第23話 『 魔王であれば、魔王らしく 』
「皆のも今すぐに避難を……ってミィリス様⁉」
ミィリスのことを魔王ではなく名前を呼ぶという事は魔界城の者なのだろう。
生憎まだ魔界城に住む魔物たちの顔を全て覚えているわけではないので彼がどんな役職かは知らないが、ミィリスは報せを届けに来た
「貴方。名前は?」
「は、はっ! 私の名はリュウセンと申します!」
「そう、リュウセン。覚えたわ」
「勇者が来てるっていうのは?」
「そ、そうでした! ミィリス様! すぐにお逃げください! 勇者が魔界城に向かって侵攻しています!」
「目的が私なのに、魔界城に帰っても意味がないでしょう」
「何をおっしゃられますか⁉ 魔王様をお守りするのが我々兵の使命、あの勇者は我々が全力で食い止めます! この命に代えても!」
既に死ぬ覚悟は決まっているとでも言いたげな台詞だ。
ならば、それはミィリスにとっては余計看過できない進言だった。
「貴方たちは一つしかない命を大切にしなさい。私を守るのが貴方たちの使命かもしれないけど、私にとっては他の皆が死なれる方がよっぽど目覚めが悪いわ」
「しかし……っ」
「いいから貴方は皆の安全を確保して。勇者の相手は私が――」
「そうはなりません」
引き受ける、そう言おうとした言葉はしかし途中で遮られる。
そうしたのは、険しい表情を浮かべるリズだった。
「ミィリス様ご自身が勇者に挑むのは容認できません」
「私がやられるとでも?」
「ミィリス様の敗北など到底想像していません。しかし、魔王様を危険からお護りするのが私どもの務めでございます」
リズは一歩も引かない。
「ならみすみす配下が死んでいくのを指をくわえて見ていろとでもいいのかしら」
「それが、『魔王』という立場でございます」
己の胸に手を当てて、頭を下げるリズが断言する。
彼女の言い分は何一つ間違っていないのだろう。それが、魔王という在り方だともミィリス自身も理解できている。
自分の配下が全員敵に殺されるまで、玉座に座っているのが『魔王』という存在。それが『
そんな存在になってしまったのだから、ルールに従うのは必然――
「――くっだらないわね」
しかし、ミィリスはその在り方を否定した。
唾棄するように吐いた言葉に、リズは面食らった顔になる。
「リズ。私が何者か、今一度言ってみなさい」
「は、はい。ミィリス様は『魔王』それ以外の何者でもございません」
「そうね。私は『魔王』。やりたい放題やって好き勝手暴れる悪役。人から恐れられる巨悪の化身」
「――――」
連なる言葉に、リズは神妙な顔をして耳を傾ける。
そんな専属秘書の蒼瞳をジッと見据えて、ミィリスは言った。
「――そんな存在が、人に恐れてどうするの」
「――ッ‼」
「人に恐怖を与えるのが『魔王』。なのに、人に怯えてどうする。――私は、私の思う『魔王』を貫く」
『魔王』であるならば、それらしく振舞うのが道理。
ミィリスの思う『魔王』とは、首を討ち取りに来た勇者を逆に討ち取ること。その自信満々な顔を、絶望に歪ませてやること。
邪悪極まりないが、それくらいでないと人の『脅威』には到底成り得ない。
「(世界の均衡を保つのが私の役目なんだから、ちゃんと抑止力にならないと)」
それに、
「それともアナタたちは、たかが勇者一人に敗れる『
「そんなはずがありません! ミィリス様は我々ノズワースの希望の象徴! アナタ様以外、このノズワースの『魔王』が務まるはずがない!」
ミィリスの挑発に、リズが真剣な顔をして乗ってくる。
おそらく無意識に出た言葉なのだろう。ハッと我に返るリズが慌てて口を押える。
「それがアナタの本音でしょう。なら、私を……アナタたちの決断を信じなさい」
自分が、リズたちに何を求められて生まれたかは既に知っている。
このノズワースの安寧の為に。その為にリズたちの魔力を注がれて生まれたのがミィリスだ。
『魔王』になるべくして生まれた『魔王』なのだから、その本懐は成し遂げねばならない。彼女たちの為にも。
葛藤に顔を歪ませるリズの肩に手を乗せて、ミィリスは微笑みを浮かべた。
「リズの懸念も分かるわ。でも、私は大丈夫」
確証はない。けれど、不思議と負けない自信だけはあった。
「私は『魔王』としてやることをやる。リズは、私が万全の状態で戦えるように
「――しかしっ」
ならば自分も戦うと、そう言いたげな顔をしていた。
けれど、ミィリスはそれを優しい笑みを浮かべて振り払った。
「リズ。貴方は村長さんとリュウセンと共に皆の安全を確保しなさい。魔王命令よ」
「――っ」
リズには抗う事の出来ない、絶対命令を下す。これを告げてしまえばもう、リズは首を縦にすることしかできなくなる。
ミィリスの命令に、リズは奥歯を強く嚙みながら頷いた。
「……承知しました」
「ありがと」
申し訳なく思いつつも、葛藤の末に首肯してくれたリズに感謝を述べる。
彼女からの返事を聞き届けて勇者を迎え撃つべく集落を後にしようと歩き出した瞬間だった。
ミィリス様‼ と叫ぶ声がして振り返れば、リズが手を震わせながら何か伝えようとしていた。
「どうか、どうかご武運を! 皆の避難が完了したのち、すぐに駆け付けて参ります!」
「えぇ。そうしてちょうだい。でも、その頃にはとっくに終わってるかもしれないけど」
冗談を交えながらリズの想いに応えれば、彼女は儚くも小さな笑みを浮かべてくれた。
リズはミィリスに力強い眦を見せた後、凛然とした声音で
それを見届けて、ミィリスも深く息を吐きながら踵を返す。
「さて、記念すべき一回目の勇者退治といきますか」
一秒後。ミィリスは瞳に灯る光を消して駆け出した。
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