールとともに転移していたのだった。


 気がつくと、そこはあのトラップ宝箱があった通路だった。


「無事に戻れたか」


「ですね」


 鉄也がつぶやくと隣のインパクトガールもうなずいていた。と、そこで鉄也は左手がなにか温かいものに包まれているのに気づいた。


「あ」


 なんだろうかと思って見てみると、ピンク髪美少女の右手が、鉄也の左手をぎゅっと握っているのだった。


「す、すみません! わたしのごとき底辺配信者風情が、不安だからといって他人様の手を握ったりするのは言語道断ですよね! 泥水でもなんでも使って洗っていただければ……」


「いや、そこまで謝らなくても……」


 バッと手を離すと九十度の角度で何度も頭を下げてくるインパクトガールに鉄也は苦笑いする。


 美少女に頼られた上に手まで握られてまたもガチ恋しかかったが、すごい勢いで自分を卑下してくるインパクトガールのおかげでちょっと冷静になれたのだった。

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