第58話 058 天気雨




 カルが死んだ。



 大蜈センチピードと戦闘中の、3階のなんでもない通路。

 後方の分岐路から唐突に突っ込んできた一匹の赤帽子の不意打ち、リナを庇うようにカルが防いだ。



 そのまま走り去った小鬼の短刀ナイフはカルの心臓を貫いていた。



 「ギル隊の皆さまですね。準備が整いました」


 未明から酒場に待機していた俺達は協会員の報告を受け、大通りを抜けて5人で寺院へと向かう。

 秋の大祭である今日の街はカッフェので華やかな空気に包まれている。


 ───きっと、大丈夫さ


 リナにかける声を思い留まる。

 蘇生の可能性は決して高く無い。


 手足と同様に心臓は通常の魔法で回復出来るが、即座に回復出来るわけではない。時間がかかれば蘇生術でしか回復出来ない基幹である脳に損傷を与える。

 カルは死んだ。

 幸いドゥダハーの近くであったため、泣きじゃくるリナを落ち着かせながら入国し、僅かでも安全性を上げるようカ・ラタにカルを託して5人で帰還し、専門の上級パーティに遺体の引き揚げを要請した。

 それが昨日の夜のことだった。


 ───どうしてこんなことに。


 避けられなかったのか。いや、避けようがない。運が悪かったとしか言いようがない。運が悪ければ必ず即死罠が作動する宝箱を開け、それで人生が終わる。

 迷宮とはそういうもので、俺達冒険者は常に死と隣り合わせに生きている。


 錬金術師アルケミストの予報では快晴のはずであったが、パラパラと小雨が降っている。

 祭りで人が賑わう中央広場を抜ける。

 酷く動揺していたリナは今はなんとか落ち着いている。


 ───きっと蘇生出来るさ。


 どうしてもその言葉が出ない。

 理屈はよくわかってないが、一般市民の蘇生の成功率は1割に満たず、俺達冒険者の成功率は3~4割程になる。

 「人には神が定めた運命がある」「魔の者の手により捻じ曲げられた運命は正せる」とその理屈を語る学者もいるが、実際の所はよくわからない。


 小鬼は"魔の者"ではない。


 一般的に小鬼はコボルドやオークと同じ亜人デミヒューマンの範疇に入れられがちだが、その身体構造や属性として、学術的には大枠で人間と同じ側である事が判明している。

 カルの蘇生の確率は、おそらく高くない。


 西の大通りを抜けた寺院の前ではジェストが待っていた。

 部外者は家族やパーティメンバーの許しが無ければ蘇生に立ち会う事は出来ない。


「すまない」


「バカを言うな、何も俺に謝ることはねえ。アイツ自身もとっくに覚悟してたはずだ」


 ギルの言葉にジェストが返し、入院を留めていたであろう寺院の僧侶に向かって


「そういうわけだ、俺も入るぜ?アイツは…俺の弟なんだ」


 と言った。



「リナ!」



 声と共に白い法衣ローブに身を包む女が空より舞い降りる。


「師匠…」


 今日の12英雄を模した像を神輿とする行進パレードでは、ミリアは自身がその行進に参加する。

 いつもの半裸の魔女の姿ではなく、荘厳な純白の法衣を纏うその姿はまさに救国の賢者だった。


「本当にいのか?」


 ミリアの付き添いの申し出をリナは固辞していた。


「大丈夫です。今日は秋の大祭、ライナスの皆が貴方を待っています」


「…そうか」


 そしてミリアはリナを抱きしめ、


「お前達。リナを、宜しく頼む」


 と俺達に託し、行進が出発する東の門へ賢者は飛び去った。






--------------

大蜈センチピード 3階に棲息する大ムカデ。

秋の大祭 夏と秋に開かれる英雄を称える祭り。英雄祭。存命するミリアは自身が行進に参加する。

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