第59話 059 追憶3



 黒雲は地の底の雷鳴の如き叫びを放ちながら丘の上をおおっていた。


 一体何が───。


 黒髪の少年はいずれ幾度となく踏みしめる事となるその階段を、今、初めて駆け昇る。


「ギル!ガイ!」


 今しがた別れた二人に声をかけ走り寄ると、銀髪の少年は悲痛な顔で振り向く。


「ザック…」


「ダメです!ギル様!」


 二人は気を取られた守衛のその隙、脇をすり抜け駆け上がり、黒髪の少年も後を追う。

 その黒雲が"迷宮が生まれる前兆"である事を、少年たちも御伽噺で知っている。


 古く装飾された階段を駆け昇った丘の上の門の先、古城はその姿を黒雲に覆われ、時折鈍い光を放ちながらに鳴り響く。


「はあ、はあ、父さん、姉さん…っ!」


 息を切らしながら叫ぶ少年を嘲笑うかのよう光と音を放つその雲は、雲でありながら生き物の如く、そして、個体と紛う質量を蓄えながらに揺れている。

 門から続く石畳の先、雲の前で初老の男が叫ぶ。


「ギル様っ!来てはなりません!」


「父上!」


「ガイ!ギル様を止めよ!」


 老紳士の手の先には黒雲より白い手が。


 あのひとの───。


「ギル!そこに居るのね?近づいてはなりません!ゼン、子供達を…近づけないで!」


 あのひとの声が───。


「姉さん、これは一体…ああっ、そんなっ」


「聞きなさい、ギル。これは…迷宮を生みだす邪悪な結界です。おそらく、ザラタンが…け…契約を…」


「姉さんっ」


 姉の手に駆け寄る弟を、覆面の少年が留める。


「既にお父様は…ああ、ごめんなさい、ギル。どうか…生きて。ゼン、ガイ、ギルをお願いします。…ザック…貴方と話すのはこれが…初めてね?」


 雷鳴が一層に高まる。


「いつも…ギルと遊んでくれて有難う。…どうか、ギルを…ああ…お願い…」


 そして禍々しき黒雲は爆発的な光と音を放ち、古城の全てと共に消え失せる。




 跡にはあのひとの、綺麗な腕だけが残った。







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