第57話 サキュバスを雇うということ
魔王の間から話合いの場は変わり、私たちは現在、リズたちが使っている執務室のソファーに腰かけていた。
「手なんて縛って、クローム様ったらそんな趣味がおありなんですね」
「少し黙れ貴様。そうでもしなければいつまでも抱きついてるだろう」
「えぇ。クローム様が私を抱きたいと思うまでくっついていますわ」
「ミィリス様の前で痴態を晒すな⁉」
もはや夫婦漫才にしか聞こえない二人のやり取りを聞いていると、クロームが私に視線を移動させて抗議してきた。
「ミィリス様もミィリス様です! なぜこのような席順にしたのですか!」
「いや、私の隣はリズって決まってるから。それに二人仲良しだし」
「断じて仲良くなどありません! ええい! なぜ手を縛ったのにまだ抱きつこうとするのだ貴様は⁉」
「これもひとえに愛の証明ですよ」
「貴様からの愛などいらぬわ!」
手が縛られているにも関わらず積極的に体を摺り寄せるセセリアさん。クロームも本当に嫌なら私の隣に座ればいいのに席を動かないのも悪いと思う。やはり昔の同僚というだけあって、なんだかんだ彼女を慮っているのだろう。
「とまぁこんな感じで
「そうでしたね。本日はその為に参ったのでした。クローム様と再会できて、つい目的を忘れてしまいましたわ」
「安心してください。これからは年中クロームと一緒に居られますよ」
「まあ! それはつまり!」
私の言葉に、ぱぁと顔を明るくするセセリアさん。
そして彼女と同時に私の言葉の意味を察したクロームは、顔を真っ青にすると「お待ちくださいミィリス様!」と手を突き出した。
「まさかとは思いますが、
「うん。そのつもりだけど」
「いけません!
「なんで? 貴方の貞操観念の危機以外は何も問題ないと思うけど」
「大問題ですが⁉ ……いえ私抜きにしてもこの城に
クロームは切羽詰まった表情で語り始めた。
「いいですかミィリス様。
「まぁ、なんとなく
生前の知識と現世の
唯一違うのは、眼前にいる
「
あ、それ私も持ってるな。実際に使ったことはないけど。
「『チャーム』は常に周囲に影響を及ぼし続ける凶悪なスキル。故に
「へぇ。そうなんだ。……あれ、でもそしたら変じゃない。なんで男の貴方が、セセリアさんに魅了されないわけ?」
私の疑問に答えてくれたのはセセリアさんだった。
「耐性ですよ。クローム様は『チャーム』が効きづらい体質なんです」
「そうなんだ。ならもしセセリアさんの『チャーム』がクロームに効いてたら?」
「そうなれば四年前に私はクローム様と迸るような一夜を過ごせています」
「……想像しただけ背筋が震えるっ」
目を爛々と光らせるセセリアさんに、クロームが身震いする。
そっか。熱い夜を迎えちゃうくらい凄い効き目なのね『チャーム』っていうスキルは。
しかし、そうなるとクロームが
「たしかにクロームの言う通り、城で働いてる子たちに年中発情されちゃ仕事にも影響が出るわね」
「分かっていただけましたか」
クロームよ。安心するのは早いぞよ。
「セセリアさん。その『チャーム』って、オンオフの切り替えはできるの?」
「と言いますと?」
私の言葉にきょとんと首を傾げるセセリアさん。
「『チャーム』を意図的に発動するのを止められないか、ということを聞いてるんです。私としても、城のオス共に年中発情されるのは困るので」
「そういうことでしたか。えぇ、可能ですよ。ただ、それができるものは限られています」
「なんだ出来るんですね。よしっ、それじゃあ採用!」
「うええええ⁉ ちょちょちょっとお待ちくださいミィリス様⁉」
「何よ。今聞いたでしょ。『チャーム』の発動は調整できるって。なら何も問題ないじゃない」
私の最大の懸念は『チャーム』がオートスキルかもしれない事だった。そうなればセセリアさんたちには申し訳ないけど住処に帰ってもらったが、オートスキルでないなら何ら問題ない。
「『チャーム』の発動さえしなければ私としてはここで働いてもらって構わない。働き手はいくらでも欲しいし、私の為に働いてくれるなら喜んで雇うわよ」
「しかし……っ」
「クロームくぅん?」
「――ッ!」
にこっと笑みを浮かべながら名前を呼ぶと、彼は狩人に標的された小動物のように身震いした。
「この城で一番偉いのは、だぁれ?」
「み、ミィリス様でございます」
「そうね。じゃあ答えてくれるかしら。魔王様の命令は~~」
「……ぜ、絶対、です」
「よろしい」
先ほどまであれほど騒がしかったクロームだが、私が威圧を放つや否や急に静まり返った。
私は一つ、大きな息を吐いて、
「貴方の愚痴も文句も反論も後で全部聞いてあげるから、今は少し静かにしなさい」
先ほどの和やかなムードは一転して、セセリアさんまでもがクロームとの距離を空けて私に神妙な顔で向き直っていた。なんだか申し訳ない。
「さてセセリアさん。話を纏めましょうか」
「……はい」
厳かに頷いたのを見届けて、私はこの件の総括に入った。
「セセリアさんたちを配下に加えることは今決定しました。『チャーム』についての問題も、真昼間から発動しなければ私は構わないです」
「それはつまり?」
「夜は好きにしてください」
クロームがまた何か言いたそうに私を見つめるも、それは意図的に無視して続ける。
「ただし、誘惑するのはあくまで城内の者たちのみでお願いします。間違っても人間は持ち込まないように。もし人間を持ち込んできた場合――即刻人間を始末して、誘惑した者も永久追放します」
「分かりました」
「まぁ、セセリアさんは問題ないと思いますけどね。クロームならいつでもどこでも、年中口説いていて結構ですので」
「お気遣い感謝いたします」
「私、女の恋は実るまで応援する派なので」
「……私の尊厳は」
「育児のない男はモテないわよ」
ぼやくな男だろうに。
とりあえず話としてはそんなところか。
あ、そうだ。一つ聞き忘れた。
「私の配下に加わるにあたって一つセセリアさんに確認したんですけど……セセリアさんは
「はい。それがどうかされましたか?」
「いや、その長が群れから離れていいのかなーと。セセリアさん。
そう簡単に群れのリーダーが抜けていいのかと思惟したが、セセリアさんからの返答は意外なものだった。
「それに関してはご心配なさらなくて結構ですよ。群れの長といっても、他の種族と比べ役目などほぼありませんし、私一人いなくとも彼女たちは男を捕まえて悠々自適に暮らしますから。夜なんて得に皆自由ですし」
「あはは。それじゃあ、問題は何もないということで」
「はい。これからよろしくお願いしたします」
苦笑する私に、セセリアさんはニコッと笑った。
リズも異論はないようでいつも通りの表情をしていて、唯一クロームだけが往生際悪く顔を顰めていた。
申し訳ない気持ちはあるけど、私は常に恋する女の味方だ。それに、クロームにだって少しは休息を取って欲しい。セセリアさんには是非、堅物真面目社畜男に休みを与えて欲しいと思っている。その逆も十分にありえるけど。
そんな訳で新しい配下も加わり、私の魔王ライフもさらに充実してきました。
「……ところで、クローム様の寝室の隣のお部屋は空いていますか?」
「絶対に夜這いしに来るなよ⁉」
果たしてクロームの貞操観念は守れるのかしらね。はは。
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